第17話
木曜の昼休み。スティーブンキングの『ミザリー』を読んでいたら、「紙野~」と声を掛けられた。顔を上げると、恋ちゃんの友達二人に見下ろされていた。
「なぁ聞いてくれよー」
小柄でツインテールの
三組に遊びに行ったら、本に関することで恋ちゃんと辻本さんが言い争いを始めてしまったらしい。
「手をつけられなくて困った」
すらっとした美人の
仲裁に入ったが恋ちゃんから拒絶され、二人は仕方なく教室に戻ってきたという。
「紙野ってシズと仲よくて本に詳しいって聞いたぜ。悪いけど、止めてくんねーかな」
江東さんが手を合わせて頭を下げてくる。
彼女の揺れるツインテールを眺めながら、私は本を閉じて立ち上がった。
「や、やれるだけ、やってみます」
おお、と二人から拍手される。
三人で現場に向かい入口から中を覗き込むと、教室後方の席で二人は顔を突き合わせて会話をしていた。周囲の生徒達を眺める。皆げんなりとした顔を浮かべていた。
私は覚悟を決めて二人のもとに足を運んだ。
「だーかーらー、なんでそんなに排他的なん? そんなんだから友達いないんだよ?」
「恋川さんは友達の多さをステータスと思っているようですが、私にその考えは最初からありません。そもそも私には絵里さんがいますからね。他の友達なんて不要です」
「絵里はあたしの友達だから。あんたのじゃないよ」
……めちゃくちゃ声掛けづらいんですけど……。
振り返ると、江東さんと椰子さんは苦笑いしていた。助けてくれそうにないなと諦め、二人に向き直る。
「ふ、二人共……」
恋ちゃんと辻本さんが同時にこちらを向いた。
「あ、絵里、ちょうどいいところに来てくれた。辻本が酷いんだよ」
最近、『殺意の鼓動』を購入して三分の一ほど読み進めたらしい。そのことを伝えると、「ミステリ弱者に向けて書いたつもりはないので読まなくていいですよ」と煽られたそうだ。
「事実を言っただけです」
辻本さんがしらっとした顔で言う。
「言い回しが上から目線でムカつくの。喧嘩ふっかけられたとしか思えなかったんですけど」
「絵里さん、この人の言うことは一切真に受けなくていいですからね。そもそも口論に発展したのは、『三分の一で読むの辞めちゃった、やっぱり苦手だわ。面白さがわからんかった』と言われたからです。こちらの方が煽っているように聞こえませんか?」
「そんな言い方してないし」
「してました」
「してない」
「してました」
駄目だ。このままでは一生平行線だ。
私は距離を詰めて言った。
「恋ちゃんは、そもそもどうして辻本さんの小説を読もうと思ったの?」
恋ちゃんが目を見開く。それから、ぷいっと顔を背けた。
「一応、顔見知りの本だからね。読んでおこうと思ってさ」
「読んで仲良くなろうと思ったんだよね?」
「は、はぁ?」
不満をありありと浮かべる。
「だってミステリ苦手なのに読んだんでしょ? 仲良くなりたい証拠だよ」
「……そうなんですか?」
辻本さんが目を細める。
「ち、違うし! ありえないから!」
「照れなくていいんだよ」
「照れてねーし!」
取り乱している。
私は微笑み、辻本さんを見つめた。
「辻本さんもそうだよね」
「は? 私ですか?」
「この間、酷いことを言ってきた男を無視したよね。でも、恋ちゃんが相手だと真っ向から受けて立とうとしている。恋ちゃんのことを意識してる証拠だよ」
「意味不明ですね」
ツンとした態度で否定する。
私は周囲の人に聞かれないよう声を潜めて続けた。
「どっちも創作者なんだから仲良くした方がいいんじゃないかな?」
二人はむすっとした顔で口を閉ざした。
「すげー、どっちも黙らせたぜ」
「紙野さんに頼ってよかったね」
江東さんと椰子さんの声が聞こえる。
ほっと息を吐き出したところで、辻本さんに睨まれた。
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