第11話


「絵里さんは、私にアドバイスをしています。しかしそれは中途半端なものです。ここで投げ出されるのは納得いきません。恋川さんも、このままでは踏ん切りがつかないでしょう。絵里さん、あなたには既に、責任が発生しているんですよ」


 確かにそれは否定できなかった。とはいえ、納得するわけにもいかない。

 ひとまず話を聞き、論理の脆弱性を突こうと思った。


「創作者に影響を与えたくないと考えているようですが、すでに私達には影響を与えてしまっています。手遅れなんです。責任を感じているのであれば、私達に協力することが人の道と言えるのではないでしょうか」

「だよね! 賛成!」


 恋ちゃんが口を開く。


「とはいえ、絵里さんには絵里さんの事情があるでしょう。そこで『期限を設けてはどうか』というのが私の提案です。一年でどうでしょう?」

「いや長すぎるって!」


 思わず突っ込んでしまった。


「逆に聞きますが、どれくらいの期間ならいいですか?」

「二週間くらいなら……」

「二ヶ月にしようよ!」


 恋ちゃんが口を挟んでくる。


「いや、二週間でもかなり譲歩しているつもりなんだけど……」


 辻本さんは目を光らせた。


「では、ひとまず二週間にしておきましょうか」


 しまった! やる流れを作ってしまった!

 後悔する。現役ミステリ作家に駆け引きで勝負を挑むのは間違いだったか。


「しかし、二人同時にアドバイスするのは現実的ではないですね。恐らく書いているジャンルが違いますから」

「だねー。あたしは日常系だし」

「絵里さんと会う時間をそれぞれ設けましょう」


 なんだか、存在を無視されている気がした。両親だけが盛り上がっている参観日みたいだ。


「ちょっと待ってよ。確定みたいな雰囲気になっているけど、私、まだこの話受け入れてないからね」


 二人が見つめてくる。


「何が気に食わないんですか?」

「何もかもだよ」

「絵里、諦めなって」


 恋ちゃんが諭すように言う。


「あたし達、絵里のことを手放すつもりないよ。どれだけ抵抗しようと、どんな手を使ってでも話を聞き出すって決めてるんだから」

「品のない言い方ですね……。しかし、私も考えには同意します。諦めてください。逆に言うと二週間我慢すれば、もう話をしなくて済むようになるわけですから、絵里さんにとって良い案になっていると思いますよ。更にルールを決めておけば、安心して二週間の予定を完遂できるでしょう」

「期限以外にルールなんて必要かな?」


 恋ちゃんが首を傾げて訊くと、辻本さんは頷いた。いろいろと意見を出し合いながらルールを作っていく。その後、スケジュールの確認をし始めた。

 二人の様子を眺めながら、自分の意思が揺らいでいくのを感じた。二週間だけならいいのではないか、と思い始めていた。逃げ続ける生活を想像してげんなりしたのと、計画を立てている二人が楽しそうだったからだ。


 これを期にくっつけばいいのではないかと思う。書き手同士ならいろいろと言い合えて互いの作品のクオリティアップにも繋がるだろう。そうなれば私の存在も不要になる。一石二鳥だ。

 彼女達のこれからの関係性を想像する。

 最初は喧嘩ばかりの二人だったが、あるイベントを境に好敵手として認め合い、友情を深めていく。そして最終的には自分の中にある恋心に気づき、二人は結ばれゴールインするのだ。

 やば、興奮してきたぞ……。そういう百合誰か書いてくれないかな。


「ふざけてるんですか? これだと恋川さんが一日多いじゃないですか」

 

 鋭い声に意識が引き戻される。

 辻本さんが、恋ちゃんのスマホを覗き込みながら眉を顰めていた。


「だって、この日とこの日、辻本は予定があるんでしょ。仕方ないじゃん」

「あなたがこの日を私に譲ってくれたら解決しますよ」

「我儘だね」

「どちらが我儘ですか。私はプロ作家として編集者との打ち合わせがあるんですよ。あなたみたいに無駄に友達を作って遊び惚けているわけではありません」

「友達と遊んだことがないから、そういうことが言えちゃうんだろうね。可哀想に」

「遊んだことくらい私にだってありますよ。マウントはやめてください。あれは一年前の冬でした――」

「回想かよ。いいよ、あんたの交友関係なんて興味ないし」

「友達と遊んでいる暇があるなら、小説を読んで勉強したりプロットを練って書き始めたりした方がいいでしょう。友達が多いというのは怠惰であることを白状しているようなものです」

「あらら。そういうことを素で言っちゃうんだ。そんなんだからキャラクターに魅力が出ないんじゃない? 辻本の作品って人間描けてないもんね。もっと社交の場に出た方がいいよ?」

「人間が描けてない――私の三番目に嫌いな言葉です」

「図星だったから傷ついちゃった? ごめんね」

「どうやら日本語が通じていないみたいですね。やはりこんなギャルが、小説を書けるとは到底思えません。チンパンジーの方がまだ面白い小説を書けるんじゃないでしょうか」

「辻本さんも日本語通じない時多いよね。友達作った方がいいよ。なんだったら、うちの近所に出没する露出狂のおじさんを紹介しようか? 似た者同士だから話合うんじゃないかな?」


 睨み合う。

 私は溜息をついた。二人共、と声を掛ける。


「提案を全面的に受け入れるよ。だから喧嘩しないで」

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