クラスのイケメンにモブが嘘告した件について

403μぐらむ

靴箱に手紙を忍ばせて。

「せっかくだし。手でも繋ごうか?」

「……うん」


 想像していたよりもゴツっとした男の子のそれに触れた瞬間、わたしは息をのんだ。

 さっきとは異なる、全く違う胸の高鳴りがわたしを襲った。顔が熱くなるのを感じながら、思わず目をそらしてしまう。


「どうした?」

「ううん。いこっ」


 まだ夏は始まったばかり。真っ青な空のもとにわたしたちは歩き出した。



 ※



「来ていただいて、えと……ありがとうございます」

「同級生なんだし畏まんないでよ。それにしても旧校舎の裏手とは良い意味で使い古されたど定番な場所だねぇ」


 彼はもうわたし、内山桃香が呼び出した用件については察しがついているようだ。そして何故かウキウキしながら辺りを見回している。

 ここはいくつものドラマが生まれては消えていったスポット。そんな場所にわたしが彼、佐山悠聖くんを呼び出すなんて……。こんな機会じゃなければ良かったのにと心が沈む。

 佐山くんは、スポーツマンで勉強も学年で上位ランク。見た目も美少年とまではいかないがそれなりのイケメンだ。

 漫画で見るような女生徒に囲まれている彼の姿は見たことないが、彼のことを狙っている女子が少なからずいて、そういう噂が尽きないのはよく知っている。

 一方のわたしはクラスでも特に目立つほどの生徒ではない。肩口までの黒髪にぱっとしない顔立ち、陰キャまではいかないがそれほどコミュニケーション能力も高い方ではないと思う。いわゆる何処にでもいるモブな女生徒の一人でしかない。


「ええっと。佐山くん、お呼びだてした用件ですが。あ、あのわたし、佐山くんのことすっ、好きです。ずっと前から好きでした。わたしと、お付き合いして、くださいっ」


 右手を前に出し、勢いよく腰を折り最敬礼のような格好になる。もちろん目はギュッと瞑ったままだ。 泣きそうだけどぐっと目元に力を入れて堪える。


「んーっと。ありがとう……。でも――――」


 このまま予定通り断られる、と思っていたがいつまで待っても佐山くんは次の言葉を言ってくれない。

 さすがに体勢がきつくなって体をもとに戻し、目も開けてみた。すると、目の前に悲しそうな表情した佐山くんが居た。いつの間にかさっきよりもグッと近づいたほんとに目と鼻の先に。


「あのさ、そのままで聞いてくれる?」


 あまりの近さに顔が熱くなるが、辛うじてこくんと小さく頷く。


「これって、嘘告だよね?」

「っ……」


 わたしはその指摘に一瞬で血の気が引き、目に見えているものはハレーションがかったように白く輪郭がぼやけていく。

 単純にこの申し出を断られるまでは仕方ないと諦めがつくかもしれないが、嘘の告白をしたことがバレて完全に彼から嫌われてしまってはわたしの心が保たない。

 これ以上ないってくらいに心臓がバクバクしている。


「あ……あぁ……」

「おっと、無理しないで。大丈夫、だいじょうぶだよ」


 彼は崩れ落ちそうになったわたしの肩を抱いて支えてくれる。もうこんな事するわたしのことなんて放っておいて行ってしまっても構わないのに。むしろ、そうすべきなのに。


「あれだよね。向こうの植え込みの裏側でこっちを覗いている二人組。あれが言うなれば真犯人ってことでいいのかな?」

「う、うん……」


 さすがは佐山くん。何でもお見通しなんだね。こんな時なのに感心しているわたしはおかしいのかな、そんなことが思い浮かぶ。


「ふーん。ゲームか何か?」

「ううん、違う……」


 罰ゲームでの嘘告だと勘違いしたのかな?


「じゃ、いじめとかかな?」

「……」


 その質問にわたしは答えられなかった。だって、ある意味正解だから。


「内山さんがいじめを受けているところって想像できないんだけど、かなり陰湿なやつだったりするのか?」

「違うの……」


 佐山くんの言葉に怒りが込められているのがはっきりと分かる。彼は静かに憤っている。


「違う、とは?」

「いじめられているのはわたしではないの。わたしの友達、千恵子ちゃんが……」

「そうなの? じゃぁなんで嘘告を内山さんがしているだ?」

「わたしが佐山くんに嘘告をすれば千恵子ちゃんへの嫌がらせを止めるって言われたから。だから、わたし……ごめんなさい」


 わたしがちょっと我慢すれば千恵子へのいじめが無くなるならそれでも構わないって思ってしまった。


「要するに、内山さんが俺に嘘告をしてフラれる姿をムービーにでも撮ってSNSにばらまいて今度は内山さんをタゲ化しようって魂胆なんだろうよ。虫酸が走るな」

「そんな――」


 違う、とは言えなかった。千恵子をいじめていた二人はとても巧妙で他の誰にもバレないように千恵子に嫌がらせを続けていた。まるで、それがゲームか何かみたいに楽しそうに。

 たぶんこの嘘告だって彼女らにとってはただの面白おかしいエンターテイメントの一つにすぎない。わたしがばっさりとフラれるのをみて大笑いするに違いなかった。

 彼女らがそんなにも面白いものをそうやすやすと手放すだろうか?

 否。

 千恵子は耐えていじめっ子らに対して何も反応することすらしていないと言っていた。だから、彼女らは千恵子いじめに飽きたのだろうと思う。

 次はわたしがターゲット……。


「大丈夫だよ。内山さんをそんな目に合わせないから。俺が守るよ、約束する」

「……え? えと、それってどういう――」

「ああ、とりあえずチョット待っていてくれないか? まず初めにアレのこと片付けてきちゃうから」

「え、あ、あの……」


 わたしが何かを言う前に佐山くんはいじめの首謀者二人が潜む植え込みの方へスタスタと歩いて行ってしまう。

 なにか佐山くんが彼女らに話しているようだけど、ここからでは距離があって何を言っているかまで聞こえない。

 そして何やら彼女らに話をすると二人からそれぞれスマートフォンを取り上げ、そのスマホでなにか操作をするような仕草をしている。

 ここからでも彼女ら二人がなにかに怯えるような引きつった表情をしているのがよく分かった。

 すると程なく。


「ひっ、ひぃ。ご、ごめんなさい!」

「内山さんもごめんねっ」


 二人は口々に謝罪の言葉を述べると逃げるように校舎の奥の方へと走って行ってしまった。

 佐山くんは彼女らが見えなくなると振り返り、わたしの下へと戻ってくる。


「あの……。さっき、あの二人に何を言ったの? 酷く怯えていたようだったけど」

「いや、大したことは言っていないさ。こんなコトをしていてはこの先の学校生活も将来もどういうふうになるかわからないよってちょっと説教してやっただけだよ」


 その程度のことであれほど怯えるようなことはないと思うのだけど、実際に何を言ったのかを聞く勇気はわたしにはなかった。

 なにしろわたしだって彼女らと同罪なのだ。

 嘘告なんて酷いことを佐山くんにやってのけたのだ。

 断罪されて当然。

 それこそ物理的に殴られたって文句の一つも言えた義理ではない。


 佐山くんはわたしの前に立ち、じっとわたしのことを見つめている。

 わたしはただただ居た堪れなく、顔を下げ地面を見るしかなかった。


「あのさ、内山さん」

「……はい」

「さっきの告白なんだけど、本当に全部ウソなの?」

「え?」


 どういうことだろうか?

 たしかにこの告白自体はいじめっ子に言われるがまま実施したものだった。

 だけど、わたし自身の気持ちはどうだったのか。

 彼が聞いているのはそういうことではないだろうか?

 ならばちゃんと言いたいことは言ってしっかりと玉砕するのが筋ではないかと思う。

 この期に及んで都合のいい話だけど今のわたしにはそれが精一杯だった。


「さっきのは嘘告だったけど、わたしが佐山くんのことを好きなのは本当。ずっと好きだったのもお付き合いしたいっていうのも本当。ただもうわたしにはそんな資格ないと思う。本当にごめんなさい」

「じゃあ、俺のこと好きっていうのは嘘じゃないんだね? そうなんだね? いまさら違いますとかないよね?」


 これからフラれるというのにそこまで念押ししなくてもいいと思うのだけど。


「……えと。はい、それについては本当です」


 矢継ぎ早に質問されるのでコクコクと頷きながら本当に好きだったことを伝えた。




「よかったぁ。俺も内山さんのこと好きなんだよ。じゃぁお付き合い、よろしくお願いなっ!」




「――――――えっ。いまなんて?」

「内山桃香さん! 俺はあなたのことが好きです。お付き合いお願いしますって言ったの。おっけ?」


「………おっけ?」

「やった! じゃ、いまから内山さ……じゃないな桃香ちゃんは俺の彼女ね。彼氏の俺のことも悠聖って呼んでくれよ」


 話が急展開すぎて理解が及ばない。もとより頭の回転が悪いわたしに現況をよく認識しろというのは無理なのかもしれない。

 佐山くんがわたしのことを……好き?

 どうして?

 わたし、ぱっとしていないよ。ぜんぜんキラキラしていないし、ほんと地味子だし、佐山くんとちっとも吊り合ってないと思うんだけど?


「ど、どうしてわたしなの?」

「どうしてって、桃香ちゃん可愛いし、さっきの話聞いたみたいに友達思いで優しい気持ちの持ち主だし好きになるの当たりまえだろ」


 だから校舎裏に来てって言われたときは小躍りするくらい嬉しかったとか。

 それなのにものすごく落ち込んだ顔をわたしがしているから、なにか変だなと嘘告に気づいたそうだ。


「わ、わたしなんか全然可愛くないよ。可愛いっていうのは飯島さんとか安田さんとかのこと言うんだよっ」

「んー。飯島も安田も可愛いって言えば可愛いけど好みじゃないんだよね、全く。それに引き換え桃香ちゃんは俺のドンピシャど真ん中なんだよね」


 クラス一とか学年一とか言われている美少女を差し置いてわたしが一番のど真ん中なんて……。


「佐山くん、趣味が変わっているって言われない?」

「そんなことないよ。ぜってー桃香ちゃんは可愛いし。間違いない」


 多分今のわたしは火が吹き出さんばかりに真っ赤な顔をしているんだと思う。手放しでそこまで褒められたことはこれまでの人生で一度もない。

 なににしても消極的で自分から進んで何かをしようってことは殆どなくて、いつも周囲に流されてばかりゆえ称えられることなんて少しもしてこなかった。

 今回の告白だって、嘘告の相手を指定してきたのはいじめっ子の方だ。

 わたしがこっそりと好きだった佐山くんが相手になったのはただの偶然。

 クラスの隅っこで片思いしているのが精々のわたしに巡ってきた最悪のシチュエーション。断れば千恵子のいじめはエスカレートするかもしれない。そんな思いから、自分の想いは封じてこの嘘告に臨んだ。

 それなのに、佐山くんはわたしのことが好きだと言ってくれたし、いじめっ子もあっさりと撃退してくれた。


「ありがとう、佐山くん」

「えっと、悠聖って呼んでよ。ああ、嫌だったら無理に呼ばなくてもいいけど……出来たらお願いしたい」

「うんっ、ありがと悠聖」

「へへっ、名前で呼ばれるのって結構照れくさいもんなんだな」


 いつも自信満々そうな彼が顔を赤くしているのは珍しいし、カワイイって思っちゃう。


「なんか暑いな。桃香ちゃん、このあとファミレスでもいかないか?」

「うん、行こうよ。わたしも悠聖とお話いっぱいしたいし」


 顔を手で扇ぎながらの彼に放課後デートに誘われる。

 嘘から出たまことってこういうことを言うのかな。

 消極的なのも頑張って直して、悠聖と楽しく高校生活を満喫しなきゃだよね。


 よーし。わたし、ガンバだよっ!

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