第8話
「灰島さんか! だからあのとき"ハイジ"に反応したんだ!」
「俺をそう呼ぶ奴がいて……」
「あはは。すごい偶然だ。良かったなあハイジ。カッコいいお兄さんと同じ名前だぞ」
犬のハイジは警戒心を母の腹の中に忘れてきたらしい。俺の存在なんて気にせず仰向けに転がりクウクウと飼い主に甘えている。
「オレは山井。オレだけ灰色の要素が無くて残念だから、
カウンターを挟みニコニコしながらそう言った。邪念の無い笑顔は天気とは裏腹に日なたの気配がする。
「プレオープンなんだ。この天気だけど今日の日付のチラシをポスティングしちゃったから店開けてて。灰島君が初めてのお客さんだよ」
あまり残念じゃなさそうな顔でそう言った。
「元々コーヒーが好きでね、チェーン店でいくつかバイトした後に資格を取って個人店で修行したんだよ。愛犬と過ごせるカフェバーを出すのが夢だったんだ。海外じゃ珍しくないんだよ」
「カフェバーって」
「アルコールが提供出来る喫茶店の事。カフェとバーの合体版。そのまんま」
「うまいよ」
「ん?」
「コーヒー、うまい」
「ありがとう! 老い先は酒好きなマスターだよ」
そう言ってケラケラと笑った。
「灰島君は? 普段何してる人?」
「日雇い」
「工業団地か! 仲間内に広めてくれよ。"灰島の友達です"で一杯サービスしちゃう。まずは店の存在を知ってもらわなきゃね」
ドアベルが鳴り、びしゃびしゃの男が駆け込んできた。吹っかける雨風がフロアを濡らす。
「ひゃあ参った。外すんごいよ」
「いらっしゃいませ。タオルどうぞ」
「悪いね。へえ、この店は犬がいるのか。じゃあドッグズノーズを貰おうかな」
「はい、かしこまりました!」
男はテーブル席に座ると口笛でハイジを呼び寄せた。ハイジは人見知りしない。節操ない尻尾が嬉しそうだ。
諒太はカウンターに引っ込むと客の死角にしゃがみ込み何やらガサガサとやっている。ちっとも出てこないので覗き込むと、カクテルのレシピ本を凄い勢いでめくりまくっていた。
「……おい」
「わっ」
「何してんだ」
「どどどど」
「ドッグズノーズ」
「犬の鼻なわけないよね?」
「グラスは?」
「冷えてる」
「ジンは?」
「ある」
目を閉じた。自分の声が聞こえる。
やめろ。人の店で余計な事すんな。
お前はもうバーテンじゃないだぞ。
うるせえ。客が待ってんだろ。
「そこどけ」
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