第2話

「がんば」

「おお」


 無職の一日は忙しい。

 灰島さんのアラームで一緒に起き、夕飯の残りを温めて朝飯を食わせるとすぐに見送りの時間になる。聞けばランチタイムが一番混むから簡単な盛り付けや洗い物を手伝っているそうだ。それが落ち着くとコーヒー目当ての客が増えてくる。そして日が落ちると我らが灰島さんの本領発揮だ。

 あれ? 忙しいの、オレじゃなくて灰島さんか。


 灰島さんが引いておいてくれた豆でコーヒーを入れる。湯が落ちきるのを待っているとついうとうとしてしまう。でもだめだ。シャキッとせねば。今日こそ仕事を見付けねばならぬ。


 タウンワークを開く。とりあえず居酒屋まで守備範囲を広げてみている。ううん、どれもピンとこない。唸っていると着信が鳴った。


 灰島さん忘れ物かな? 携帯を手に取ると珍しい事に相手は潰れたクラブの元同僚だった。


「優河さんお久しぶりです」

「谷本くーん。久しぶりじゃーん」

「はい。今何やってますか?」

「無職。この瞬間の事なら暇してる」

「僕都内のクラブで働いてるんです。今週末イベントがあるんですよ。手伝ってもらえませんか」

「なんなら雇ってくれ!」

「無理ですね。僕だって無理言って働かせてもらってるんです。バーテンの枠は無いって突っぱねられたから、一生トイレ掃除でいいですって店の前で土下座したんです。オーナーに引っぱたかれたけど、そこまで言うならって今雑用係です。ダンサーのサンドバッグです」

「すげえな。有名店?」

「全然。たまたま見付けました」

「なんでそこまでしたわけ?」

「クラブのバーテンなんてそうそう求人出ないですよ。でも近くで働いてたらいつかチャンスが来るかなって」

「お前すげえなあ」


 イベントの詳細はメールすると言われ電話を終えた。

 谷本君。垢抜けないビジュアルで第一印象は"のび太くん"だった。でも、オレは一晩で見る目を変えた。いざ営業が始まると誰より確実に仕事をしたのだ。手が早いわけでもない、トークが上手いわけでもない。ただ絶対にサーブする客を間違えないし、一度だってオーダーを飛ばさなかった。簡単な事に思えるだろうが、激混みで爆音かつ薄暗いバーカウンターの中でやってのけるのは神業と言っても過言ではない。

 慎重で真面目。シャツのボタンを一番上までとめていたのは谷本だけで最後までそのスタイルを崩さなかった。さすが年上。


 土下座かあ。やっぱクラブはどっかネジぶっ飛んでる奴が多い。谷本君め。常識人のツラしてやりやがる。


 気を取り直して勢いよくタウンワークをめくった。


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