第3話

「谷本君覚えてる?」


 その夜、帰宅した灰島さんに電話の事を話した。


「あいつまだクラブやってんのか」

「次期バーテンの席を便所掃除から狙ってるらしいよ」

「意外と根性あるよな。優河も土下座して雇ってもらえよ」

「二番煎じじゃインパクトなくね?」


 煙草をぷかぷかやりながら週末に思いを馳せる。

 予定されているイベントはラッパー達のアフターパーティー、早い話がライブの二次会だ。


 何を手伝わされるのかは想像はつく。チケットのもぎり、フロアの掃除、バーカウンターに入れてもせいぜい洗い物だろう。それでも久しぶりのクラブ仕事は楽しみだった。あの空気感が恋しかった。


「ってなわけで灰島さん、金曜はオレいないから夕飯自分で何とかしてくれよ」

「おお。なんてクラブ?」

「ビーツ。小さそうだよ。地下にワンフロアしかねえもん」

「知らねえな。諒太誘って遊びに行こうかな。あいつが行くって言ったら」

「諒太君なんか連れてったら心臓止まっちまうんじゃねえの」

「ははっ」


 諒太君は灰島さんの店長だ。酒も提供出来る喫茶店を一人でやっていたけど、灰島さんが来てからはバリスタに専念していて今じゃ完全な分業だ。


 灰島さんが働き出して一度店に遊びに行った事がある。気さくな良い人で、「灰島君が風邪引いたら助けてね」とこっそり名刺を渡してくれた。もちろん冗談だと分かってる。でも初対面で嫌われやすいオレには相手から繫がりを持とうとしてくれた事が嬉しかった。あと看板犬が可愛い。


「谷本君に連絡してみれば? 安くなるかもしんないよ」

「いいよ。雰囲気味わいたいだけだし。あと諒太のリアクションが気になる。ははっ」



 昼職生まれ喫茶店育ちには刺激が強いんじゃないのかしら。

 ま、いっか。灰島さんが楽しそうだし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る