第9話
「あはは、冗談が上手いね」
私は感情を殺して笑った。恋ちゃんの言葉を受け入れられなかったからだ。私のキャパを遥かに超えてしまっている。青天の霹靂だった。
辻本さんは顎に手を当て、まじまじと私を見つめた。
「ひょっとしたらとは思っていましたが、本当に知らなかったみたいですね」
やめてくれ、と叫びたくなる。もう何も聞きたくなかった。帰らせてほしい。
「絵里、大丈夫?」
恋ちゃんが顔を覗き込んでくる。真っ直ぐな瞳から逃げるように視線を逸した。
「大丈夫なわけない!」
自分が出したとは思えないほどの大声が出た。
「辻本さんが作家だなんて聞いてないし! ありえないよ!」
「いや現実なんだけど……」
「ありえない!」
似た言葉を繰り返す。
これを認めてしまったら私のアイデンティティは崩壊するかもしれない。さきほどまでの自分の発言が走馬灯のように蘇り、吐き気を覚えた。テーブルに手を突き、あああああ、と声を絞り出す。
「何かの発作ですか?」
「絵里、創作者に感想言うとおかしくなっちゃうんだよ」
ひそひそと会話している。
今、手に銃が握られていたら自分に向けて発砲していただろう。それくらい、情緒不安定な状態だった。
「なるほど、そういうことですか」
事情を聞いた辻本さんが、ドライな視線を向けてくる。
「しかし正直よくわかりませんね。私が感想を求め、絵里さんがそれに応じた。何か問題があるんですか?」
「あたしもそう思うよ。でも、絵里って普通じゃないから」
「確かにそうですね」
私は二人を睨みつけた。
「どっちかが言ってくれたら、こんなことにはなっていなかったのに……」
いやいやいや、と恋ちゃんが手を振る。
「辻本が作家デビューしたって一学期の終わりには超絶話題になってたじゃん。アンケート取ったらたぶん絵里以外の全ての生徒が『知ってた』って回答すると思うよ」
「そんなの知らないよ! ぼっち舐めんな!」
「うわ怖……」
恋ちゃんが目を剥く。
「この人、トゲトゲしくて超怖いんですけど……」
辻本さんが口を開いた。
「自分のリサーチ不足を棚に上げて人に当たるのはよくありませんよ。いつもの絵里さんならそんなことはしないでしょう。みっともない真似はやめてください」
「辻本さん、うるさい」
「は?」
目をぱちくりさせる。まさか攻撃されるとは思っていなかったのだろう。みるみる頬を紅潮させた。
「う、うるさいとは何ですか、うるさいとは。私は、あなたのために思って言ってあげてるんですよ」
「辻本さん、うるさい」
「あ、また言いましたね!」
辻本さんが珍しく声を張る。
近くの席にいた女子がスマホのカメラをこちらに向けていることに気づいた。睨みつけ、「撮らないでよ」と声を尖らせる。彼女は申し訳なさそうにスマホの位置を落とした。
空気が張り詰めていくのを感じる。しかし、今更どうしようもなかった。私の中のブレーキはとうに壊れてしまっている。
恋ちゃんはおろおろと手持無沙汰になっていた。辻本さんは不機嫌そうに眉を顰めている。二人共、私をどう扱っていいものか困っている様子だ。
「図書室では静かにお願いします」
声が響いた。横を向くと、図書委員の男子がポケットに手を入れながら佇んでいた。
気怠そうな面持ちで膝を曲げる。私の耳元で囁いた。
「辻本にガツンと言ってくれたの、あれ最高に痛快だったっす。また頼んます」
ポケットから手を出して親指を立てる。それから緩やかな動作でカウンターの方に戻っていった。
私は体の中に溜まった様々な感情を吐き出すため、大きめの溜息をついた。
「ごめん。軽く正気を失ってた。もう戻ったから大丈夫だよ」
「その言葉でもっと怖くなったんだけど……」
恋ちゃんがドン引きしながら言う。返す言葉もなかった。
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