第19話
「灰島君、ちょっと……」
カウンターの下でガサガサやってた諒太が箱を手に持って俺の正面に立つ。
「開けて」
「ワン! ワンッ!」
何か勘違いしたハイジが嬉しそうにぐるぐる回る。
「ね。ハイジに見せてあげて」
人に箱を貰った事がない。まして自分の為に包まれた包装紙を開けた事なんて生まれて初めてだった。テープを剥がす指が震えた。
中身はカクテルシェーカーだった。
「灰島君さ、金髪にお前誰なんだよって怒鳴られたとき、何て言ったか覚えてる?」
「いや」
「うるせえただのバーテンだよって」
ああ嘘だろう。
「ここで働いてよ。簡単なカクテルだけじゃなく、もっといろんなお酒を提供したくなったんだ。でも僕はバリスタだからシェーカーが振れない。灰島君に、グレイのバーテンダーになって欲しいんだ」
何か言うつもりだった。言葉に詰まり、上を向いた。
「何か事情があるんだよね? 最初からそんな感じしたから無理に誘わなかった。時が来れば灰島君から話してくれるだろうと思って。でも、もう待てない。こう見えてせっかちなんだ。灰島君に働いてもらいたい気持ちは、あの嵐の日から変わってないよ」
俺は諒太に自分の話をした。前はクラブで店長をしていた事、突然閉店になり無職になった事、日雇いで働き始めた事、優河や社長の事。
諒太を、ハイジを、この店を、好きになるのが怖かった。ここがもし潰れたら、俺は今度こそ再起不能になる。近付きたいのに遠ざけた。情が湧くのが嫌だった。
「約束するよ。僕は灰島君を放り出したりしない。絶対にグレイを守るから、どうか手伝ってください」
差し出された手。腹をくくるという一種の諦めがついて肩の力が抜けた。
そっと触れたらぐっと握り返され「やった!」と言われた。しんみりした空気を吹っ飛ばされ、遊びと勘違いしたハイジが飛び跳ねる。
「ハイジ! やったぞ! 灰島君を手に入れた!」
「ワンッ!」
先の事は分からない。でも今は求められてここにいる。ならば後悔しないような仕事をしよう。いつか全てが終わるとき、俺はバーテンダーだと胸を張って言えるように。
◆ 灰島編完 ◇
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