第10話


「もう二度と人前で本の話はしないことにするよ」


 私は落ち着きを取り戻してから言った。二人の反応を見ると、どちらも不満そうな顔をしていた。


「いや、それは極端すぎでしょ」

「そうです。冷静になってください」

「これは私なりのケジメだから」


 握った拳に力を込めながら続ける。


「私はルールを破って作者に感想を伝えた。本当なら切腹しなきゃならないんだよ」

「絵里の覚悟、決まりすぎでしょ……」

「でも、死んだら両親に迷惑をかける。だから、二度と本の話はしないことにしたんだ」


 二人は顔を見合わせた。

 辻本さんが私に視線を移す。


「放り投げて逃げるつもりですか?」

「批判は受け入れるよ」


 悪いのは全て私だ。石を投げられても文句は言えなかった。


「っていうかこれ、やっぱりフェアじゃないよね」


 恋ちゃんが腕を組んで言った。


「辻本には既にアドバイスしてたわけっしょ。だったら、あたしにもしなきゃ不公平じゃん」

「恋ちゃんの言いたいことはわかるよ……」

「わかるなら、あたしの作品にもアドバイスしてよ。いろいろな分析を聞かせてよ。それから、『恋ちゃん凄いね、天才だね』っていっぱい褒めてよ!」


 駄々っ子のように言う。目に涙を浮かべながら睨みつけてきた。


「あなた、作家なんですか?」


 辻本さんが恋ちゃんを見る。疑わしそうな表情だった


「うん。ウェブで活動してるよ」


 涙を拭いながら答える。

 

「そうですか。本の出版は?」

「してない。ネットで公開しているだけ」


 辻本さんは肩を竦めた。


「なるほど、自称作家というわけですね」


 冷笑的な言葉が飛び、恋ちゃんは表情を消した。


「へえ、わかりやすく差別するんだ。悪役ムーブが似合う見た目しているだけあるね」

「私は事実を言っただけですよ。小説を書いてお金を得ていないのなら、あなたは作家とは言えないでしょう。ただのアマチュアです」

「その考え方、古くない? アマチュアでも人気な人や稼いでる人いっぱいいるし。化石みたいでウケるんですけど」

「面白いことを言ったつもりはありませんけどね。笑いの感性ズレているんじゃないですか? それと、あなたはアマチュアの活動で恐らく稼げていない側の人間ですよね。他人の褌で相撲を取られても説得力はうまれませんよ」

「ズレてるのはどっちだろうねー。辻本さんの本って結構売れてるみたいだけど、どのサイトでも星平均3だったじゃん。現役JKで可愛いから売れただけ、って書かれた感想見たことあるよ。小説じゃなくて写真集出した方がよかったんじゃない?」


 張り詰めた空気が流れる。

 野次馬的な興味を示していた生徒達も流石に気疲れしてきたのか、そそくさと図書室を後にした。図書委員の男子は我関せずの姿勢でスマホを弄っている。

 まさかこれ、私のせいなのか? 私が何とかすべきなの?

 仕方ない、と覚悟を決めて口を開く。


「恋ちゃんは立派な作家だと思うよ」

「ギャルの肩を持つんですか」


 しらっとした視線を向けてくる。


「恋ちゃんの『ゆるさんぽ』は相当面白いよ。プロ顔負けのクオリティだと思う」

「えへへ……」


 恋ちゃんがふやけた顔をする。すぐ感情が表に出る子だな、と可愛く思った。

 とはいえ、恋ちゃんにも言っておかなくてはならない。


「辻本さんの作品だって、ちゃんと面白いからね。あまりレビューを鵜呑みにしない方がいいよ」


 辻本さんが胸を張る。こちらの反応もわかりやすかった。

 意外と似た者同士なのではないか、と思う。


「でも、やっぱり許せないよ……」


 恋ちゃんが改めて言った。真剣な表情を浮かべて続ける。


「辻本にアドバイスしたのはプロの作家だったからでしょ? アマチュアのあたしにはする価値ないって?」


 私は慌てた。


「え、い、いや、だからそういうんじゃなくて。私、辻本さんが作家だって知らなかったんだよ。さっき説明したよね?」

「私の作品にだけ感想を言えばいいんですよ。アマチュアに助言するのは時間の無駄です」


 辻本さんが割り込んでくる。

 更に慌てた。


「え、いや、だから、私はもう小説の話はしないって……」

「不公平だよ! あたしにもアドバイスしてよ! いっぱい褒めてよ!」

「私の作品だけ読めばいいんです」

 

 二人にジッと見つめられる。どちらを選ぶんだ、という無言の圧を感じた。どちらも選ぶつもりはないのだが……。

 駄目だ。どういう発言を選んでも会話がループしてしまう気がした。八方塞がりだ。

 しかし、ここで妥協して二人の意見を受け入れるわけにはいかなかった。もう二度と、あの悲劇を繰り返してはならないからだ。


「仕方ありませんね」


 辻本さんが溜息交じりに言った。私達に凛とした顔を向けてくる。


「ルールを設けるというのはどうでしょう?」


 

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