不四ノ宮 始陽は‪✕‬‪✕‬になりたい。

小姑 ロニヤ

プロローグ【既発】

共生と支配。

死んでいった老人達が押し付けてきた爆弾は想像以上に重いらしい。

彼らと私に違いがあるのか、その答えはきっと――


「――王、時間です。そろそろ……」


「む、あぁ」


王と呼ぶ女の声に呼応するように淡白な言葉を返すと、椅子に腰掛けた色白の男は目を開けた。

広がっているのは目の前に置かれた机の上に佇む一本のロウソクと、それに照らされた薄暗い景色のみ。

男が座る椅子の右横には先程の声の主だろうか、メイドのような、といわれれば些か堅苦しい装飾を身に纏ったどこか物悲しげな少女が立っている。


「魔神候補の皆様がお集まりです」


表情をピクリとも変えず、人形のような出で立ちで少女は端的に要件を述べた。

それを聞いた色白の男は、椅子の肘掛けに手を掛けゆっくりと立ち上がろうとするが――


「――なんだ……? 」


妙な違和感が男を襲った。


「どうかされましたか? 右腕を抑えて」


そう問いかける少女は不思議そうな表情を浮かべた後、なにかを思い出したようにして話を続ける。


「右腕といえば、確か十年前に――」


「ふっ、柄にもなく面白いことを言うじゃないか」


男は少女の言葉を遮るように鼻を鳴らして一蹴すると、今度は諭すようにして少女に語りかけた。


「我々の体は人とは違う。あの時の傷など疾うに癒えている」


「……そうですね、失礼しました」


深々と頭を下げる少女を横目に、今度こそ立ち上がった男は廊下へと続く扉へと近づいていく。

扉を開け前方に広がる薄暗い廊下を眺めるとすぐに後ろを振り返り、少女へと言葉をかける。


「皆、待っているのだろう? 時間が惜しい、広間に着くまでの間、他愛もない話に付き合ってはくれないか」


それを聞いた少女はこくりと頷くと、男の後に続くように歩き始めた。



***



部屋を出てから三十秒弱が過ぎようとしている。

薄暗い廊下に二人の足音がカツカツと響く中、唐突に色白の男が呟いた。


「一つ、聞いておきたい」


「……」


男の言葉に何を言う訳でもなく、少女はじっと男を見つめる。

男はその様子に違和感を持つことなく話を続けた。


「これから起こる戦争――人と魔族、どちらが勝つと思う? 」


「それは……」


無表情の中、どこか驚いた様子を見せた少女はその場で立ち止まると、男の質問に対し、考え込むように黙り込んだ。

その間五秒にも満たない時間の後、少女は口を開く。


「これまで、百年にも満たない時間の間に大小様々な戦いが行われてきました。その中でも【魔人戦争まじんせんそう】と呼ばれる一際大掛かりな戦いは此度で三度目。一度目は敗北……二度目は敗走……ならば、此度こそ……」


「……そうだな」


今にも掠れそうな声で男は呟くと、足を止め、後ろにいる少女の方へと振り返った。


「――行こう。名を捨て、地上を統治するのは我々魔族だ」


魔神候補である【アベリス】はそう言うと、ゆっくりと歩みを進める。


(――紫炎を纏ったあの小僧は再び私の前に現れる……待ってろ、必ず殺してやる。)


男は来たる再会へ期待を膨らませると、候補者が待つ部屋へと足を踏み入れた。



***



拝啓、天国の父ちゃんと母ちゃん。

皆が命を懸けて戦った戦争から十年が経ったよ。

二人が率いた最強軍団【Wishウィッシュ】を筆頭に、国中のみんなが命をかけたくれたおかげで俺達双子含め、この国【火ノ希ヒノキ】は無事でした。

戦争が終わってからは色々大変だったけど、母ちゃんのばぁちゃん……詰まるところ【三鶴見みつるみ家】が俺たちの面倒を見てくれることになったんだ。

まぁその後すぐ、弟の帰月きづきはどっかへ行っちゃって行方不明なんだけどね……。


……暗い話は置いといて、そんな俺も高校生。

魔力も扱えない馬鹿な俺だけど、どういう風の吹き回しか、二人が入学した名門【イチヨウ高校】からの推薦状が家に届いてさ、試験も受けず、訳も分からないまま武術科に入学しちゃったんだよね。


まだ二週間しか経ってないけど、勉強も交友関係も……まぁ、頑張ってるよ!


二人は全然心配してないと思うけど、俺、もっともっと頑張るからさ、一つだけお願い――。


『ゴルァ!待たんかクソガキ! 』


「――今、不良に追われてます。助けて! 」


天国の両親へと想いを馳せるその少年【不四ノふしのみや 始陽しよう】は騒々しい足音を響かせながら、夜の裏路地を駆け回る。

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