見二十三来

 海の状況と天候を勘案し、一週間後を目処に川崎への曳航作業を行う事となった。


 この期間を利用して、テレビ局による航の単独インタビューの撮影を、Room314で実施する事となった。

 本格的な照明がたかれ、航に軽く顔のケアが施され、ピンマイクが付けられインタビューの準備が整った。

 緊張するから見に来ないでと頼んでおいた仲間たちだったが、それは無理な話で、黙ってますアピールの✖印シールを貼ったマスクを皆がつけ、笑いながら撮影者の後方で見守った。その輪には、上杉課長まで笑顔で加わっていた。

 

 撮影前にディレクターの細川から、緊張を解すような説明があった。

「いつもの雰囲気の明るい感じでお願い出来ればと思います。事前にお渡ししてある質問項目の順に進めていきますので宜しくお願いします。この場での撮り直しも可能ですし、後でカットして欲しい場面があれば遠慮なく言って下さい。いくらでも編集可能ですから。普段通りでお願いします。では、始めますか。宜しくお願いします」

 いよいよインタビューがスタートした。


 聞き手の女子アナウンサーが、川崎市の選考会から現在に至るまでの流れを説明し、現在リーダーとして活躍している航を紹介した。

 緊張しそうな場面だったが、質問項目が事前に決まっていたので予行練習を繰り返し臨んでいたせいか……「見来」の中でヒーローインタビューを受け喝采を浴びていたせいなのか……? 不思議に落ち着いていられた。内心、もしかしてドッキリかもしれないと少しだけ疑いながら、隠しカメラがないか室内を注意深く見回す余裕さえあった。


 今回の企画の出発点である「世界一長い一枚板の杉のカウンター」の発想がどの様な経緯で生まれたのかの質問から、インタビューが始まった。

 妹の海のアイデアから始まり、実家の居酒屋での常連客との会話から全てが始まった事を包み隠さず語った。

 それから、これはまだ公表できないでしょうけど、と前置きしながら選考会の最後のフレーズ「外国人の老若男女が、長く伸びた一本杉の一枚板のカウンターの裏側の景色を見て笑顔になりました」の真相に話が進んだ。

「あの場面で観た景色は、脳裏には記憶されている事は間違いないんですが、この話は何度も聞かれたので同じ話しか出来ないのですが、覚えているような……覚えていないような不思議な感じなんですよね……本当なんですよ……」

 航が、本当の気持ちを正直に伝えた。

「でも、その方が何か神秘的で期待しちゃいますよね……」

「話題作りの為に引っ張ってる訳ではなく、事実なんですよ」

「そうですか。では、あの選考会のあのシーンは計算されたプレゼンの一部ではなかったのですか?」

「そうです。シナリオ通りではありません。その前のプレゼンを見て変更したんですよね。何でそうしたのか正直今でも分からないのですが、その時はきっとゾーンみたいなものに入っていたんでしょうね。そうしないと勝てないと思っていたことだけは覚えています。普段の仕事が建築模型を作る仕事なので全て計算でなり立ってるんですね。ですから、今回の仕事の様に計算ではなり立たない場面に遭遇して、自分の中で眠っていた何かが目を覚ましたのかもしれませんね……」

「それは凄いですね。あの時何かで覚醒したんですね」

 照れ笑いを少し浮かべ。

「覚醒したのかな……何て言ったらいいかわかりませんが、脳内の無意識な空間の中で、自身の本来の願望に声を掛けていたような感じでした……え――と……何ていうか打算なき思考が答えを導いてくれた感覚ですかね」

「ほんと凄いですね。そうなんですか。普段生活している場面では、遭遇しないんでしょうね……きっとその場のその立場でないと分からないんでしょうね……」

 少し言葉を消化するような間を置き次の質問を続けた。

「ここまでの運搬作業は問題なく進んで来たようですが、ここに至るまでの中で印象に残る場面はありますか?」

「目の前に要るので少し言い難いのですが……」

 後方に控える仲間に一度目をやり、ゆっくり深々と呼吸をした。

「この仲間との出会いと、ここに至るまでに共有した様々な景色です。本当にいい仲間に恵まれました」

 自身の言葉を飲み込むと、少し考え深げに落ち着いた口調で語り始めた。

「本当に頼りになる同期の吉田。吉田がいなかったら今の自分はないと本当に思っています。感謝してます……。協力会社と綿密な打ち合わせを繰り返しプランニングしてくれた小林さん。どんな場面でも真剣に純粋に仕事に取り組んでくれていた羽美さん。いつも冷静に状況を判断しアドバイスしてくれた河瀬さん。最年少なのに一番しっかりとRoom314を支えてくれた由樹さん。それと、どんな時も精神的支柱になってくれていた上杉課長……」

 一息つき。

「選考会に駆けつけてくれた部の仲間たち。協力会社の皆さん。動画を作成してくれたタツノコ映像のスタッフの方々。もう感謝しきれません。本当に皆さんありがとうございました」

 言い終えると、その場で席を立ち深々と一礼した。

 

 その光景を目の当たりにし、撮影スタッフの後方で少しふざけて✖マスクを掛けていた仲間全員が、涙を堪えられずに、心のなかで「」と呟きながら涙はそのままに、真剣な目つきの笑顔で航を見つめていた。


 それから、今までに経過した具体的な場面での印象や感想の質問が繰り返され、これからの抱負の質問が始まった。

「これからいよいよ川崎の港に伐採杉が到着する訳ですけど、これからの事について何かお話しておきたい事はありませんか?」

「先ずは、無事に到着して陸揚げされ、乾燥作業に移行することを願いますが、その後はもちろんホテルのシンボルとして一枚板の世界一のカウンターとなり、ここの仲間と畳の上に寝そべってカウンターの裏の景色を眺めながら、みんなで笑顔になりたいですね」

 満面の笑みを振り撒いた。

「いいお話が聞けました。本当にありがとうございます」

 聞き手のお礼の挨拶で、OKサインがでてインタビューが終了した。


 

 晴天の中、川崎への運搬の日が訪れた。

 新幹線を二両縦列で運べるような細長い頑丈な台船が用意され、クレーンにより、その台船に伐採杉四本が陸から移動され出船の準備が整った。

 台船を牽引する引船には、吉田と羽美が共に乗り込み、川崎までの海の曳航の様子を撮影する事となった。

 テレビクルーは、別に船をチャーターしドローンも駆使し独自の撮影を進めた。

 

 汽笛と共に、引船の乗組員と陸上で見送るスタッフがお互いに手を振り、いよいよ川崎への最終段階の輸送が始まった。

 湘南海岸の有名な景色である、烏帽子岩、江の島、後方に大きく見える富士山も被写体として最高の背景を演出していた。

 それから稲村ケ崎を通り過ぎ、由比ガ浜から葉山マリーナへと広がる海岸沿いを遠くに観ながら、三浦半島の先端の城ヶ島を目指して曳航が順調なペースで進んでいった。

 この間撮影スタッフ皆が、前から後から船上から空中から、どの角度からどの様に撮影すれば印象的な画が撮れるか、それぞれが思案しながら真剣に撮影に集中していた。


 城ヶ島を通り過ぎ、剱崎灯台を左前方に確認し、いよいよ東京湾へと船が舵を切った。

 東京湾への到着を歓迎するかの様に、二隻の警戒船が進路の誘導と護衛の為に前後で航行を始めた。

 右手の房総半島がすぐ近くに見えるような距離感の中、前方を東京湾フェリーが横切っていった。

 

 川崎が近づいてきた。

 

 八景島シーパラダイスの海に突き出したジェットコースターが横浜への到着を告げた。

 それから、本牧ふ頭に山積みされたコンテナの横を通り過ぎ、横浜ベーブリッジの奥に広がる観光名所のみなとみらい地区が一気に都会へと景色を変えた。

 

 鶴見つばさ橋を越え、ようやく川崎にたどり着いた。


 接岸場所では、向入れの為に万全な準備を整えていた。

 プレスリリースも行っていた為、様々な媒体のメディアが取材に訪れていた。

 仮設テントの中では既に、福井市長と秦野市の山本市長が待機していた。


 取材に訪れていたメディアに向けて、伐採杉を積んだ台船が後二十分程で到着するとアナウスされ、一斉に準備が忙しくなり、その場の雰囲気が一気に緊張感に包まれた。

 陸上で待機していた様々な撮影者によるドローンが一斉に空へと舞い上がった。

 それぞれのドローンが台船を捉え、様々な角度と距離感で撮影画面に映し出された。

 

 眩いばかりの太陽の下、着岸への最終段階を向かえた。

 川崎市の後藤局長と職員の誘導で、福井市長がいつもの満面な笑みで山本市長をエスコートしながら着岸場所に歩みを寄せた。

 航の仲間たちや、多くの関係者が迎える中、いよいよ接岸の時を迎えた。

 遠くに見えていた船が徐々に大きくなり、もう手の届きそうなところまで近づき、船からロープが投げられ、接岸作業が無事完了した。


 即座に手際よく、台船からクレーンにより伐採杉が陸揚げされた。

 そのサイズ感に集まった一同が驚愕する中、後藤局長に誘導されるように、航と二人の市長が連れだって一言二言会話を交わしながら、伐採杉へと近づいていった。それぞれに実際の伐採杉を触りながら、左右に目を配り驚きの表情と会話を重ね合わせ、その大きさを体感していた。それからマスコミからの要望もあり航と市長二人が様々な組み合わせで、伐採杉を背景に撮影が行われた。

 

 その場で、事前の告知がないサプライズの形で、両市長から「川崎・秦野観光連携プロジェクト」の発表が行われた。

 先ずは秦野市が、観光資源である「丹沢と富士山の絶景」をテーマにした今後の大規模開発の全容を公表し、そのプランに連携するように、川崎市が「近くにある新たなライフスタイル」をテーマにした、利便性に優れている秦野での年代別、家族構成別の日帰りモデルプランや、外国人観光客をターゲットに、今回のホテルからのシャトルバスの運行を目玉とした様々な内容が盛り込まれていた。

 発表を終え満面の笑みで両市長が固い握手を交わし、マスコミからの様々な角度での撮影のオーダーにも快く応じた。


 その場面を遠巻きに眺めていた航の元へ、Room314の仲間が、それぞれに思いを抱きながら集まってきた。

「大成功だよ。お疲れ」

 吉田が笑顔で歩み寄ってきた。

 小林が笑みを浮かべながらも唇を噛みしめ、目が少し潤み、感傷的な顔つきで航の肩を引き寄せた。

 由樹と羽美は、半身で抱き合いながら無言でただ泣いていた。

 河瀬と硬い握手を交わした上杉課長が、航の肩を叩きながら。

「お疲れさん。一先ずはこれで一段落ついたな。さあこれからがリーダー本番だよ」

 と囁くと。

「では、皆さんに挨拶を済めせて、お待ちかねの打ち上げ会場に移動しまっせ――」

 これぞとばかりな大声で号令をかけた。

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