【新生Wish始動編】

一話【路地裏の死闘】

平和の国、火ノ希ヒノキ


この国は大まかに四つに区分けされ、火ノ希の中で東に位置する都市"イチヨウ"と呼ぶ。


その北西にそびえ立つ平和の象徴、大樹【母なる木マザー・ツリー】の周辺には、生活基盤とも言える公共施設が立ち並んでいる。

そのため、昼間になるとこの周辺は賑やかなものだ。


しかし、今は夜。

人々は眠りにつき、ただ静かな時間が流れる。

――そんな中、三つの足音と怒号が路地裏に響いた。


「おいコラ!待たんかクソガキ! 」


怒りの声を上げるのは、学生服を着崩し、どこか時代錯誤な雰囲気を醸し出す、見るからに不良である男が二人。

そして、体のあちこちに火傷跡が見え隠れする少年が一人、彼らから逃げるようにして路地裏を駆け抜ける。


「ったく、ちょっとぶつかっただけなのに、どんっだけ追っかけてくんだよアイツらは!」


障害物を利用したアクロバティックな動きを見せる少年は出口を目前に、後方の不良を大きく引き離していた。


「この辺は近道すんのによく通んだよ――って、うわっ! 」


曲がり角に差し掛かった少年は何かにぶつかるようにして、尻もちをつく。


「痛っ……何が起きて――ッ!? 」


顔を上げ、何が起きたのか異変を確認しようとした少年は息を飲む。

目線の先には、彼を覗き込むようにして腰を曲げた大男が立ち、圧をかけるようにして少年に話しかけた。


「おぅ、お終いじゃあクソガキ」


先程追ってきた不良達とは違うその貫禄とドスの効いた声に少年の体は小刻みに震えるが、そんな様子とは裏腹に、少年は、大男に対して威勢のいい言葉を投げつける。


「さっきぶつかった奴だろ?ちゃんと謝ったじゃねぇか、何が気に食わねぇんだよ」


「謝った?面白ぇなガキ。謝るってのは頭下げることじゃねぇぞ、謝るってのはなぁ――」


大男は腰を曲げたまま、少年の髪を無造作に掴む。


「痛っ――」


「こうやんだよ! 」


髪を掴まれた状態で、頭を地面へと叩きつけられる少年。

その威力は、大男の体躯以外にも音が証明していた。

路地裏ということもあり、地面はコンクリート。

音など鳴るはずはないが、まっさきに少年の頭蓋骨が悲鳴をあげた。


「うぅ……」


少年は言葉を発することも叶わず、呻き声をあげる。

彼の頭からは、血がタラタラと垂れ、路地裏は一瞬で悲惨な現場と化した。


「これで終わりじゃねぇぞ?ほら、もう一度――」


「「リーダー! 」」


再び少年の髪に掴みかかろうとしたところで、割って入る二つの声。

それらは、迷路のような路地裏で少年の後を追ってきた二人の不良のものだった。


「なんだテメェら、随分遅かったじゃねぇか」


路地裏に反響する二つの声を呼び寄せるように、大男は叫ぶ。

その様子は、不満げながらも、仲間との合流を喜んでいるようにもみえた。


「「リーダー、リーダー! 」」


大男の声が聞こえていないのか、繰り返し彼の名前を呼び続ける不良達。

その声は徐々に近づき、とうとう大男の目の端に不良達の姿が映る。


「なんだよ、こっちだこっち!お前らも手伝――」


不良二人に顔を向け、言葉を発するその刹那、その不良達は一斉に叫んだ。


「「逃げて!! 」」


「あ? 」


ストレートなその言葉に固まる大男。

対して、先程と同様に、こちらに近づこうとした不良達は次の瞬間、どこからともなく伸びてきた、帯状の黒いナニカによって貫かれる。


「「い――」」


悲鳴をあげる間もなく、その場にへたり込む二人の不良。

何が起きたのか、状況を飲み込めない大男は一つの疑問を持つ。

誰がこの光景を作り出したのか、ということだ。

しかし、大男はすぐにその答えを得ることになる。


「……足音? 」


不良二人がやってきた路地の奥から、靴が地面に打ち付けられる音が聞こえ、すぐさま警戒する大男。

しばらくして、倒れる二人の不良の後方に現れたのは、軍服のような服にマントを羽織った男だった。


「お、いたいた。始陽しよう、無事かい? 」


軍服の男は、見知った仲なのか、大男など眼中に無いと言わんばかりに、その後ろに倒れる【始陽しよう】と呼ぶ少年をじっと見つめる。


影良えいら……兄……ちゃん」


始陽は僅かな声量で軍服の男【影良えいら】に言葉を返す。

彼の意識があることに喜んだ影良は微かに微笑むと、始陽へと歩みを進める。


「まったく、こんな時間に外を出歩くなんて、お説教だよ、お説教! 」


大男に目もくれず、腕時計を眺めながら歩み寄る影良は、優しい声色で始陽を叱責するが、そんな様子に腹を立てる人物が彼の目の前にはいた。


「おい、ちょっと待てや」


始陽を地面に叩きつけ、この状況を作り出した不良のリーダーが。


「ナニを勘違いしてるか分からねぇけど、このまま帰れるとは思ってねぇよな?コケにしやがって、ぶっ殺してやる」


大男の言葉を聞いた影良はその場に静止する。

すると、次の瞬間には、鋭い眼光で大男を睨みつけた。


「誰に向かって言っているのか分からないけど、もし私に言っているんであれば――身の程を弁えろよ?三流」


「っ!? 」


大男は驚いた様子を見せる。

それは、影良の口調が変わったことに対してではなかった。

ただ一点、目の前に立つ男の目だ。

瞳孔の開いたその目には、独特な模様が浮かび上がり、男の眼光をより際立たせている。


「それは……魔眼!? 」


「だったら? 」


「この国で魔眼を継承する血族はただ一つ、二式目にしきもく家と、その分家にあたる三鶴見みつるみ家だけ……」


「ふーん、まぁ三鶴見は後継者が不四ノ宮ふしのみやに嫁いだから魔眼を保有してるのは実質的に、二式目と不四ノ宮だけどね……というか、やけに詳しいね、君。もしかして、ファン? 」


「チッ、そこまで聞いてねぇし、ファンでもねぇよ。度々不良の間で話題になる、この国の要注意人物リストの中にアンタがいたのを思い出しただけだ。物珍しい魔眼が目印の元統括騎士団とうかつきしだん団長【二式目にしきもく 影良えいら】ってな」


「へぇー、嬉しいね。年下に敬われるってのは気分がいい」


「ちっ、いつまで話続けんだよ。後ろで倒れてるこの雑魚が目当てなんだろ? この国最強の片割れとやれる機会はそう無ぇだろうし、さっさと始めようぜ? 」


拳を固めながら大男はそう呟く。

その拳に魔力が満ちていくのを感じると、影良は口を開いた。


「なんだ、あっちの不良達みたいに、逃げるための時間稼ぎをしているのかと思ったら、違うんだね」


「当たり前だろ?片割れとはいえ、目の前に最強の称号が転がってるんだ。本来の――ガキをボコすっていう目的をほっぽり投げてもお釣りが来るぜ」


一時は、魔眼に臆していた大男だったが、一転、今度は負けじと好戦的な目で影良を睨みつけると、一心不乱に拳を振りかざした。


「――死ねぇっ! 」


大男の図体に加え、熱の篭った怒声、更には逃げ場のない細い路地。

一般的な人物であれば、この場を"絶望的"と表現するだろうが、二式目 影良という男は違った。

余裕そうな態度には似つかわしくないその魔眼は、再び眼前の敵へと鋭い視線を向ける。


「うん、君の選択は正しいよ。私の従弟おとうとに手を出しておいて、"逃がす"なんて選択肢、ハナからある訳ないからね」


大男の拳が影良の顔の目の前まで近づくと、その拳はピタリと止まり、その異様な感覚に大男は驚く。


「あぁ!? 動かねぇ……っ拳が、じゃねぇ!腕も、足も!ってなんだこの黒い帯は!? 」


焦る姿を再び見せる大男。

それもそのはず、彼の腕や足には先程、不良二人を貫いた黒い帯状の何かが巻きついていた。

体が動かないのはこの帯のせいだと男が気づいた時にはもう遅い。

そんな様子を気にもとめない影良は、止まった拳をひらりと避けるようにして、大男に近づいた。


「ふふっ、実力差は目に見えていただろうに。――きっと、君のような人間を"馬鹿"って言うんだろうね」


「ッ!てめぇ、一発殴らせ――、うぐっ……うああああああ!! 」


影良の挑発に乗るようにして、未だ動かない拳に力を入れ、唯一動かせる口に注力する大男だったが、言葉を返しきる前に激痛が全身を襲った。

絶叫を見せた大男は、五秒程の痙攣ののち、白目をむいたまま全身の拘束が解けたかのように地面に倒れ込んだ。

既に意識などないことを承知のうえか、影良は声をかける。


「死ぬほど痛かっただろう?安心するといい、死にはしない。でもね、もし再び始陽を傷つけることがあったら、その時は覚悟したほうがいい」


彼はそう言い放つと、今度こそ気絶した大男を避けるようにして、頭から血を流し倒れ込んでいる始陽へと近寄る。


「さて、こっちも気絶してるみたいだね。昔から体は強いから、ある程度なら大丈夫だろうけど、万一人が通りかかったら面倒だ。時間的にも家まで背負いながら治療した方が効率が良さそうだね。――ということなんだけど、頼めるかい、"カゲリ"」


つらつらと独り言を呟く影良。

しかし、唐突に飛び出した【カゲリ】という言葉に呼応するようにして、足元に伸びる彼の影の中から女の声が聞こえ始めた。


『あぁ。面倒だが、致し方あるまい。小僧を背負ってやれ、その間に傷は治しておく......終わったら今度こそ寝るからな』


どこか気だるそうなその声を聞いた影良は始陽へと手を伸ばし、慎重に彼を背負いあげた。


「よし、帰ろうか」


再び独り言を呟くと影良は、大男達が倒れる路地裏を後にした。

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