第17話

 翌日から連勤で派遣を入れた。グレイに寄る言い訳が欲しかったからだ。優河は何も言わなかった。


 仕事は淡々とこなすだけだ。理由があるからここにいる。ユキナの視線は気付かないフリを貫いた。


 諒太とハイジが俺を待ち構える事はなくなったが火曜だけは店に寄った。練習中のカクテルか、なければコーヒーを一杯飲んで帰った。

 店のドアベルがなると諒太は怯えたように振り返る。きっと客が入るたびにそういう思いをしているのだ。

 それ以外の曜日は少し離れた廃工場から様子を見るに留め、出入りする客を観察しながら煙草を何本か灰にした。



 そんな生活を続けて何度目かの木曜、ゾロ目のヤン車が現れた。降りてきたのは金髪と坊主。あからさますぎて感謝しそうになる。


 入れ替わるように女性客が飛び出した。迷わず警察に電話する。路駐が邪魔で車が出せないと、車種とナンバーを通報した。どけてくれと訴えた。



 目を閉じて深呼吸。

 俺は喧嘩が嫌いだ。

 というか弱い。



 テンションが振り切れないままグレイに向かう。ドアを握り、地獄の入口を開いた。



「別に金だけ巻き上げようってんじゃねえんだよ」

「持ちつ持たれつ。兄貴はそう言ってんだよ」

「わざわざ出向いて……おい、なんだテメエ。取り込み中だよ。見て分かんねえのか」


 怖。


「お前ら帰れよ」

「んだとコラ」

「店員さん困ってんだろ。店に迷惑かけんなよ」

「はあ? テメエにゃ関係ねえだろうが。すっこんでろ」

「は? コーヒー飲みきた客なんですけど。おめえこそ誰なんだよ」


 金髪が煙草をぷっと吐き出した。それが導火線に火を付けてくれた。


「全席禁煙です」


 掴みかかった。カップが割れる。


 何度でも言うが俺は喧嘩が弱い。多分、五百回くらい負けた。だから分かる。喧嘩のセンスがない奴が、次にどう動きたくなるのか分かるのだ。


 時々殴られながら、ひたすらにかわした。何度目かの拳を食らい目が回り出した頃、ようやく窓の向こうから赤いランプが見えた。


 警察が店のドアを開けたのと、坊主に羽交い締めにされた俺を金髪がぶん殴ったのは同時だったと思う。


 吹き飛んでる間は全てがスローモーションで見える。鼻血出しながらも口元の笑いを堪えることは出来なかった。ざまあみろ。

 遠のく意識の中で駆け寄ってくる諒太の顔を見た。


 カップ割ってごめんな。


 声になったかは分からない――






 ――誰かに名前を呼ばれている。諒太?



「……ハイジ! ハーイージーマ! ちょっと、あんた大丈夫?」



 こんなときに社長かよ。お前が店潰したせいで散々な目に合ってんだぞ。



「情けないわね。早く起きなさいよ」



 もう疲れた。痛えし。俺、あの店のバーテンに戻りたいよ。



「あんたなら大丈夫だって言ったでしょ」



 何も見えない。俺死んだのかな?



「馬鹿ね。まだやることがあるでしょう。早く戻りなさい」



 胸を押させれる感覚があった。ムスクの匂いを嗅いだ気がした――






「――さん、灰島さん! 聞こえますか!! 聞こえてたら返事を―――」







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