GLAY2
第1話
灰島さんがバーテンダーに戻った。
良い酒でも買って祝ってやりたいけどオレはいまだ居候の無職だ。まずいよな。どっちか片方でも十分まずいのに。あーどうしよう。
灰島さんは仕事に行く前に煙草を五本置いていってくれる。三本で足りると言ってるのに、優しい人なんだ。
オレはカレーとシチューとハヤシライスが作れるからそのルーティンで台所に立ち新妻のごとく灰島さんの帰りを待つ。
でも、本当はオレもカクテルがつくりたい。あとサーブする相手はロン毛の先輩じゃなくて可愛いギャルがいい。
施錠の習慣の無い灰島さんがおもむろにドアを開けご帰還なすった。
「おつ。カレーにチーズのせる?」
「おお」
聞く前からのせてるけどね。
「バーテンどう? やれてんのかよ?」
「そもそもカフェだからな。通ぶって変な酒頼む奴いねえよ。こだわり強い奴も来ねえ」
今日の灰島さんは機嫌が良い。というより社会復帰してから表情が明るくなった。
「オレもそろそろ、また探すかな」
「バーテン?」
「うん。ちゃんとしたバーがいい。あっグレイもちゃんとしてるんだけど、オレが言いたいのは、」
「分かってるよ」
そう言って大盛りのカレーを平らげると風呂場に消えた。食器を下げて洗い物を済ませる。
こうして普通の台所に立ってるといっそバーじゃなくてもいいかな、なんて思ったりする。でも、バーテンは人生で唯一継続できた仕事だ。一から学んだ経験を生かしたいし、もっといろんな酒を作れるようになりたい。
バーテンダー募集の文字に飛び付いたホテルのバーは固すぎた。でもオレだって子供じゃない。我慢して、我慢して、我慢した。
朝から晩まで雑用ばかりさせられ、グラスにも触らせてもらえない日々を耐えていた。潰れたクラブでも最初は掃除からだった。下積みを済ませれば酒が作れる、そう自分に言い聞かせていたところであの事件が起きた。
バイトの女の子を庇ったら、上司にクソほど怒られた。
客に手を出したわけでもない。テーブルを蹴り倒したわけでもない。顔を真っ赤にして唾を飛ばす客とバイトちゃんの間に入って、「もういいじゃないですか」と言っただけだ。どうやらそれが御法度らしかった。
事務所でマネージャーにブチ切れられてるとき、ドアの隙間からバイトちゃんがオレを見た。
別に庇って欲しかったわけじゃない。ただ一言、ありがとうくらい言ってくれりゃあオレは何度だってあの子の為に怒られてやったさ。でも。
「馬鹿じゃないの」
そういう目で見られたんだ。
それは初めての経験で、面と向かって死んじまえと言われるよりもずっとキツかった。
今でも求人広告を眺めていると、後ろからあの目に見られてるような気がして怖くなる。
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