第12話 リチェル十歳

 私の五歳の誕生日に初めて会ったお兄さまたち。それからは、良く屋敷へ私に会いに来るようになった。お母様はその状況をどこか諦観したように受け入れた。ルイスは業腹っぽかったけれど静観しているようだった。

 本当に不思議なのだけれど、お兄さまたちは、私が父親の浮気の子であるにもかかわらず、私のことを大事に思ってくれているようだった。


 私は、ルイス先生のおかげで、魔法も座学もマナーも全て順調に修得していった。

 その過程で、私は前世で自分が弱すぎたために、ご主人さまを守り共にあり続けることができなかったことを思い出して……もう二度と大切な人を守る時に遅れをとることのないように、剣術を習い始めた。物理と魔法の両方を極めれば強くなれるのではないかと思ったの。

 ルイスに「ルイス先生、私、強くなりたいの。剣術も教えてくれる?」と、言ったら、ルイスは最初呆気にとられていたけれど、突然大笑いをして、「さすが、リチェル! 貴女はどこまで私を夢中にさせてくれるのですか!」と、容認してくれた。そして、ルイスは剣術にも長けていたことで私を驚かせた。『ルイスは魔法使いでしょう?』そう思っていたのに、「魔法騎士だったこともありましたので、剣術も得意です」と、事も無げに言って更に私を驚かせてみせた。


 そうして、私は十歳になっていた。


 


「リチェル、パパだよおー」


 あ……


 お兄さまたちと徐々に打ち解けてきた昨今……お父さまのミシェール・ローヴェリア侯爵が屋敷に押し掛けて来るようになった。

 侯爵という身分をついに笠に着るようになったというか……お母様の愛情よりも、お兄さまたちが私と会っていることを羨ましくなってしまったみたいで、何か吹っ切れたように我が物顔でうちに入って来るようになってしまったの。


 ……今日も、やって来たらしい。

 うちの使用人たちが大困りだ。侯爵さまだから屋敷に入ってくるのを止められない。


「勝手に来ないでください! ローヴェリア侯爵さまっ!」


 何時ものように、お母さまはとりつく島もなく怒っている。


「ああ! マリアン! そんな悲しいことを言わないでおくれ!」


 お父さまはシンボリと背中を丸めて、まるで捨てられた小犬みたいだ。

 

「リチェル!」


 うわっぷ!


 いきなりお父さまは私を引き寄せ抱き締めた。


「リチェルは、パパと一緒にいたいよね?」


 毎度毎度のことながら、これはどうしたら良いのだろう?

 使用人たちと同じように私も困ってしまう。

 

 お父さまは、はっきりいってとてもハンサムだ。そして、私と同じブルーシルバー色の髪をしている。多分、奥様が亡くなって独りだし、すごくモテると思うの。それなのに……


「リチェルはパパのこと好き? 僕は大好きだよ。ねぇ、うちで一緒に暮らさない? ああ、無理なら泊まりにおいで。いいでしょう?」


 これなの。

 お父さま、こんなんで、大丈夫なのかな? ちゃんとお仕事できているのかな? と、心配になってしまう。


「リチェル、こういう時はしっかり言わないと駄目なのよ?」


 お母さまは、お父さまに対してすこぶる強気だ。他の人から見たら、侯爵さま相手に無礼を働いていると思うところだ。でも、お父さまは、全く気にも留めていないみたい。むしろ、嬉しそうだ。お母さまから構って貰っていると思っているのかな?


「お父さまのことは、よくわかりません。ですから、一緒に暮らすのは無理です」


 私がそう言うと、お父さまは胸を押さえて苦悶に満ちた表情をした。

 

「ああ、リチェルが厳しい。どうか、パパのことを好きになっておくれ!」


 お父さまは悲しげに灰色の瞳を潤ませた。


 うっ。


 お父さま、泣いちゃうかもしれない。


「ちょっと、そんな顔をしたらリチェルが困るでしょう? 貴方と大して接してもいないのに好きになるはずがないでしょう? 嫌いじゃないだけましよ?」


 お母さまは、何だか貶しているのか慰めているのか分からないようなことを言っている。


「リチェル! 剣術の稽古をするぞ!」


 そこへ、ルイスがやって来た。


 ……良かったあ。


 私は、ホッと息を吐く。


 お父さまは、ちょっと苦手だ。どんな人なのか、まだ全然わからないから。

 お父さまは、私のことを好きだというけれど、お母さまが言うように、そんなにお父さまと接していないのにどうして好きなのだろう? って思う。


「それでは、お父さま。私は剣術の稽古をしてきます!」


 私は、逃げるようにしてルイスと屋敷の外へ出た。


 ルイスが、私にコソッと囁く。


「リチェル、『お父さまのことは、よくわかりません』は、良い返事だったな」


 え? 

 ……ルイスったら聞いていたんだ!

 それって、盗み聞きだよね?

 だけど、可笑しい!

 私は、クスクスと笑ってしまった。


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