三話【再会】

イチヨウ高校。

それは、火ノ希に存在する教育機関の中で唯一【名門】と称されるほどの名声と実績を持った学校である。

イチヨウ高校は【武術科】【剣術科】【魔術科】の三つの学科で組織され、それぞれで幅広い教育を受けることが出来るという点から、毎年のように大勢の入学志願者が受験に訪れるようで、実際に入学できるにはほんのひと握りだという。

また、学科によって一人まで【特殊推薦生】という学校側からスカウトされた生徒は例外的に、試験を受けない形での入学が可能である。


それらを踏まえたうえで、この学校の武術科に入学して二週間を過ごした新入生の一人、今年の武術科の特殊推薦生に選ばれた少年不四ノ宮ふしのみや 始陽しよう……いや、ここでは富士宮ふじのみや ショウと名乗っていただろうか。

勉強が苦手な上、魔力を扱うことさえも不得意な彼が何をもってして特殊推薦生に選ばれたのかはイチヨウ高校にしか分からない。



***



「さて、そろそろ始めるとしましょう。それでは皆様!イチヨウ高校名物、【三科交流会さんかこうりゅうかい】の開催を祝して、カンパイ! 」


「「カンパーイ! 」」


乾杯の音頭をとるのは陽気な学生。

派手に盛り上がる様子は少し馬鹿っぽく見える気もするが、明るいパーティーの開始にこの陽気さは相応しいだろう。

そして、そんな声を押し返すようにしてパーティー会場に集まる生徒たちは声を上げた。


「――よし、じゃあやるか」


そう呟くのは、場の空気に呑まれそうになりながらも従兄との約束を守ろうと意志を固める少年、不四ノ宮 始陽である。

パーティーが始まって早々、彼の周りでも学科の壁を越え、雑談や情報交換、果ては部活や部隊などのチーム勧誘が行われていた。


「なぁなぁ、君、魔術科の一年生?俺たちのチーム、魔術師募集してるんだけど入らない? 」


「えー、どーしよう」


プライベートでのコネクションを作るきっかけとしてこの交流会は重宝される。

故に先輩、後輩関係なく、様々な関係性が今日一日で構成される訳だが――。


「――なぁ、君、今いいか? 」


「ん?僕ですか? 」


上擦った声で話かける始陽。

声をかけた先にいたのは青いネクタイにピンを一つ付けた青年、ネクタイの色と付けたピンの数から察するに剣術科の一年生だった。


「俺、富士宮 ショウって言うんだけどさ、ちょっと話が――」


「富士宮!?武術科の問題児じゃないですか! 」


大声を上げながら、逃げるようにしてその場を離れる青年を見たまま、口を開けその場に固まる始陽。

どうやら、そのショックは相当らしい。


「うっ、今のはたまたま、次こそ――」


気を取り直して別な生徒へと声をかけるが、


「――え、富士宮 ショウって、入学早々試験を落ちまくってるっていう噂の……ひいいいい」


その後も、


「――富士宮といえば特殊推薦生のくせに名門に相応しくない実力不足の生徒だって聞いていたけど、まさか君が……」


まさに完敗である。

こんな結果になったのは始陽の見通しの甘さが原因なのだろうか。


「まさか、富士宮 ショウという人間の悪名が学科を越えているとは……ふぅ」


会場の隅へと移動し、息を吐く始陽はどうやら限界のようで、


「うん、ごめん兄ちゃん。俺、無理だ! 」


心を折られた様子で肩を竦める。


「ならせめて、会場の美味いメシでも食ってから帰るか……」


気持ちの整理を済ませ、"せっかくきたなら"というマインドを最大限活かし、会場に用意された紙皿と割り箸を持った始陽は、バイキング形式で食べ物が用意された食べ放題コーナーへと移動した。


「うぉ……どれも美味そう……どれ、まずは焼きそばから――」


「――やっと見つけた」


目の端で捉えた焼きそばに焦点を当て、取り分け用のトングに手をかけようとしたところで声をかけられた。


「んぁ? 」


料理を目の前に涎を垂らしかける始陽がヘンテコな声を上げながら後ろを振り向くと、そこには緑のネクタイをつけた魔術科の一年生が立っていた。


「久しぶりだね、不四ノ宮 始陽くん」


「久しぶりって、俺はお前なんか……ん?おい待て、お前、今なんて」


顔見知りのような口調で話しかけてきた魔術科の生徒に驚いた様子を見せる始陽。

それは、知らない人間が話しかけてきたことに対するものではない。

学校を含め、他人と関わる時には‪"富士宮 ショウ"という偽名を使っているはずなのに、目の前にいるこの生徒は自身の本名である"不四ノ宮 始陽"という名を知っている、そのことへの驚きだ。


「お前、誰だ?俺の何を知ってる」


始陽は目の前の生徒に対し、一気に警戒心を強める。


「うん、予想していた反応だ。子供の時に何度か会っているとはいえ、私自身うろ覚えだからね」


納得の表情を浮かべるその生徒は腕を組むと、こくこくと頷いた。


「いや、お前だけ納得してんじゃねーよ! 」


すかさずツッコミを入れる始陽。

"はっ……"とした顔の男は訂正の意味を込め、声高らかに名前を名乗る。


「私は、樹利……【樹理きり 緋彩ひいろ】」


「ん?樹理……樹理……どっかで聞いたような……」


樹理という苗字に聞き覚えがあるのか、考え込む始陽。


「あはは、ここまで忘れられてるとは」


対する緋彩は頭を抱えた様子である。


「……あっ、樹理って【母なる木マザー・ツリー】を管理してる研究所の! 」


「んー、想定していた思い出し方ではないけれど、まぁそうだね、うん、その樹理であってるよ」


呟く緋彩は少し不満げに頷いた。


――母なる木マザー・ツリー

それは東の土地イチヨウを中心に火ノ希全体に根を伸ばす世界的価値を認められた聖樹だ。

十年前の戦争終結後、突如としてイチヨウに現れたこの木には、魔物や魔族を寄せ付けない性質があり、火ノ希において平和の国の象徴としての役割を持っている。

しかし、邪悪な存在を寄せ付けないという性質以外に解明されていることはない。

また、木の周辺は元々、樹理家が管理する土地であり、木が生える以前から研究施設が立ち並んでいたらしい。

そんな研究所をまとめあげる樹理家の正当後継者が始陽の目の前にいる樹理 緋彩という訳だ。


「んで、なんでお前が俺を探してたんだよ」


「あー、それはねぇ」


緋彩は勿体ぶるような口調で呟くと、見定めるような目線で始陽をじっと見つめる。


「なんだよ……そんな見つめて」


「よし、改めて始陽くん、急な頼みで申し訳ないが、私とチームを組んでくれないか? 」


「――はぁ!? 」


会場中に始陽の声が響く。

周囲の人の視線が注がれる中、始陽は小声で緋彩へ語りかけた。


「お前、どういうつもりだよ、俺の事知らねぇのか?学校での噂とか」


「あぁ、知っているよ。"魔力の扱いが下手なくせに武術科の特殊推薦生に選ばれたイチヨウの恥さらし"ってね」


「んじゃ、なんで俺に……」


戸惑う始陽を気にする緋彩は理由について思考する。


「それは――」


「……」


目先の相手が敵か味方か。

そう決めかねている始陽は沈黙したまま答えを待つ。


「――うん、そうだね。私が君とチームを組みたいと思ったのは、"楽しそうだから"かな」


「はぁ!? 」


突拍子もないその答えに始陽は再び大声を上げた。

敵、味方以前に目の前にいるのはただの阿呆だったようで――、


「ね!そういう訳で改めて答えを聞きたい」


純粋な眼を始陽に浴びせる。


「いやまぁ、俺はいいけどさ、俺に関わろうとするヤツなんてこの学校にはいないからよ」


渋々頷く始陽を横目に、嬉しそうに口角を上げ笑顔を見せる緋彩は次の瞬間……


「決まりだね!じゃあ行こうか! 」


「っ!?おいコラ、どこ行くんだよ! 」


始陽の手を取り、会場の外へと走り出した。



***



会場を出て数分、学校の至る場所を走りまわる二人。

そうして十分が経過した後、一時休憩を兼ねて中庭の噴水に腰掛けた。


「はぁはぁ、俺たち、何探してこんなに走ってんだ? 」


息をきらしながら尋ねる始陽。

この十分、目的を聞く隙すら与えずに走った緋彩はようやく答える。


「はぁ、ふぅ、そりゃ始陽くん、ぜぇぜぇ、チームってのは、ふぅひぃ、三人以上ってのが、はぁはぁ、条件なんだよ」


「なぁ、お前大丈夫か? 」


始陽も然ることながら、緋彩は彼以上に息をきらしていた。

既に呼吸が落ち着き始めた始陽は緋彩を心配そうに介抱する。


「はぁはぁ、悪いね……柄にもなくはしゃいじゃったみたいだ」


「なんなんだ?やっぱりアホなのか? 」


始陽が目に前にいる男を、間が抜けた存在だと再認識するなか、本筋であったはずの走り回った目的について話を戻す。


「そんで、何探してんのか聞かせろよ」


「あぁ、それは――あっ!いたいた!彼だよ! 」


驚くようにして話の腰を折ると緋彩は遠くを指さした。

彼が指さす方向を見る始陽の目には並んで立つ二人の青年の姿が映る。


「行こう、始陽くん」


「お、おう」


そんな返事をしながら始陽は緋彩に連れられ、二人の青年へと近づいていった。


「おーい、君たち! 」


「……? 」


緋彩の声に気づいた様子の二人は足を止めると、振り返るようにしてこちらを向く。

一方、駆け出した緋彩とは違い、今度は渋々と歩きだした始陽。

自分に話しかけてきた時のように、向かう先から一方的にまくし立てる緋彩の声が聞こえ、"勘弁してくれ"とため息をつく。

そして、先に二人へと接触した緋彩はというと、


「いやぁ、君が剣術科の推薦生に選ばれた、氷氷ひごおり れいくんだね。優秀だって噂は聞いてるよ」


「ふぅ、それを言うならこの高校で一番有名なのは君の方だと思うよ、魔術科の推薦生、樹理 緋彩。それで、なぜ私を? 」


クールな態度で冷たい息を吐く男、氷氷 零に話しかけた。

一見、世辞を言い合う仲の良さを感じさせるが、それは虚像であり、初対面かつ、互いを探りあう彼らの本心は分からない。

しかし、零に話しかけた緋彩の目的は彼ではないようで――、



「あぁ、すまない、用があるのは後ろの彼なんだ」


零の後ろに立つ男に目線をやった。

その男も、緋彩の目的が自身であることに気づいたのか、小さく返事を返す。


「――ん、俺か? 」


「そうそう、君――」


「おい、置いてくなよ」


ようやく追いついた始陽は話に割って入る。

そうしてついに自身が緋彩とともに探しまわった人物を目の当たりにする訳だが……。


「あぁ、来たね始……ショウくん」


「……そんで、コイツらか?探してたっていうのは 」


「そうそう、こっちが零くん」


緋彩によって手前の零についての紹介が始まった。

目線を零にやる始陽は"コイツが?"と不思議そうな表情を見せるが、その態度は一瞬にして覆る。


「そして、隣の彼が目的の……起月きづきくん」


「……!? 」


弟と同じ名を持つ青年に、始陽はその場に固まったまましばらく動かなかったらしい。

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不四ノ宮 始陽は‪✕‬‪✕‬になりたい。 小姑 ロニヤ @Kojuto628

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