第7話
季節が変わり汗ばむ日が増えてきたが、今日はジャケットを着て通勤した。テレビが言うところの"記録的な暴風雨"が吹き荒れているからだ。
室内作業でも湿気を吸った段ボールは若干柔らかくなる。コンベアを流れてくる物量はいつもより少ない。正社員の「高く積まなくていい」という大声をかき消すようにアナウンスが鳴った。
"業務終了です。"
早上がりだ。高速道路が通行規制されトラックが到着しないらしい。トラックが着かなければコンベアを流れる荷物もないわけで、つまり俺達の仕事はない。
エントランスからの景色は圧巻だった。横殴りの雨が風にうねるのが見える。一歩外に出ると安物のビニール傘は早々に壊れ、キャップを深く被り目を細めて歩いた。
壊れた傘をジャケットの内側に入れ、ゆっくり滑り込んできたバスに乗車した。車内の時計を見るとまだ昼前だ。この雨はいつまで続くのだろうか。
バスを降りると景色が白く煙っていた。いっそ全身濡れようと開き直って歩いていると、雨を切り裂くように立て看板が吹っ飛んできた。とっさに蹴り上げると黒板の部分が真っ二つに割れてしまった。
「危ねえな」
見ればカフェバーグレイと書いてある。手書きされた下手くそな犬の絵に記憶を呼び起こされ、あの新店のものだと気が付いた。
壊れた立て看板は風に煽られズリズリと移動していく。あれが舞い上がって人に当たったらと思うとぞっとした。
場所は覚えている。看板を持って店を訪れた。風の音が大きすぎるのかノックに応答がなく、仕方なく店に入った。
美容院の名残のシャンプー台が消え、カウンターが出来ている。鏡台もテーブルに変わり、すっかりお洒落なカフェになっている。
カウンターの裏からこの前の犬が出てきた。
「ワンッ!」
「おい。お前のご主人を呼んできてくれよ」
「ハッハッ」
「これぶっ飛んできたぞ。この天気で立て看板出すなんて頭おかしいんじゃねえのか」
「クー」
「別にお前に怒ってるわけじゃねえよ」
「バウッ」
「もうここに置いてくわ。雨の日に看板出すなって伝えといてくれよ。じゃあな」
「あのう……」
驚いて声の方を見る。トイプードル、もとい飼い主の男が立っていた。
「すみません、看板持ってきて下さって。ワイヤーで固定してたんですけど、だめでしたね」
「あ、こちらこそ……すみません、ぶつかりそうになって、俺が壊してしまった」
「ええ! お怪我は!?」
「ないです。じゃ」
「待って!」
顔を思い出されたら面倒だ。キャップのつばで視線を遮った。
「どちらにいかれますか? 駅なら電車とまってますよ。この天気だし、雨宿りしていって下さい」
返事を待たずにガリガリとコーヒー豆を挽き始め、賢い犬はタオルを咥えて持ってきてくれた。雨風が窓ガラスにバチバチと音を立てて当たる。
ジャケットを脱ぎ帽子を取った。濡れた顔を拭き、褒められ待ちの犬をわしわしと撫でてやると――
「あれ!? あなたこの前の!」
しまった。犬に油断させられた。
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