第4話

「もしもし。あ、着きました? 階段降りて入ってきて下さい。僕ちょっと動けなくて。誰かに声かけ」


 返事の前どころか言い終わる前にプツリと切られた。クラブのイベントは戦場だ。準備中から戦火に包まれる。 


 店に入ると想像通りでとてもじゃないけど谷本君なんて見付けられず、ドタドタと駆けずり回るスタッフの男を捕まえた。


「こんちわ」

「ダンサーさん?」

「バイト。谷本君の紹介」

「これパス! 俺VIPの予約表確認しなきゃ。ここ終わったらロッカールーム掃除して、その後は酒の補充かな? じゃ!」


 モップと掃除用具の入ったバケツを俺に押し付けどこかへ消えた。説明もクソもないが大丈夫。クラブの仕事に難しい事はない。洗剤をぶちまけ床をこすった。


 そもそもの話、繁華街は汚い。地下に至っては掃き溜めだ。だから昨夜の狂乱の残骸を必死に掃除して一から飾り付ける。朝には台無しなのに滑稽だよな。


 とんだりはねたりする野郎がすっ転ばないように念入りに二度拭きする。酔っ払いに関しては命に関わるから神経質くらいがちょうど良い。


 床を乾燥させてる間にテーブルを磨いているとさっきとは違う男に肩を掴まれた。ガシッと効果音が付くような勢いで驚いた。


「ダンサーさんですか!?」

「バイト。谷本君どこ?」

「びっくりした。誰か女の子に掃除させちゃったのかと思った。タニなら事務所でゲストDJにお酌してるよ。あいつは今日は動けんよ」

「ロッカーどこ?」

「掃除なら俺やったから大丈夫。バーカウンターとパウダールームどっちがいい?」

「バーカン!」

「こっち来て」


 なにより声が特徴的だった。人を小馬鹿にしたようなアルトにラジオのノイズが混ざっているように聞こえる。顔は普通。ピアスが多すぎて耳だけサイボーグみたいだ。


「モスコミュールのベースは?」

「ウォッカ」

「さすがタニの友達。本格的なカクテルを出す箱にいたんだろ?」

「潰れたけどね」

「いい拾い物した。他店から借りたバーテンが一人欠勤なんだ。"身内の不幸"ってやつだよ」

「谷本君じゃなくていいわけ?」

「あいつの仕事は接待だから。うちはシェーカー振るような箱じゃないけど、よろしく頼むよ」


 土下座までかました谷本君には申し訳ないがやる。オレはついてる。引き受けると男は「後でなんか飲ませて」と言って姿を消した。


 カウンターの内側に入り冷蔵庫の中身なんかを確認していたら男の顔は思い出せなくなってしまった。あいつの女と寝た翌朝みたいなガサガサ声がいつまでも耳に残っていた。


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