二話【帰り道】

ザッザッザッ――。


(ん……足音、それにこの揺れ)


ザッザッ――。


(あれっ……俺、不良に殴られた後……あぁ、確か、影良兄ちゃんが助けに――)


「――目覚めたかい? 」


朧げな意識をその声が晴らすようにして、不四ノ宮 始陽は目を覚ました。


「ん、兄ちゃん、わざわざ背負ってくれてんの? 」


齢十五の少年はそういうと、頬を僅かに赤らめる。

見かねた影良は足を止め、その場にしゃがむようにして少年を下ろした。


「怪我は治っているだろう?一応家までは送るからね」


「うん、あ、でも説教はやめてね」


他愛のない会話を弾ませながら、暗い夜道を照らすようにして二人は歩き始めた。


「――いやはや、半年ぶりに火ノ希に帰ってきたけれど、元気そうで良かったよ始陽」


「うん、影良兄ちゃんも。それはそうと、【矢羽やはね】兄ちゃんは? 一緒に海外に行ってたんじゃないの? 」


「あぁ、彼ならキキョウに帰ったよ」


影良が言うキキョウとは、火ノ希の西側に位置する都市の地名である。

火ノ希の都市として機能するイチヨウと並ぶ程に整えられた設備と、イチヨウとは違った華々しい風景や雰囲気を好み、イチヨウからわざわざキキョウへと移住する人も多い。

また、イチヨウ同様に人や物の行き来が盛んに行われることから、西のキキョウとしても知られている訳だが、そういった情報を知っている始陽は何を問うこともなく話を続ける。


「そっか、ふぅ……良かった。ちなみにだけど、さっきの不良達、死んでないよね? 」


真っ青な表情で尋ねる彼に対して、影良はにこやかに返す。


「ふふっ、こう見えて"天才"だからね。相手の体を傷つけずに痛みを与えることなんて、簡単なことだよ。それに、流石に私も一般人……んー、あれを一般人というのはいささか不本意だけど、理由以上に罰することはしないよ」


諭すような声で話した彼の言葉を聞いた始陽は、真っ青な顔から一転、安心したように息を吐いた。


「ふぅ……良かったぁ。でも、助けに来てくれたのが影良兄ちゃんで良かったよ。もし助けに来たのが矢羽兄ちゃんだったら、アイツらは無傷じゃすまなかったと思う……」


「矢羽の相手をするなら全治一ヶ月くらいの覚悟が必要だろうね」


「へへっ、確かに」


明るい雰囲気にはそぐわない内容の会話に違和感を持つ間もなく、いつしか話題は始陽の近況へと移っていた。


「――まったく!帰国早々、高校生活始まったばかりの君が心配で訪ねてみたら、深夜だってのに家に居ないときた」


「うっ……ご、ごめん、どうしても腹減っちゃってさ」


優しい影良の醸し出す雰囲気は説教とはいえ普段と大差ない、しかし、かえってその優しさが始陽にはクリティカルヒットする。

事実、始陽はコンビニに向け、日付が変わる前に家を出たが、その道中で先程の不良達とトラブルを起こしてしまった訳だ。


「まぁ、もう私たちがアレコレ言う年齢でもないだろうし、つまらない話はやめにしよう。どうだい?憧れの名門イチヨウ高校での生活は、友達はできたかい?勉強は?……試験は? 」


夜遊びをする始陽に釘を刺したところで、彼の高校生活を聞こうとする影良。

しかし、その返答に困るように声を上擦らせ、言葉を濁す少年が目の前には居た。


「あ、あー、うーんと、ま、まぁ、頑張ってる……よ」


「ふふっ、昔から本当に嘘が下手だね。冗談、少し意地悪をしたくなってね。君が元気ならそれでいいんだ」


「……」


包み込むような甘い言葉を真正面から受ける始陽は足を止め、その場に立ちつくした。

何を考えてか、地面を見つめたまま影良に話かける。


「……正直に言うよ。相変わらず友達なんて出来ないし、勉強も苦手。入学後の試験なんて、たった二週間しか経ってないのに赤点の連続だよ」


「そっか、未だに魔力操作は出来ないのかい? 」


「……うん」


「ふぅ――だから学校では未だに"富士宮ふじのみや ショウ"って偽名を使ってるのかい? 」


「……! 」


驚きの表情を見せる始陽。

その反応を予知していたのか、気にする素振りも見せぬまま影良は話を進める。


「不四ノ宮の名前は重いかい? 」


「……」


始陽からの返答がないまま沈黙が続くと、影良は道の端にある自販機へと近づき、付近にある石を椅子替わりにしてその場に腰掛けた。

リラックスした様子で、始陽へ『近くにこい』というように手を振ってみせる。

肩を落とした始陽は俯きながら自販機へと近づき、悪さをして廊下に立たされる問題児のように、影良の隣に立つと、勢い任せに彼の口から飛び出したのは双子の弟についての話だった。


「きっと起月きづきがいたら父ちゃん達が作り上げた不四ノ宮は健在だった。無能な俺じゃない、アイツなら」


「……十年か、起月が姿を消してから」


彼らが思い耽る先は、不四ノ宮 始陽の双子の弟、影良にとってはもう一人の従弟おとうとにあたる少年"不四ノ宮ふしのみや 起月きづき"だった。

魔族と人が世界の命運をかけて戦った戦争"魔人戦争"が集結したのは十年前に遡る。

戦争終結直後、起月は始陽たちに言葉を残すことなく姿を消し、それ以降、手紙の一つもないまま十年という年月が過ぎ去った、というのが起月に関する回想だ。


「私の調べでは起月はどうやら、軍隊に所属していたらしいよ」


「うん、前にも聞いた。魔族の生き残りを殲滅するための軍隊でしょ?世界中を巡って魔族を片っ端から潰したっていう」


勿論、影良が始陽にこれらの話をするのは初めてではない。

忘れていたのか影良は"そういえば……"といった表情を見せる。


「……ねぇ兄ちゃん、起月は生きてると思う? 」


唐突かつ純粋な疑問を投げかける始陽。

そんな疑問に影良は困った顔一つ見せないまま、即答した。


「――起月は生きてる、絶対に」


影良の真っ直ぐな視線を避けるように、顔を背ける始陽は、負けじと質問を重ねる。


「――十年も姿を見てないんだよ!?起月は死んだって言ってくれればいいのに、なんでそんな気休めを、なんで……」


「それはね始陽――」


「くっ……! 」


顔を背けていた始陽はそれでも淡々と言い返してくる影良にムキになるように、影良の方へと視線をやった。

――瞬間、二人の視線はピタリと合う。


「やっと目が合ったね」


「っ……いつもそうだ、ねぇ、なんで兄ちゃんはそんな真っ直ぐな目線であんなことが言えるの? 」


目線を合わせたまま二人は、言葉を交わす。

普段ならば質問を繰り返す始陽に対し、どこか嬉しそうに対応する影良だが、今回ばかりは珍しく頭を抱える。


「質問するのはいいことだけど、一つずつにして欲しいなぁ、……そうだね、さっきの質問、"気休めが〜"ってのと合わせて答えてあげる」


睨みつけるような始陽の視線と彼の質問に対して臆することなく、真っ直ぐな視線を返す影良は小さく息を吸うと口を開いた。


「――信じているからだよ、起月を、君を」


始陽は呆気にとられた。

こんな気持ちを影良に向けるのは初めてのことだろうか。

不信?疑念?欺瞞?――いや違う、表現し難いこの清々しい感情はなんなんだ?

その感情自体の善し悪しは分からない。


――でも、だからこそ彼は納得してしまった。


「……信じる……それは怖くないの? 」


落ち着いた様子に戻った始陽は影良の言葉の意図を探るようにして彼からの返答を求める。

張り詰めた空気感が緩和されたことを察知したところで、影良は改めて応答を続けた。


「世界中の全員を信じる必要はない。その中のたったひと握りでいい、心の底から信じることの出来る……信頼できる友人なかまを作りなさい」


「……! 」


優しげな口調とは相容れない、核心をつく影良の言葉に驚嘆のまなざしを向ける始陽。

長年の付き合いになる従兄の言葉には長年驚かされてきたが、これほどまでに感心したのは久方ぶりだ。


「……兄ちゃんの言いたいことはなんとなく分かったけど、友達なんて出来たことない俺にそんなこと出来るかな? 」


納得した始陽は影良に尋ねる。


「出来るよ」


――またしても即答だった。


「そうだね、まずはイチヨウ高校名物の"交流会"で他の学科の生徒に片っ端から声掛けてみな。交流会、明日だろう? 」


影良は狙ったように交流会とやらの話を持ち出すと、始陽の表情はみるみる曇っていくが――。


「ううっ……頑張ってみるよ」


意思表示をする始陽は不安げながらも覚悟を決めた。



***



そして時は、翌日の交流会へと流れ――。


「うん、ごめん兄ちゃん。俺、無理だ!」


人が大勢いる会場の中心で少年は一人、心細い心境を届きもしない従兄へと伝えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る