見二十四来

 Room314のスタッフそれぞれが、まだ作業が残っている協力会社の方々、川崎市や秦野市の職員の方々、テレビクルーの皆さんに丁寧に挨拶を済ませその場を後にした。


 興奮が冷めきらない中、会社のワゴン車に全員が乗り込み、上杉課長のセッティングした打ち上げ会場へと向かった。


 ハンドルを握る航が後方に座る上杉課長に問いかける。

「打ち上げありがとうございます。場所は会社に近いんですか? 一度会社に戻って車止めてからの移動の方がいいですかね……」

「直接向かっていいよ。近くの駐車場に停めて明日リーダー会社に乗ってきてよ。実家なんだから……」

 当たり前のような口調でサラッと伝えた。

「実家……まさか笑集でやるんですか!」

 驚いたリアクションをすると、後方の座席で皆がクスクス笑いだした。

「何、みんなは知ってたの……もしかして知らなかったのは俺だけ……」

「その通り、サプライズ打ち上げです。チャンチャン」

 いじり全開で楽し気に、航のリアクションを皆が楽しんだ。

 

 それから車内では、今日発表のあった川崎と秦野の連携の話で盛り上がった。

「前に話したけど、何かの思惑でこのチームが編成されたと思っていたんだけど、結局この話が裏で進行してたんだね」

 吉田が、納得した感じで皆に話しかける。

「そうだとしても、今回のここまでの成功は会社としては大収穫なんじゃないですか」

 由樹が正直な意見をぶつけると、共感するように皆の表情が和らいだ。

「その通りだよ。みんな誇りにしていいと思う。けどまぁ……これから先は河瀬と俺が地獄のようなプレッシャーを味わうけどな」

 上杉課長が、これから意匠設計部が本番を迎えることへの心情を素直に吐露した。

「では、今日の打ち上げは課長と河瀬さんの激励会にもしなくてはいけないので、盛り上げて行きましょう」

 営業職ならではの盛り上げモード全開の振る舞いで、吉田が声を張り上げた。


 皆のスイッチも入り、もう既に車内は宴会モードへと変換された。


「笑集」に着いた。店頭に横付けし皆を降ろし、航は近くの駐車場へ車を停めに行った。

 店頭の「笑集」の暖簾が、貸し切りの時専用の「」に掛け替えられ、本日貸し切りと書いた丁寧な紙が店頭に貼られていた。

 

 航が駐車を終え、店の引き戸を開けると、既に待機していた屋敷課長と同僚・フリーランスの仲間たち、ピュアハウスの出川社長、協力会社の方々、タツノコ映像企画のスタッフ……。


 そして、海の「せ――のっ!」で一斉にクラッカーを鳴らし「お疲れさま」と大声で出迎えた。


 皆が早速乾杯の準備を進めた。

 既に待機していた仲間たちはグラスの準備が済んでいたので、駆けつけた航達の準備を待ち、乾杯の発声の挨拶を航が始めた。

「え――と。正直ここでの打ち上げになるとはビックリです。ん――と。何を話せばいいか分からないのですが、本当に皆さんに感謝しかありません。ありがとうございます。え――と、ここの料理は本当に美味しいです。あと……両親にはほんと感謝してます。何か変だな……。そういう訳で乾杯します。準備いいですか…………乾杯!」

 大きな声を張り上げた。

 

 皆が「」とにこやかに杯を合わせ楽しい打ち上げが始まった。

 

 海が飲み物や料理運びを手伝う姿をみて、羽美と由樹も一緒に手伝い始めた。


「助かります」

 母の小百合が世話しなくお礼を言う。

「いつも航がお世話になってます。ありがとうございます」

 料理を造る手を休め父の誠が丁寧に頭を下げお礼を言った。


「こちらこそリーダーに、いつもお世話になっております。本当に頼りになるリーダーです」

 二人とも恐縮しながら頭を下げながら、夫婦共に社交礼儀とは思いつつも、子供の成長を正直、心の底から喜んでいた。


 料理も一通り出し終わり少し落ち着いた厨房の中で、賑やかな客席を見つめ誠がさゆりに話しかける。

「航はいい仲間に恵まれたな。人見知りのあいつが、こんなにみんなから慕われている姿を見るとは思わなかったよ」

「そうだね……昔から真面目で優しい子だけど、とても上に立つタイプじゃないからね」

「環境と立場が人を育てるんだなってしみじみ感じるよ」

「まあ、急に頭良くなるわけじゃないから、皆さんにお願いしとかないとね」

「そりゃそうだ」

 二人で笑いながら次の料理へと手を進めた。


 酒も回り会話も弾んできた。

 

 羽美が航に近寄る。

「やっとご実家の居酒屋さんに来れましたよ。以前今度連れて行っていただけると約束して頂いてたので楽しみにしてたんですよ。でもそれからお誘いがなくて……」

「何、お兄ちゃんデートの約束してたの……しかもここで!」

 隣りで聞いていた海が、笑いながらいじってきた。

「デートじゃないよ。仕事の話を食事でもしながらだよ……そうだよね羽美さん」

 少し焦りながら同意を求める。

「い――え。私はデートのお誘いかと思ってたのですが……」

 真剣な顔つきで話すと、少しの間を楽しんだ後、笑いながら。

「冗談ですよ。ごめんなさい。少し困ったリーダーの顔を見たかっただけです」


「これじゃ、やっぱりお兄ちゃん彼女出来ないや……」

 羽美にのっかり、海が呆れた言葉で場を盛り上げる。


 それからそれぞれが、印象に残っている場面の話で盛り上がった。


 由樹が、一番印象に残っている場面の話を語り始めた。

「川崎市の方がプロモーションの話をしに、お越しになった時あったじゃないですか……あの時にそれまであまり意見を言われなかった河瀬さんが、真剣に話をしてくれた場面が今でも忘れられなくて、本当に感動したんですよ」

「あまり覚えてないな……」

 河瀬が照れながらごまかすと、上杉課長が割り込んできた。

「由樹ちゃんこいつ、こう見えて妻帯者で子供いるから」

「そんな意味じゃないですよ」

 照れながら羽美に体を預けていった。

「でも河瀬さんが真剣に仕事をしている姿本当に素敵ですよね」

 羽美も笑いながら続けると、またしても上杉課長が割り込み。

「惚れちゃダメだって。不倫は良くないよ……でもこの容姿でそんなはずないか」

 勝手にその方向の話をしだし、一人で盛り上がっていた。

「その発言は、課長モラハラですからね」

 由樹が少し真面目な顔で指摘すると。

「ごめんなさい。由樹ちゃん可愛い」

「それもモラハラです」

 由樹と羽美が、ハモり気味に同時に注意すると、笑い声が店内にこだました。

 

 吉田と小林は、今までの事を回想し盛り上がっていた。

「怒らないで下さいね……ぶちゃけ最初、小林さん暗そうなおじさんだなと思ってたんですよ」

「そう思うよね」と笑いながら「この年でなんなんだけど、めちゃくちゃ照れ屋なんだよね」

「そうですよね。仲良くなれば明るいおじさんに様変わりしましたもんね」

「いや――みんなとは年齢がダブルスコアだからね……最初は違和感あったけどもう全くノープロブレムだよ」

「あの――以前から聞こうと思っていた事があるんですが、いつの時点で丹沢に決まったんですか? 川崎市から正式な要望があった時点なんですか?」

「え。そうなんじゃないの」

「いや――。なんかその前からシナリオが決まってたんじゃないかって思うんですよね……」

「うん――どうなのかな――裏で何かが動いていたのかな」

 吉田の視線を避けるように自身のグラスに目をやり、飲み始めた。

「分かりました。小林さんやっぱりいい人ですね」

 何かを悟ったようにこの話を終えた。


 河瀬が羽美に誘われタツノコ映像のスタッフに近寄っていった。

 皆が行儀正しく挨拶の準備を整えたが、宴席なので堅苦しい挨拶は抜きにして一緒に飲み始めた。

「以前に御社の他のスタッフの方にお世話になった事がありまして、その時の印象が強烈で、うちの社長とも今回の動画をタツノコ映像さんにお願い出来たらと真剣に話してたんです。素晴らしい動画ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。あの選考会のプレゼンのお陰であの動画のユーチューブの再生回数が爆上がりで会社も大盛り上がりですよ」

 動画を制作したスタッフが、気さくな感じで話しに応じると、羽美が素直に問いかける。

「本当ですか。ありがとうございます。でも、あの短期間でよくできましたよね……」

「そうですよね。そう思いますよね。実はうちの社長は普段現場に介入しないんですが、この案件は何故かメチャクチャ盛り上がっていて社長主導で全てを動かしたんですよ」

「え――ホントですか。やっぱり上杉課長凄いな」

「なんか、上杉課長とうちの社長はただならぬ関係なんですかね」

 皆が笑い、盛り上がっている中に、どこで聞いていたのか上杉課長が頭上から覗き込むように。

「俺と社長はホモじゃないよ」

 しらっと言い放ち去っていった。


 みんなが大爆笑して益々宴会が盛り上がっていった。


 出川社長が娘の事のお礼を言いながら上杉課長と真剣に話をし始めた。

「いやー本当に課長ありがとうございます。何か夢の中にいる様ですよ。娘も参加せて頂いて家中で毎日大騒ぎです。こんなちっぽけな会社が会社名まであんな大舞台に出してもらって、知名度上がるどころか……これからどうなるのか……本当にありがとうございます」

「いや――俺もびっくりだよ。ここまで大騒ぎになるとはね。でも社長、これからが俺たちの本番だからね。社長協力してよ」

 足を正座に組み替え、背筋を伸ばし、真剣に答える。

「なぁ――んでも、言って下さい。娘と私に出来ることでしたらなぁ――んでも、やります」 

「ほんと頼むね。ライティングのプランもまだ始まってないからね」

「設計的な事は信頼してください。他社には負けませんから」

「平気。知ってるから」

 心配はしていませんモードの笑顔で答える。


「あの――これは娘にも聞けないでいるんですが、あの選考会の最後のカウンターの裏の景色は課長、知ってるんですか?」

「あれね……。ここに要るみんな誰も知らないんじゃないかな……現実の景色は……」

 腕組みし、少し含み笑いで首を傾げた。

「まあ、そのうち分かるよ。だってみんなで造らないといけないんだから……でしょ。今日は打ち上げなので楽しくやりましょう」

 気分を変えるように杯を促した。


 航が屋敷課長と仲間たちの所へお礼をしに行った。

「みんな、選考会の模型ほんとありがとうね。俺、ほんと嬉しかった。あの時はほんとビックリしたけど、今思えばあれがなかったら、絶対に最後の場面は思いついてないからね。ほんとありがとね」

 仲間に心からの感謝を伝える。


 どうしても謝りたかったのかフリーランスの真奈美ちゃんが最初に切り出す。

「えんしゅうさんほんとごめんなさい。縮尺間違えちゃて。本番までに差し替える時間がなくて、みんなに迷惑掛けてしまって……今でも本番の映像観られないんですよ」

「ええ――。課長気付いてた……。今でもどこか分からないけど」

「畳少しだけちっちゃいんだよ。団地サイズ位なんだよね」

「そんなの気にしなくていいよ。世の中の人、誰も気づいてないよ。それよりもみんなが俺の為に作ってくれた事に本当に感謝してるから……嬉しくて仕方ないから」

 普段一緒に仕事をし、苦楽を共にしている同僚の優しさを本当にありがたいと感じていた。

 それから、仲間のみんなと選考会の模型について、他人が聞いても何の話をしているかも解らない、専門用語だらけの相当マニアックな話で盛り上がった。


 その後も、それぞれが楽し気に会話を楽しむ中、あっという間に打ち上げの終了時間を迎えた。

 

 上杉課長からの指名で最後の締めは吉田に任された。

「本日はみなさんお疲れ様です。話したいことは山ほどあるんですが、このプロジェクトに参加できた事に、ここに集まった全員が誇りと感謝の気持ちを抱いていると思います。みんなと一緒に観たこの景色は私にとっても皆さんにとっても大切な財産になると思います」


 真面目な顔で話し終えると、唇をかみ、天井に目をやり暫く涙をこらえるような仕草をした後……間を楽しむように笑いながら。

「と、きっとリーダーなら話すと思います。なんてね」

 皆が吉田のジョークで笑顔になる中。

「では、我社伝統の一本締めで締めましょう。用意いいですか……」

「よ――」と一本締めし「お疲れさまでした」との掛け声の中、打ち上げを終えた。


 一通りテーブルの物を厨房まで皆で運び、一同が航の両親にお礼を言いながら店を出て行った。

 笑集での打ち上げだったので航と海は店に残り、両親と四人で、店先でお礼を言いながら皆を笑顔で見送った。

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