第5話

「新人作家さんとは思えないくらい筆力が高くて感心しちゃったよ」


 熱を込めて言うと、辻本さんは微笑んだ。


「あれの素晴らしさがわかるとは流石ですね。では、『自称神と操り少女』と比べてどうでしたか?」


 わざわざ比較する必要なんてあるのかな、と思う。しかし訊かれたので答えた。 


「ミステリとしての完成度だけで言えば上に感じられたかな」

「そうでしょうとも。トリックの出来が段違いですからね」


 胸を張って言う。取っつきにくいクールビューティだと思っていたが、意外と親しみやすい性格をしているらしい。微笑ましいな、と思った。

 しかし、「トリックの出来が段違い」という台詞には引っ掛かりを覚える。


「読んでみて、辻本さんの言いたいことはわかったよ。けど、『操り少女』のミステリ部分ってあくまで物語を面白くするためのガジェットとして使われてた気がするんだよね。トリック部分だけ抜き出して評価するのは可哀想だと思うよ」


 辻本さんは白けた表情を浮かべた。


「あなたはどちらが好きなんですか?」

「『殺意の鼓動』かな。でも、トータルでの評価は『操り少女』が上だと思う」

「なぜそうなるんですか。納得いきません」


 睨みつけてくる。私は落ち着いたトーンで言った。


「『殺意の鼓動』には面白くて斬新なトリックがあった。謎解きも相当練られていたと思う。でも、逆に言うとそれだけに感じられたんだ。他の部分に面白さをあまり見い出せなかった。逆に『操り少女』はトリック部分に物足りなさを覚えるけど、他の部分にかなりの面白さがあった。しかも、ただ単に、読者を驚かせてやろうってトリックになっていなかったのが偉かったと思う。だからトータルでの評価は『操り少女』が上かなって」


 我ながら上手く意見をまとめられたと思う。満足感があった。

 辻本さんの反応を伺う。下唇を噛み、屈辱に耐えているような表情を浮かべていた。

 声を漏らしそうになる。私は床に視線を落とした。

 自分に深い失望を覚えた。なぜ私はいつもこうなのか。好きな作品を否定されたら、誰だっていい気持ちはしないだろう。ペラペラと意見する自分に酔い、相手の気持ちを無視してしまった。


「え、えっと……さっきも言ったけど、『殺意の鼓動』の方が私は断然好きだよ」

「どこが好きなんですか?」


 難しい質問だ。好きなのは事実だが、上手く言語化できる自信がない。

 ジーッと見つめられる。何とか期待に応えなくては、と頭をフル回転させた。


「真面目そうなところ、かな……」


 思い付きを口にする。


「作者さんはストイックで自分に厳しい人だと思う」

「ふわっとした分析ですね。真面目だから好きなんですか?」

 

 そうだね、と頷く。辻本さんは眉を顰めた。口を開き、何かを言おうとする。その前に言いたいことを口にした。


「真面目っていうのは稀有な才能だよ。馬鹿にできない」


 感情を込めて言う。


「私、真面目な人が好きなんだ。一緒にいて安心できるから。それはフィクションにも同じことが言えて、この作者さんは真面目そうだなって思えると、最後まで安心してページを捲ることができるの。作者さんには、これからもたくさん真面目なものを書いてほしいと思った。二作目が出たら絶対読ませてもらうね。辻本さん、いい作家さんを教えてくれてありがとう」


 沈黙が落ちる。

 辻本さんは頬をぴくぴくとさせていた。

 お、怒らせたか……?

 彼女は溜息をつくと、ドライな表情を作った。


「やはり納得いきませんね。即刻、評価を改めるべきです。どちらもミステリの賞から出た作品なんですから、トリックを一番に評価すべきです」

「いろいろな読まれ方をされた方が作者さんは嬉しいんじゃないかな?」

「お名前をうかがってもよろしいですか」


 そういえば名乗っていなかったか。

 紙野絵里かみのえり、と答える。彼女はメモ帳を取り出すと、漢字まで聞き出してきて、それを書き留めた。


「あなたには見どころがありますね。頑固なところは直した方がいいと思いますけど」

「え、あ、うん……。あの、いろいろとごめんね……」


 バスが停止する。辻本さんは立ち上がると、「またお会いましょう」と言い残して、颯爽と降りていった。

 私は腰を持ち上げ、ふーっと息を吐き出した。全身が高揚していた。途中危ういところもあったが、本の内容を語る楽しさに興奮していたらしい。久々に味わう感覚だった。

 私はフィクションをこよなく愛している。読んだり観たりするのと同じくらい、フィクションの話をするのも好きだった。


「だったら友達作れよってね」


 バスを降りながら呟く。たぶん無理だろうな、と思った。

 そもそも私に友達を作る資格はない。

 元同級生である桃のことを思い返しながら深い溜息をついた。

 

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