推しに挟まれる生活

第13話


 恋ちゃんの住んでいるマンションは最寄駅から徒歩十分のところにあった。


「久々だね、絵里がうちに来るの」


 エレベーターに乗り込みながら恋ちゃんが言う。放課後そのまま来たから、私達は制服姿だった。そうだね、と頷きながら、彼女の横に並んで操作盤を眺める。すでにボタンは押されてあった。


「小学四年の頃だよね、小野、みいちゃん、ちーすけ、絵里、あたしの五人でよく遊んでたの。懐かしいなぁ……」


 エレベーターの扉が閉まり、ぐんぐんと上昇していく。

 当時の私は今より社交的で、友達がそれなりにいた。今考えると信じがたいことだ。過去の自分に弟子入りすれば、多少は人と話せるようになるだろうか。そんな馬鹿みたいな空想に浸っていると、恋ちゃんが少しだけ表情を暗くした。


「クラス替えで疎遠になっちゃったんだよね。もっと仲良くしとけばよかった」

「皆クラスがばらけちゃったんだから仕方ないよ。あと恋ちゃんはギャルっぽくなったし……」

「え、なにそれ。あたしのせいなん?」


 ジトッとした目で見つめてくる。


「あ、いや、そういうわけじゃないけど……。正直、ちょっと怖かったからさ。ごめんね」


 廊下ですれ違う時、手を振られたが、私は気づかないふりをして通過した。あそこで手を振り返していたら何かが変わっていたかもしれない。


 恋ちゃんは元から明るい性格をしていた。しかし、私と遊んでいた頃は大人しい見た目をしていたように思う。クラス替えでつるむ人間が変わり、服装の好みも変わっていったのだろう。よくある話だった。私も新しいクラスで仲良くなった子に影響を受け、洋画を観るようになった。それまでは漫画、アニメ、小説ばかりを楽しんでいたが、映画を観る喜びにも目覚め、趣味の幅が広がったのだ。


 六階の角部屋前に移動する。解錠して中に入り、スリッパに履き替え、廊下を進んでいく。突き当たりの扉を開くと、リビングになっていた。

 痩せ気味の男の子がソファに座っていた。携帯ゲーム機を弄っている。


「ただいま、カズキ」


 カズキと呼ばれた少年は、こちらに顔を向け、眉を顰めた。


「姉ちゃん、人呼ぶ時は前もって伝えてくれっていつも言ってるじゃん」

「なに照れてんのさ」

「て、照れてねーし」


 お邪魔します、と私が言うと、カズキ君は会釈をしてから逃げるようにリビングを後にした。


「うちの弟。冴えないオタクやってんだ」


 あまり似てないな、と思う。


「ひょっとして恋ちゃんって、弟さんの影響でオタクになったの?」


 恋ちゃんは小首を傾げた。


「え? あたしってオタク?」


 どうやら自覚してなかったらしい。私は苦笑した。


「流行っている大衆受け漫画のアニメ化作品が好きならともかく、可愛い女の子たちがたくさん出てくる日常系アニメが好きっていうのは、少しオタクっぽいと思って」

「偏見じゃない? あたしは別に自分のことをオタクと思ってないよ。パンピーだよ、パンピー。ま、そう思われても別にいいけど」


 総オタク時代と呼ばれている昨今だ。オタク趣味の一つや二つ、一般人が持っていても不思議ではないのかもしれない。私の認識が古かったようだ。

 ふと、新たに疑問が浮かんだ。


「友達に小説書いていることは伝えてるの?」

「ううん、知っているのは絵里と辻本の二人だけ。家族にも秘密にしてるよ」

「どうして?」


 腰に手を当てて口を開く。


「あたしは自分の作品を読者に見つけてもらいたいんだよね。付き合いで読んでもらって褒められてもそこまで嬉しくないから。だから、仲いい人に作品書いていることは言わないようにしてるんだ」


 友達の作品とわかった時点で忖度は生まれやすくなる。恋ちゃんは作品の面白さやポテンシャルのみで評価されたがっているのだろう。創作者としては良い心がけなんじゃないかと思う。


「あたしの部屋で創作話しよっか」


 廊下に出て一番手前の扉を開いた。中に入り、ぎょっとする。

 美少女アニメのポスターが壁に貼られていた。五枚、六枚、七枚……八枚あった。棚には美少女フィギュアが並べられている。配置にこだわりを感じさせた。そのほか、グッズもそこかしこに置かれている。


「その辺に座っていいよ」

「恋ちゃん、ちょっといい?」


 首を傾げ、「ん? どしたん?」とあどけない顔をする。


「これでオタクじゃないは無理がある!」

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