第8話 私のお父様


 私のお父様は、ミシェール・ローヴェリア侯爵という人らしい。

 既婚で息子も二人いるそうだ。


 そう! 既婚者! あり得ないよね。しかも、お母様は、お父様とお付き合いしていたときそのことを知らなかったの。その上、お父様はエル・ブラックウッドと名乗っていてグレイ商会の護衛だと身分を偽っていたの。


 お母様は、元の生まれはフェアリージュ伯爵の第二子で両親とお兄様がいるらしい。お母様は、なんというかお転婆な性格だったらしく、厳格なお父様とは反りが合わなかった。常に親子喧嘩が絶えず、成長と共にエスカレート。挙げ句に『勘当だ!』『わかりました!』と、まあ、売り言葉に買い言葉な感じで、お母様方のミルフィーエ男爵家の養子に入ってしまったみたい。なんで? って感じよね? そもそも親子喧嘩で祖父母の家の養子に入るって……そこまでしちゃう? 何でもミルフィーエ男爵家は、お祖母様が一人っ子で後を継ぐ子どもがいなかったみたいなのよね。なので、『勘当したならうちにくれ!』と、『勘当だ!』という言質を盾に、あっという間に養子縁組みしちゃったらしい。


 それで、晴れて? ミルフィーエ男爵令嬢となり、悠々自適に暮らしていたお母様はお父様と出会った。馴れ初めとかは知らないけれど、愛し合うようになったから私が生まれたのよね? 多分……

 

 そして、お母様は、お父様の真実の姿を知ることになる。


子どもができたと知ったお父様は、迷わず自分の身分を明かして、侯爵家へ来て欲しいとお母様にお願いをした。ところが、お母様はそのお願いをけんもほろろに蹴ったのだ。


 お母様は奥様がいるのに自分とこういう関係になったお父様を許せなかったの。しかも奥様は身体が弱くて床に臥せっていると知ったから尚更。お父様の奥様シエラ・ローヴェリア侯爵夫人は、元々身体が弱く、長くは生きられないだろうといわれていたみたい。それでも、二人も男の子を産んだ芯の強い人だったらしい。


 そして、現在……


 お父様は、お母様から突き放されて、この屋敷の敷居を跨ぐことも私に会うことも許されない状態であるらしい。


 お父様は、侯爵で家格的には強行手段も取れるはずなのだけれど、忍耐強くもう三年以上お母様に説得を試みているみたい。

 つまり、お母様からの愛情も欲しいということなのかな?


 でもね。病気の奥様を放っておいて別の女の人に愛を囁いて子ども作っちゃうって、本当にろくでもないと思うのよね。




「でもさ。リチェルは、侯爵と貴女の良いところを総取りじゃないか」


 ルイスの言葉にお母様は嫌そうな顔をした。


「この、ブルーシルバーの髪色はあの人と同じなのよね」


 週に二度くらいのペースでルイスはやって来る。

 こうやって、私を抱っこしながらお母様とお話するから、私も段々ルイスに慣れてきた。


「それで、リチェルはお話するようになってきたのかな?」

 

 んえ?

 あれ? そういえば、私……いっぱい考えるけど、口に出してお話ってしていたっけ?

 あれれ? 私、言葉……ほとんど喋ってなくない? あ……それでだ! ルイスがここへ来る度に妙に私を抱き上げて観察してくると思っていたの。もしかしたら、ルイスはお医者様なのかもしれない。三歳なのに言葉が遅いと思われて私は心配されているのかも。うん。前世を思い出す前の私も、何故かお話しなかったのよね。

 それに、何も言わなくても、お母様やメイドが何でもしてくれたから、話す必要がなかったというか……

 でも、もし心配されているのなら大丈夫だと伝えないとだよね?


「するよ?」


 咄嗟に、言った。


 あれ?


 突然すぎたのか、お母様とルイスは驚きの余り固まってしまった。


「い、今……」


 お母様はが言葉を絞り出そうとするけれど、言葉にならないみたい。


「リチェル? 何をするの?」


 ルイスが優しく聞いてくる。


「ルイスさんがお話するようになってきたかって聞いたから、お話するの」

 

 コテっと首を傾げてルイスにこたえた。

 

 んぐっ!


 思い切りルイスに私はだきしめられて嘔吐きそうになった。


「わあ! ごめん、ごめん」


 ルイスが慌てて抱き締めている腕を緩めてくれる。そして、嬉しそうにお母様の方を向いた。


「マリアン! やはり、この子は天才だよ? 魔力量も凄いし! ね? だから言ったろう? 言葉が遅いのは、知識の吸収速度が早いせいだって! 聞いたよね? 初めて長く話した言葉が、三歳児とは思えないくらいしっかりしてただろう? だから、いいよね? この子の先生は私にしてくれるだろう?」


 ん?

 あれ? なんか思っていたのと違う。


 ……先生って主治医?

 ちゃんと話せるのに? 私って、実は病気なの?


 思わず、目をパチクリさせた私を見て、ルイスは優しく微笑むと、頭を撫でてくれた。


「今日から、私がリチェルの先生だよ」


 

 

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