第5話

「アルバイト募集……」


 倉庫勤務からの帰り道、バスを降りて駅に向かう道の途中で空き物件に張り紙がしてある事に気が付いた。


 飲食店になるらしいが美容院のシャンプー台や鏡台がそのまま残されている。これから改装工事となるとオープンまではしばらくかかるだろう。


 気にするようになったのか、優河との飲み会以降飲食店の求人情報がやたらと目に付く。レストラン、バー、居酒屋にファミレス。世の中にはこんなに食う店があるのかと驚いたくらいだ。


 倉庫の深夜勤務のとき、出勤前にキャバクラのキャッチに引っ掛かる事がたまにある。

 普通に客引きされるときもあれば、同業と勘違いされ「お疲れっす」などと声を掛けられるときもある。俺はまだ夜職に見えるのかと少し嬉しく思ってしまう自分が恥ずかしく、いつも足早に通り過ごした。


 ここは工業団地の近くだ。それに国道を一本それた通りにある。夜の店ができるとは思えない。きびすを返し歩き出した。



「ハイジー! ストーップ!!」

「え?」


 声の方を振り向くと大きな犬が笑顔で突進してきた。


「え!?」

「バウッ!」


 原付が突っ込んだくらいの衝撃があった。犬はわふわふと俺の間抜けずらを舐める。


「ごごごごめんなさい! こらハイジ! 離れなさい!」


 犬の首を雑に擦ってやると気が済んだのか力が弱まった。


「ごめんなさい。いつもは大人しいんだけど急に興奮しちゃったみたいで」

「いえ」


 飼い主も犬みたいな男だった。童顔まる顔、明るい茶髪に緩めのパーマがかかりトイプードルにしか見えない。狙ってるのかもしれない。


「ハイジも謝って! ほら!」


 犬はレトリーバーだ。飼い主より賢そうな顔をしている。別に犬は嫌いじゃない。立ち去ろうとすると、飼い主に呼び止められた。


「本当すみませんでした! あの! ここ春に店ができるんです! 食べにきて下さい! お詫びにサービスするんで!」

「ワンッ」



 返事はしなかった。犬のよだれでべたべたの顔をさして不快に思わずに帰宅した。

 煙草に火を付け、去り際に押し付けられたチラシを見る。


 "NEW OPEN!Cafe bar GLAY"


 グレイは灰色だ。ハイジと呼ばれていたあの犬にあやかったのかもしれない。

 カフェバーは分からない。カフェとバーではまるで正反対だ。昼と夜。白と黒の渦が目に浮かんだ。


 着信音が鳴る。暇を持て余した優河だ。ワンコールで出るとカフェバーが何か聞いてみた。

 ラッパーかなんかじゃねえのと適当な事を抜かす優河にバレないように溜息をつき、後は連絡を取り合っているというこの前のキャバ嬢の話を延々聞いてやった。


 ジャケットのチャックには金色の毛が絡まっていた。


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