第14話

「もしもし。こちら人材派遣会社ジョブアルでございます。灰島さんのお電話でお間違いございませんでしょうか」



 人員不足で明日のシフトに協力してくれないかという電話だった。時間ならいくらでもあるが、無職モードから切り替わらず口ごもった。


 電話に出た事すら後悔していたが、よっぽど切羽詰まっているらしく給料に色を付けると言い出した。俺は現金だ。明日の夜は優河と焼き肉でも行こう、そう思って電話を切った。


 優河も俺と似たような人間だから明日仕事に行くと言ったら「裏切ったな!」と吠えられた。焼き肉に誘ったら「頑張ってね!」とあっさり手の平を返された。アホだ。



 翌朝、元気な優河に送り出され久しぶりに出勤した倉庫は何一つ変わっていなかった。コンベアが動くと体も勝手に動き、昨日も来ていたような錯覚に陥る。ユキナはいなかった。


 休憩中、残り時間を確認するつもりで見た壁掛けの時計に火曜とあり目がとまる。記憶を押し込めるように美味くもない缶コーヒーをぐっと飲み込んだ。


「ゲンさん火貸してくれ」

「おお」


 喫煙所に兄弟のような二人組が入ってきた。昔は職人でもやっていたのかもしれない。どちらもそういう雰囲気のある男だった。


「あと半日かあ。長いね」

「じじいになっちまう」

「ゲンさん、もうとっくになってるよ」


 俺の存在なんて見えていないかのようにゲラゲラと笑う。俺と優河もいつかこんな風になるのかもしれない。半分も吸っていない煙草を捨てかけたが、続く言葉に手が止まり咥えなおした。


「ゲンさん、今日も犬っころ見に行くの?」

「おお。俺あポチが死んじまってもう犬は飼わないって決めたんだ。たまにハーちゃん撫でるくらいがちょうど良いんだよ。ただ、最近なあ」


 吸いたくもない二本目に火を付ける。ゆっくりと吹かした。


「柄の悪いのが出入りしてんだ。花がどうとか絵がどうとか言ってよ。みかじめ料のこった。あそこはサ店とはいえ酒を出すだろ。目え付けられたみたいだ」

「ああやだね怖いね」

「俺あ別に気にしないよ。でも他の客はそそくさと出てっちまうし、ハーちゃんなんか気の毒に机の下引っ込んじまってよ。まだマスターが若えだろ。毛も生えそろってねえようなガキだよ。見てらんなくてよ」

「ゲンさん助けてやんなよ。何の為の桜吹雪なのさ」

「馬鹿野郎。見せもんじゃねえ。それにこれ以上指が減ったら荷物持てなくなっちまう」


 ゲラゲラと笑いながら出て行った。


 休憩時間が終わる。俺もロッカーに煙草を預けなければならない。灰がポロリと落ちた。


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