第8話
私は手始めにキャラクターの問題点を指摘した。ステレオタイプすぎて魅力に欠けていたと伝えると、辻本さんは小首を傾げた。
「よくわかりませんね。具体的におっしゃってください」
「えっと、どこから話そうかな……。まず、語り手は真面目ないい子だったと思うよ。でも、逆に言うと没個性で面白みのないキャラクターに見えた。ワトソン役だからプレーンな感じを狙ったのかもしれないけど、一人で行動するパートが多いから、キャラの味付けは濃くするべきだったんじゃないかと思う。確かソシャゲが趣味って設定あったよね。廃課金プレイヤーにしたら面白くなっていたんじゃないかな」
「私、金銭管理のできない人は嫌いなんですが」
しらっとした顔で言う。私は苦笑した。
「そう思う人も当然いるだろうね。でも、人間って完璧じゃない方が取っつきやすくなると思うんだ。駄目なところを見て親しみを覚えるってパターン、現実でも割とあるでしょ?」
「ありません」
真顔で言う。強がりではなさそうだった。本当に経験がないのだろう。
これは困ったことになったぞ……。
違う方向に舵を切ることにした。
「探偵役の女の子だけはキャラが立ってたと思うよ。結構好きだった。でも、周囲のキャラクターの反応で損していると思った」
「どういうことですか?」
「皆、探偵役の子を褒めたたえすぎなんだよ。もちろん、そういうやり方でキャラを立てるのも手法としてありだと思う。でも、『殺意の鼓動』はそれを極端にやり過ぎて冷めちゃう部分が多かった。たとえば探偵役が殺害現場に現れるくだり。その場の全員が歓迎して『あれが噂の天才探偵か!』って騒いでたけど、彼女を歓迎してない人物を一人出すだけでも印象はかなり変わっていたと思う。全体的に全てのキャラクターが探偵役の言うことを鵜呑みにし過ぎというか、信頼しすぎに感じられたんだよね。犯人役に『あなたに解かれてよかったです』って言わせるのもどうかと思ったよ。いちいち地の文で探偵役の凄さを強調してたけど、作者さん、探偵に自己を投影しすぎちゃったんじゃないかな?」
「……めちゃくちゃ言いますね……」
辻本さんが目を細める。しかし、前回似たようなことを経験しているからか、今回は落ち着いていた。素早い動きでペンを動かしている。真剣そのものだった。
その後も問題に感じられた部分を指摘した。その途中、ふと嫌な予感を覚える。
いてもたってもいられず、私は辻本さんに詰め寄った。
「この感想、ネットにはあげないよね?」
「はい、その予定はありませんが」
「作者にダイレクトメッセージとかもしちゃだめだよ。そんなことをしたら死んじゃうからね」
「誰が死ぬんですか?」
「私がだよ!」
図書委員の男子が、こほんと咳払いした。
声を潜めて続ける。
「作者にこの感想を知られたら私もう死ぬしかなくなっちゃうから絶対やめてよね」
「よくわからないことを言いますね」
辻本さんが不思議そうにしている。
「もう手遅れではありませんか?」
私は首を傾げた。彼女こそ何を言っているのだろう。わけがわからなかった。
その時だった。
肩に手を置かれ、びくりとする。慌てて振り返ると、恋ちゃんが立っていた。いつもの可愛らしい笑みは健在だが、不思議と心から笑っていないんじゃないかと思った。
「え、いつから……?」
「絵里が図書室に入る前からいたよ」
ずっと聞かれていたようだ。背筋にぞくりとしたものを感じる。
「誰ですか?」
辻本さんがつまらなそうに聞く。
恋ちゃんは肩から手を持ち上げ、笑みを浮かべながら辻本さんを見つめた。
「あたしは絵里の親友の恋川だよ」
「え、親友!?」
「驚いているようですが」
「驚いてないよ。声が上擦っちゃっただけ」
そうだよね? と訊いてくる。圧を感じたので、素直に頷いておいた。
「それより、これはどういうことなの?」
恋ちゃんが真顔で私を見下ろす。
「作者にアドバイスはしないって言ってたよね?」
「え、うん……」
「嘘つき」
睨みつけてくる。
「だったら、なんでそこのミステリ作家にはアドバイスしてるわけ!? こんなの不公平じゃん!」
意味がわからなかった。
唖然としながら辻本さんを見る。真顔だった。
「え……もしかして辻本さんって作家なの……?」
疑問を口にした途端、しん、と場が静まり返った。
周囲を見ると、なぜか関係ない生徒まで私を見ていた。皆一様に驚愕の色を浮かべている。図書委員の男子までもが「こいつ、マジか?」という顔をしていた。
「知らなかったの……?」
恋ちゃんが信じがたいものを見るような目を向けてくる。
頷くと、皆が呆れたような表情を浮かべた。
「そいつのペンネームは音辻あや。新進気鋭のミステリ作家で、この学校で一番の有名人だよ」
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