第4話
「灰島くーん、気、変わらなーい?」
「はい」
この倉庫に通い出して半年経った。もちろんやる事は変わらない。
「もしも……もしもその気になったら、いつでも電話してくれていいからね!」
「はい」
この事務員は社長の娘だ。他の社員にユキナさんと呼ばれている。毎日のようにここに来るから顔を覚えられてしまったのだ。何の権限か知らないが正社員にならないかとしつこく誘ってくる。以前無理矢理押し付けられた名刺は机の引き出しに眠っている。
ユキナから逃げるように外に出た。通勤は電車とバスだ。工業団地だから駅からは遠く、初めて交通系ICカードを買った。徒歩で通勤していたバーテンダー時代には必要がないものだった。高校は行っていない。
先週末、優河と飲みに行った。俺達にとって職歴はゴミだ。堅気の仕事で食っている、それだけで賞賛に値する。
「倉庫仕事、悪くないよな。オレもいくつかやった事ある。でも灰島さんみたいに一発で気に入ったとこ見付けられんのはレアだよ」
「優河はホテルのバーテン続いてるのか?」
「それがよ、知ってるか? 昼職ってのはクソ客にも頭下げなきゃいけないんだぜ。上司はうるせえし、毎日クソむかついてハゲそうだよ」
居酒屋で近況報告を済ませるとキャバクラに行きたいという優河に付き合って夜の街に繰り出した。
繁華街の喧騒、月を圧倒するけばけばしいネオンの光。煙草と香水の混ざった夜風が俺達の細胞を呼び起こす。
「あー。きもちいい」
そう言って優河がぐっと伸びをした。俺を見ていたずらっぽく笑う。
「灰島さん、新しいクラブ作ってよ。そんで雇って。やっぱオレ、夜の空気の方が肌に合ってるわ」
「なら優河が作れよ。俺こそなんでも手伝うし」
女の制服はバニーガールにしようとかダンサーは毎晩呼ぼうとか言い合いながら歩いた。
最初にキャッチされたキャバクラに入り二時間潰した。楽しかった記憶はあるが会話は一切思い出せない。これでいい。後腐れのない気楽で無駄な時間。
帰りの電車で一人になると優河の言葉を思い出した。あいつは偉い。やりたい仕事をする為に人間関係を一から作り直しているのだ。
俺は過去バイト先で必ずトラブルを起こし、最終的に流れ着いたのが潰れたあの店だった。飲食店を何度目かのクビになり、むしゃくしゃと深夜徘徊しているところを社長に拾われた。
慣れるまでに心が挫け何度も何度もばっくれた。その度社長に連れ戻され仕事を叩き込まれた。気付いたら店長になっていた。
俺だってバーテンに戻りたくないと言えば嘘になる。
あの店の店長に戻りたい。
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