砂漠に砂があるかは問題ではない

ぽっかりと空いた施設の穴からコツコツと音がする。...誰か来る。少しずつ大きくなっていく音に私の脳が警鐘を鳴らす。


「ア゙ラ、バダドコッデイバシダド?」


施設から出てきたのは水色の髪に白いドレスを着たいかにもなご令嬢...間違いない。こいつが...


言人族ワーダーの独自言語...『盥漱かんそうのシルファ』ですね?」


芽衣が私を庇うように前に出て問いかける。


「あら、わたくしのことを知っているのなら話が早いですわ...いかにも、わたくしが『リキャスター クロユリ合衆国本部直参 漢一組若頭兼組長補佐代理かんいちぐみわかがしらけんくみちょうほさだいり アルノルス・ド・シルファ』...申し訳ありませんが組の命令で『アストラエア』の組員は抹殺せよとのことなので...ここで死んでいただきますわ!」


自己紹介を終えた彼女が手を振り払った瞬間、私と芽衣は同時に横に飛ぶ!


ついコンマ何秒前まで私達の頭があった場所には一本の線が奔っていた。正確に言えば線のように見える水...圧縮された水がレーザーのように私達の頭を貫こうとしていた。


この世界において凡人族ミーム以外の全ての人間にんぎょうは『起源オリジン』を持つ。それは自身が何者なのかの証明であり、神からの与えられた最初の祝福のうりょく...例えば言人族ワーダー、言葉から生まれた彼らは自身に与えられたを操ることが出来る。ちなみに起源オリジンは本人の認識によって祝福のうりょくの内容や出力は変わってくる。彼女の場合、与えられたは『盥漱かんそう』。『手を洗い、口をすすぐこと。 身を清めること』つまり身を清める行為を強制することができる=。という認識を彼女自身が行うことで自在に水を操っているのだろう。


「まだまだ行きますわ!」


次々と連射されていく水レーザーを躱しつつどうすればこの場を切り抜けられるかを考える。


「ガランサス様!」


「わかってる...芽衣、機巧きこうの使用を許可する!」


「御意!機巧きこう――――解放!」


機巧きこう!?貴方、機人族アーマードですの!?」


機人族アーマード...科学から生まれた人間にんぎょう。科学といってもこの世界には存在しない、神にしかわからない、未だ解明されていない...未知の物から生まれた特殊な人間にんぎょう。故に自分たちが何者なのかもあまり分かっていない。分かっていることは自らの起源オリジンである機巧きこう祝福のうりょくだけ。

芽衣の左手の甲に蝶のような紋が紫色に輝きながら出現する。


「...機巧きこう――――『予測不可能性バタフライエフェクト』」


そう言って芽衣は足元に落ちていた小石を蹴る。蹴られた石はころころとどこかへ転がっていった。


「...なんですの?」


あまりに不自然な行為に彼女は困惑を隠せないでいる。凄く何か起こりそうな雰囲気で何も起こっていないのだからその反応をしてしまうのも頷ける。


「...」


「...何かよくわかりませんがそれで終わりなら止めを刺して差し上げますわ!」


しびれを切らした彼女が水のレーザーを放とうとした―――瞬間!


「!」


彼女は後ろに飛び退いた。それはもう幾度となく修羅場をくぐってきた者の直感、とりあえずここから動かなければいけないという本能に従った行為だった。そしてそれは大正解。彼女がいた場所には今、頭上から飛んできた物がぶっ刺さっている。一瞬でも回避が遅れていれば目の前の物体が自分にを貫いていただろう。間一髪...死を回避した彼女の思考はとあるもので埋め尽くされていた。


――――そう、何故?なんでこんな所に?


「チェーンソーが飛んできたんですの!?」



予測不可能性バタフライエフェクト』...「蝶がはばたく程度の非常に小さな撹乱でも遠くの場所の気象に影響を与えるか?」という問い掛け...つまりわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の状態が大きく異なってしまうという現象...

芽衣の蹴った石は民家の裏で散歩していた猫に当たって反射的にした走り出した猫が目の前にあった石の塀を乗り越えたらそこで剪定の仕事していた獣人族ハイブラーのおっさんに体当たりしてしまい体当たりに吃驚した獣人族ハイブラーのおっさんが手を滑らせて持っていたチェーンソーを投げ飛ばして宙を舞ったチェーンソーはたまたまシルファの立っていた場所に刺さったのである。


わたくし祝福のうりょく...『予測不可能性バタフライエフェクト』。きっかけを与えると巡り巡って別の現象になって帰ってきます。ちなみにどうなって還ってくるのはわたくしにもわかりません」


「はた迷惑な祝福のうりょくですわね...」


「えぇ、わたくしもそう思います。」


「なるほど、わたくしは勘違いをしていたようですわね...不幸を呼ぶ厄災の機人族アーマードとそれを従える史人族ヒストリア。貴方方...邪神の猟犬ですわね?」


「あぁ、わかってもらえたなら何よりだ」


「大変失礼をいたしました。わたくしひいては『リキャスター』に合衆国と事を構える意志はありませんわ」


そういってお上品に頭を下げる彼女に俺は問いかける。


「リキャスターの幹部が何故こんな所にいる?」


「当然の疑問ですわね...お話しますわ。先日、ウチの組員...組長補佐が何者かに殺されました。そしてその現場にいたのが『アストラエア 反神派筆頭 美雨メイユイ』...彼女に身の潔白を証明するよう促しましたが隙をついて逃亡...現状、『アストラエア 反神派』とわたくし達『漢一組』は抗争状態というわけですわ」


...犯罪組織『アストラエア』は七人のリーダーと各々に従う部下達で構成された歪な組織だ。七人のリーダーはそれぞれが独立して活動している為、組織かどうかも定かではない。そんな七人の中で唯一、指名手配すらされていないのが反神派筆頭...『美雨メイユイ』。


「なるほど...」


「えぇ、して...貴方方はこちらに用事でもございましたの?」


「あぁ、そうだ。この写真の人物を探してるんだが知らないか?」


私は四枚の写真を取り出して彼女に見せる。


「多いですわね...んん、残念ですがどなたも存じ上げませんわ」


彼女は写真を一枚ずつチェックし首を振った。このうち一枚の人物はアストラエアの幹部と接触していたという情報があってここに来たのだが先に入った彼女が見ていない以上ここにはいないのだろう。


「わかった、ありがとう」


「もし、こちらでも一応片手間でよければ探しておきますわ」


「いいのか?」


「えぇ、ですので今回の件はそれで手を打ちません?」


「わかった」


「それではわたくしはこれで。貴方方とはまた何処かで会う気がしますわ」


そう言い残し彼女は去っていく。


「...どう思う?芽衣」


臨戦態勢を解き、能力を解除した芽衣に意見を聞く。


美雨メイユイがリキャスターの幹部に手を出すことは先ずありえないかと」


「あぁ、美雨メイユイは反神派...反教国派とは向いてる方向は一緒のはずだ...関わらないことはあっても敵になるようなことをするとは思えん。...戻って『マリー』と『アオイ』に聞いてみるか」


「それがよろしいかと」


そう言って私達も踵を返す。この件...他の神からの干渉じゃなきゃいいが...






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