第14話


 少しだけ雑談してから本題に入った。


「PV数落ちていってるんだよね〜」


 恋ちゃんがテーブルに頬杖をついて溜息をつく。


「恋ちゃんってプロ作家志望なの?」

「……いきなり踏み込んできたね」


 最終的な目的を知らなければアドバイスなんてできない。当然の質問だった。

 恋ちゃんは頬杖をついたまま、うーん、と唸った。


「書籍化されたら嬉しいなぁとは思うけど、『絶対にプロになったる!』みたいな気概はないかな。しばらくはウェブで自分の好きなものを書いていくつもりだよ」

「なら、PV数を気にする必要なんてないんじゃない? 趣味で書いてるんだよね?」


 恋ちゃんはむすっとした。


「『ゆるさんぽ』は五万PVいった。『夢見ちゃんはかわいい』もそれくらいはいってほしいんだ。あたしの好きなものを、よりたくさんの人に届けたいから」


 なるほど、恋ちゃんの考えはわかった。

 ウェブ小説と紙書籍では、好まれるジャンルや書き方に明確な違いがある。恋ちゃんはあくまでウェブ小説でやっていきたいという。ならば、好きなものとトレンドを組み合わせてPV数を伸ばしていくやり方が一番いいのではないかと思った。


「流行りに乗っかるかぁ……」


 考えを伝えると、恋ちゃんは頬杖をやめて真剣な表情を浮かべた。


「あたしが今描いている『夢見ちゃんはかわいい』のほかに人気のテンプレで小説書けってことね。今人気なのは、異世界転生もの、悪役令嬢もの、後宮もの、ラブコメってところかな?」

「ラブコメは書けそうだよね」


 うへぇという顔をされる。


「あたし、恋愛ものって苦手なんだよね」

「え、そうなの?」


 初耳だった。


「だって恋愛って面倒じゃん。ギスること多いし。女子だけで遊んでた方が絶対楽しいよ」

「恋愛したことあるの?」

「ないけど、友達の相談に色々乗ってるからわかるんだよ。あたしには絶対無理」


 害虫を見た時のような顔をする。人は見かけによらないものなんだな、と思う。


「辻本さんと一緒か……」


 ぼそりと呟くと、恋ちゃんが小首を傾げた。


「辻本さん、恋愛もの苦手らしいよ」

「えー、マジかー」

「恋ちゃんって、辻本さんのこと嫌いなの?」


 恋ちゃんは呆れの色を浮かべた。


「絵里って結構直球投げてくるよね……」

「あ、ご、ごめん。私、会話苦手で……」

「いいけどさ」


 苦笑しながら口を動かす。


「嫌いっていうか、極力関わりたくないタイプって感じかな。だって偉そうだしムカつくじゃん? 書いているジャンルも好きじゃないんだよね」


 やはり似た者同士なのではないかと思う。好き嫌いがはっきりしているところなんかそっくりだ。


「話を戻すけど、新作はどう? 書いてみる気になった?」


 恋ちゃんは腕を組んだ。うーん、と唸っている。


「あたし、マルチタスクって苦手なんだよね。新作やるとしたら、今書いているものは放置すると思う」

「そっか。じゃあこの案はなしだね」

「ええ!?」


 恋ちゃんが目を剥く。


「絵里がやれって言ったんじゃん……」

「やれとは言ってないよ。やるのもありだと提案しただけ。私としては、『夢見ちゃんはかわいい』を優先させた方がいいと思う」

「読みたいだけなんじゃないの?」


 ばれたか……。

 恋ちゃんは呆れたような表情を浮かべた。それから「あれ?」と小首を傾げる。


「絵里って『夢見ちゃんはかわいい』嫌いだったよね。辛辣な感想言ってたじゃん」

「え、別に嫌いじゃないよ。私何か言ったっけ?」

「ギスってるから面白くないって言ってたっしょ。忘れたの?」


 ぎろりとした目で睨まれる。


「た、確かに言ったかもね……。でも、継続して読んでいくうちに『ありだな』って思い直したんだ」

「作者があたしってわかったからっしょ?」


 私は動揺を誤魔化すため、話す速度を早めた。


「作者がわかったことでそう思うようになったのはあるかもしれないね。でも面白いって感情は否定されたくないな。確かにギスりすぎててカタルシスは足りてないと思うよ。読者が減る理由もわかる。でも、恋ちゃん特有の魅力的なキャラクターは健在だし、私は『夢見ちゃんはかわいい』を肯定したいな」

「そか……」


 前髪を弄り、頬を赤らめる。照れているようだった。

 確かに私は、『夢見ちゃんはかわいい』に対して点を甘くしている部分が多い。身内びいきだとか忖度だとか言われても仕方ないのかもしれない。しかし、推しの作家に対して点が甘くなるのは普通のことだ。審査員をしているわけではないから、責められるいわれはなかった。


「そもそも、あたし的にはそこまでギスらせてるつもりないんだけどねー」


 恋ちゃんが考えを漏らす。


「え、そうなの?」

「本気で憎しみ合っているわけじゃないからね。あくまで交友関係の中で夢見ちゃんを取り合っているだけ。じゃれ合いみたいなもんだよ」

「それ、読者には伝わってないと思う」


 マジ? と恋ちゃんが目を丸くする。


「何かの本に、『作者の真意はなかなか読者に伝わらないものだ』って書いてあったよ。もっとストレートに、『私達は仲良しだけど夢見ちゃんを取り合ってます』みたいな描写・説明を入れた方がいいと思う。現状だと、本当に殺伐とした関係なんじゃないかって読者に疑われていると思うから」


 恋ちゃんは頷き、微笑んだ。


「そうするよ。流石だね。絵里に相談してよかったよ」


 お役に立ててこちらこそよかった。

 しかし、ここで全面的に感謝を受け入れるわけにはいかなかった。また調子に乗って桃との一件を再現してしまうかもしれない。そうなったら地獄だ。私は顔を逸らして、「ま、そういうルールだから」と冷めたトーンで言った。


 恋ちゃんが突然膝を立て、私に近づいて来た。なんだ、と動揺していると、唇と唇が当たりそうな距離まで近づかれ、心臓がどくどくと脈打った。


 何をする気だ……?


 恋ちゃんの腕が伸び、私の顔の横を通過する。それからすぐに腕を引っ込め、体を離した。手にはブルーレイのパッケージがあった。

 私の背後にある棚から取り出したのだろう。

 キスされるかと思った……。心臓に悪い。


「アニメ観よっか」

「え、今から?」

「作品を観て勉強するのも必要っしょ」


 機械にセットしてテレビの電源を入れる。

 恋ちゃんは私の隣に腰掛け、体を寄せてきた。柑橘系の匂いが鼻孔をくすぐる。変な気分になった。


「こ、恋ちゃん、ちょっと近すぎると思うんだけど……。あと、胸も当たってるし……」

「えー、嫌なわけ?」

「べ、別にそういうわけではないけど」

「ならいいじゃん。イチャイチャしようよ。ルールで禁止されてなかったっしょ?」


 確かにルール違反ではない。

 しかし、このままだと私の理性が持ちそうになかった。


「あ、でも、辻本とはこういうことしちゃ駄目だからね。ちゃんと距離取ってよね。あたしとの約束。破ったら許さないから」

「恋ちゃんこそ我儘だよね……」


 その後、日常系アニメを四話分観た。体を密着させていたせいか、あまり内容に集中できなかった。


 

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