第3話

「驚きすぎでしょ」

「ご、ごめん……」


 幼馴染のギャルが推しのウェブ作家だったなんて……。驚いて当然だと思う。

 恋ちゃんは横を向いた。不快にさせてしまっただろうか。やや不安になりかけたところで、彼女の頬が微妙に赤らんでいることに気づいた。

 なるほど、照れているのか。


「……可愛いな……」

「は?」


 睨んでくる。

 やば、本音が漏れたか。


「今、あたしのこと可愛いって言った?」

「え、いや、ちが……」


 駄目彼氏みたいな反応をしてしまう。

 恋ちゃんは柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとね。嬉しい」


 今度はこっちが照れる番だった。猛烈に恥ずかしくなる。

 私は緊張しながら口を開いた。


「あ、あの! 握手してください!」

「いいけど」


 手を差し出してくる。恐る恐る握ってみると、想像以上に温かかった。なんて尊い手なんだろう。一生このままにぎにぎしていたい……。


「絵里の触り方、ちょっときしょいね」

「ご、ごごごごめんなさい!」

「別にいいけどさ」


 手が離れていった。寂しい気持ちが湧く。


「本題なんだけど」


 恋ちゃんは声を潜めて言った。


「読者とリアルに会うことなんてめったにないっしょ? だから直接意見を聞きたかったんだよね」


 なるほど、生の声を聞きたかったわけか。

 私は呼吸を整え、背筋を伸ばした。恋ちゃんの目を真っ直ぐ見つめながら口を開く。


「ごめん、それはできない」


 沈黙が流れた。

 恋ちゃんは目を見開き、きょとんとしている。意外な反応に驚いているのだろう。


「ちょっとでいいんだよ。何だったら、相談に乗ってくれるだけでもありがたいんだけど」


 ごめんなさい、と改めて断る。


「理由を聞いてもいい?」

「私、推しとは距離を保ちたいタイプだから」


 恋ちゃんは眉を顰めた。不満がありありと伺える。

 踏み込んだ説明をするため、腹に力を込めて続けた。


「昔、好きな作家がいたんだ」


 過去を思い返しながら口を動かす。

 

「ファンタジーのシリーズを書いている人でね、凄い人気があったんだよ。中学時代、夢中で読んでた」


 でも、と感情を殺して続ける。


「シリーズ完結間近、作者がSNSで引退を宣言したんだ」


 アニメ化企画進行中だったこともあり、当時かなり話題となった。

 作者はファンの女性と付き合っていたらしい。恋人の意見を聞いていくうちに自分の書きたいものがわからなくなっていったそうだ。


「読者の意見を鵜呑みにし過ぎた結果だろうね」


 説明を終え、溜息をつく。恋ちゃんを見つめながら続けた。


「作者はファンの意見なんて考慮しない方がいいんだよ。ファンもファンで、作者に声を届けようなんて考えるべきじゃない。それが私の考え。だから、恋ちゃんの作品に私は何も言えないんだ。ごめんね」


 恋ちゃんは首を傾げた。

 

「それだとファンレター、アンケート、レビュー、全て無意味ってことにならない?」

「無意味どころじゃないよ。害悪だよ」


 きつい口調になっていることを自覚する。しかし、止められなかった。


「私は、推しに意見を飛ばす人を見ると、ちょっとだけ嫌な気持ちになる。それが好意的なものであれ、悪意を含んだものであれ。作者の精神性や方向性に影響をあたえる行為になりかねないからね。もちろん、これは私の勝手な考えで他人に押し付けるつもりはないよ。少なくとも私はそういうのが嫌いで、自分ではやらないってだけの話」


 恋ちゃんは腕を組んで唸った。たぶん、納得できなかったのだろう。少しだけがっかりする。

 恋ちゃんは唐突に笑みを浮かべた。


「作者さんは、前作と違うことをしようと頑張っている」


 どこかで聞いた台詞だった。


「でも、ちょっと無理している感じもある――だっけか?」


 じんわりと嫌な感覚が昇ってくる。耳を塞ぎたくなった。


「絵里の言葉、あたしには深く刺さったよ。作者に影響あたえちゃったね」

 

 にやにやしながら言われる。私は頭を抱え、うぅ、と呻いた。


「……死にたい……」

「いやこの程度のことで死なれても困るんだけど」

「殺して……私を殺して……」

「誰も殺さんし」


 難儀な性格してるねえ、と笑われる。こっちは笑いごとではないんだけど。自分を殴りつけたくなった。

 恋ちゃんは頬杖をついて言った。


「あたしとしては感想ほしいけどね。褒められるとめっちゃ嬉しいもん。体がふわふわするような心地になるんだー」


 ふわふわ~、と手を振って見せる。


「創作者の多くは感想貰いたいと思ってるんじゃない? そもそも、ちょっと言われた程度で日和ってたら作家なんてできないし。絵里は気にしすぎだと思うな」


 私は小さく息を吐き出した。

 一般的な感覚から言うと、恋ちゃんの方が正論なんだろう。

 しかし、主張を引っ込めるつもりはなかった。


「それでも作者本人に言うべきではないと私は思う。感想なんてチラシの裏にでも書いておけばいいんだよ」

「たとえ作者が『感想ほしい』って望んでたとしても?」

「もちろん」


 私の頷きを見て、恋ちゃんは肩を竦めた。呆れて言葉もないらしい。

 恋ちゃんは頬杖をやめた。真顔で口を動かす。

 

「あたしが作者ってこと、一旦忘れてみたら?」


 意外な提案に驚く。


「単なる友達として、意見を交わし合うの。それなら何の問題もないっしょ」

「そんなの無理だよ。忘れられないもん」


 溜息をつかれた。


「絵里が融通利かない子ってことは、よーくわかったよ。でもさ、あたしも引き下がるわけにはいかないんだよね」

「な、なんで感想がほしいの? 私じゃなくていいよね?」

「絵里に批判されたからだよ」


 うぐ、と喉が鳴る。慌てて声を絞り出した。


「あ、あれは、批判じゃないよ」

「批判でしょ」


 不機嫌そうに言う。


「あたしの作品のコメント欄には、褒める意見しかないの。批判されたことは稀だね。だから、絵里に直接批判されて、むっとした。でも、納得しちゃった自分もいるんだよね。PV数が落ちていっているのは事実だからさ。数字は嘘をつかないってよく言うっしょ。だから、いろいろと改善案を聞きたかったんだよね」

「わ、私の意見なんて価値ないよ。忘れて」

「忘れないよ」


 目を覗き込まれる。


「絶対忘れない」


 視線を外せなくなった。真剣なんだな、と思う。


「今日はこれくらいにしとこうか」


 窓の外を一瞥しながら言う。日は傾きつつあった。

 二人で立ち上がる。恋ちゃんは不敵な笑みを浮かべると、私の耳元で囁いた。


「絶対、アドバイスを引き出させてやるから、覚悟しといてよね」


 暗澹たる気分になる。

 この先いったい、私はどうなってしまうのか……。






――作者コメント――


 絵里ちゃんは極端なことを主張していますが、今作を書いている円藤飛鳥は反応をもらうと喜ぶタイプです。ハート、星、コメント、レビュー、気軽にしていただけると嬉しいです!

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