見二十二来

未だ、秦野戸川公園からの運搬作業の工程がはっきりとしない中、予定通り伐採木の公園へのヘリ輸送の準備が始まっていた。

 

 二機によるヘリ輸送には、様々な課題を克服するために、綿密な準備が必要であった。


 先ず、二機による輸送は、接近のリスクがある上に、距離の取りすぎによりロープがたるみを失い、止め金具が外れる恐れがあるので、ロープの長さはもちろん、二機の飛行練習が大変重要になる為、地上にて何度も実践に備えた予行練習を繰り返した。


 作業の大敵は何しろである。


 天気予報とにらっめっこしながらようやく作業日が決定した。

 今回は撮影部隊を二班に分けた。一班は伐採した杉のヘリでの引き上げ作業で、吉田、由樹、羽美が担当した。三人は体力温存の為もあり、前日に先乗りし塔ノ岳の山頂の山小屋に宿泊した。

 もう一班は実際に運搬される秦野戸川公園に隣接する広場を、航、小林、河瀬が担当した。

 

 天候は晴天でほぼ無風。

 絶好の運搬日和となった。


 伐採杉が横たわる斜面に、轟音と共にヘリ二機が近づいてきた。

 地上から見上げていると、二機が仲良く上空でホバリングを始める。

 地上と連絡を取りながら微妙な位置を調整し、ヘリからロープが降りる。

 ダウンウォッシュと呼ばれるヘリ特有の風を受けながら、作業員が手慣れた手つきで瞬時にロープ先端の止め金具を伐採木の固定金具に取り付けた。

 作業員が退避し安全を確認したところで、合図を送った。

 上空のヘリ二機が呼吸を合わせるように、徐々に高度を上げ、ロープが張りだした。

 

 周囲の期待を一身に受け、いよいよ伐採木が地上から離れる瞬間が来た。

 

 慎重にゆっくりと空中に舞い上がって行く。

 撮影スタッフ全員が息をのみ、この瞬間を逃すまいと真剣な眼差しで撮影した。


 少しずつヘリが小さくなり、音も静かになっていく光景を目で追いながら、皆が無事に着くことを願った。

 

 このヘリ運搬は一本ずつの作業となるので、今日一日で六回同じ事を繰り返す事になる為、吉田、由樹、羽美は森林の中であらゆる場所から、アングルを様々に変え撮影に没頭していた。

 

 

 地上では、最初の伐採杉を吊るしたヘリ二機が見え始め、段々と広場で待機していた作業スタッフの動きがざわついてきた。

 撮影スタッフも既に撮影を開始し、用意されている地上の台座の上に降ろされてくる光景を逃さぬように、万全な準備を整えていた。


 段々、ヘリ二機の姿が大きくなってきた。音も聞こえ始め、到着の合図を皆に知らせた。


 あっという間に目標地点に到着し、上空でのホバリングが始まった。

 地上のポイントとなる仮置きする台座に焦点を合わせ徐々に下降してきた。地上での作業員が微妙に位置を調整し見事に台座の上に着座した。

 直ぐに金具を外しヘリへ合図を送ると、再び山へと戻っていった。

 

 撮影スタッフ全員があまりにも短い作業時間と手慣れた光景に少し拍子抜けしていた。

「まだ五回、撮影チャンスありますから。色々なアングルで撮影お願いします」

 少し乾いた空気を悟った航が声を掛け、少しその場の雰囲気に変化を加えた。


 三回目の輸送が終わり、休憩を挟んだ。ヘリ二機も給油を兼ね広場に着陸した。

 電波が微かに拾える場所に吉田が移動し航に連絡してきた。

「下どう……上手くいってる? 特に問題ない?」

「平気だよ。特に問題ない。そっちはどうなの?」

「こっちの問題はただ一つ。肉体疲労。当分登山はいいやって感じ」

「そうだよね。四回目の登山だもんね……みんな明日休みでいいからって言っといて。上杉課長に許可とっとくから安心して」

「ありがとうね。……それと、帰りなんだけど別々でいいんだよね」

「別々でしょ。昨日そっちは三人で車で来たんでしょ……それに下山するの待ってられないから。まあ明日ゆっくり休んでよ」

「了解です。宜しくお願いします」

 たわいもない会話で話を終えた。


 その後も特に問題なく淡々と大木が運ばれ、無事に六本の伐採杉が台座に並んだ。

 最後の杉が着座し金具を外すと、ヘリ二機がロープの撤収の為に広場に着陸し、搭乗していたスタッフ全員が降りてきて、関係者と挨拶を交わした。

 年季の入った操縦術。当たり前の様に粛々と作業を熟す。偉ぶる事のない職人気質。一同が皆、尊敬の念を抱いていた。

 作業が終わり飛び立っていくヘリを皆で手を振って見送ると、ホバリング状態でその場で一回転し、機体で挨拶し去っていった。

 地上で作業に携わった協力会社のスタッフも一様に安堵の顔を浮かべ、それぞれに撤収作業に入った。

 

 撮影を終えた河瀬も航と小林に合流し、全てのスタッフに挨拶し公園を後にした。

 それから数時間後、山頂組の関係者も次々と下山し、今日一日の全てのミッションを無事完了した。

 


 翌日、秦野戸川公園までの輸送の終了を受け、早速、航と小林との話し合いが始まり、小林に礼を言った。

「昨日はお疲れさまでした。少しほっとしました。ありがとうございます」

「俺もほっとしてるんだよ。不測の事態が何か起こりそうな気がしてたから、無事終わって良かったよ」

「でも、思いのほかスムーズでしたよね」

「いや――テレビの撮影も入るので失敗許されないから、相当入念に準備してくれたと思うよ」

「そうですよね。完璧でしたもんね。ほんと感謝してます」

「全部終わったら派手に打ち上げしようよ」

「もちろんですよ。是非お願いします」

 昨日の成功を総括した。


 早速、今後の工程についての話が始まった。

 航が本題を切り出す。

「これからの工程ですが、決まりましたか」

「細かく検討した結果、五十メートルの長さだと、やはりコーナーが曲がり切れないので陸上輸送は無理です。かと言って、水無川は大小の段差や障害物も散見されるため水量がないと非常に厳しいです。しかし、結論としては、ベストな水量な状況を捉え、地面との接触による衝撃も計算した特注の筏を用意し、その上に伐採木を乗せ、浮力確保と障害物への接触時の衝撃吸収の為に両サイドにフロートを取り付け、モーター付きのゴムボートを前後に連結し、推進力と操作性を確保した上で、運搬する事が最適との判断に至りました」

 結論を導き輸送方法を断定した。

「あと、今現在も、艀がどこまで上流まで入ってこれるか調査してますが、この方法での運搬に問題がないようなら、プランを変更して一気に河口付近まで運搬した方が効率的かと考えてます」

「小林さんがそこまで言い切るのなら、そのプランで行きましょう。でも結局今度も天候次第ですね。雨の降った後の水量が多いときに実行ですね……」

「そうなりますね。実行日は天気次第になりますね……」

「では、後日テレビの撮影も入れて、実行計画の説明のミーティング開きましょうか……」

「そうしましょう。そこで、全てを明らかにしましょう」

「では、由樹ちゃんに日程も決めてもらって、テレビ局にも連絡してもらいましょう」

 話を纏め、由樹に依頼した。



 後日、予定通りテレビ局の撮影も行われる中、実行計画の説明のミーティングが協力会社も交え開催された。


 冒頭、航が挨拶を始める。

「先日はヘリ輸送お疲れさまでした。皆さんの頑張りで計画通り問題なく無事公園まで運ぶ事が出来ました。本当にありがとうございます。いよいよこれから川崎までの輸送の最終段階へと入ります。平塚の河口付近からの海上輸送に関しては台船による曳航が可能なので、ほぼほぼ問題がないのですが、その河口付近までの河川運搬が非常に難題です。様々な手段を検証した結果、最適だと思われる方法をこれから皆さんと一緒に検証したいと思いますので宜しくお願いします」


 小林にバトンタッチした。

「皆さんお疲れさんです」……「お疲れ様です」

 小林が元気に全体に向かって声掛けし説明を始めた。

「今リーダーから話があったように、これからの川下りが最難関です。ですが、お手元にお配りした計画案の通り天気に恵まれれば、問題なく運搬可能だと考えています。何しろ水無川ですので本当に水がありません。水陸両用車両や陸と川を併用した輸送計画など様々思案したんですが、結局この計画しかないと判断しました。詳細に関しては後ほど順を追って説明しますが、これから梅雨の時期になります。雨が大量に降った後、運搬に適した水量となり、必ず好機が到来すると思いますので、是非このプランで進めさせて頂きたいと考えてます」


 この後、協力会社から今回特別に製作するこのプロジェクト用の筏の外観図や細かいフロートの形状・品番などの仕様について、又、モーター付きゴムボートがどの様に進路と制動を確保するかを計画案に沿って説明した。

 一通りの説明を終え、質疑応答の時間になった。


 吉田が撮影に関しての話を切り出した。

「撮影の事になるんですが、ドローンでは被写体をある程度追えると思うんですが、陸上で追いかけるのは難しくないですか……どのくらいのスピードで想定してますか?」

「正直、川の流れのスピードが分からないのでどれだけ制動を掛ける必要があるかわかりませんし、ある程度のスピードを確保しつつ操舵がどこまで機能するかを見極めなくてはいけませんので現段階では何とも言えませんね」

「では、事前に撮影班で撮影場所を割り振る必要がありそうですね」

「こちらとしては、手を振る余裕はないと思いますので宜しくお願いします」

 表情を緩めて、苦笑い交じりに答えた。

「これって、事前告知するんですか……もちろん天気次第の所があるので何日も前に告知はできないと思いますが?」

「え――と。すみません。こちらとしては何か不測の事態が生じた時の担保の意味でも、なるべくSNSでの拡散を避けたいので、出来るだけしない方がありがたいのですが……」

「そうですよね。そう思います」

 返事をすると、暫く間を置き。

「あの……水無川の流域って結構見学スペースが豊富なんですよね。出来ればでいいので社会科見学的に子供たちに見学させてもらえませんかね……昔は当たり前だった材木を川で運ぶ文化の歴史を学ぶいい機会になればと思いますので」

「それはいいですよ賛成です。子供達にはリアルな映像を目に焼き付けて欲しいな……是非進めてください」

「では秦野市さんに早速相談してみますね」


 その後は、本題とはあまり関係のない事柄で談笑し、最終的にこの計画案の通りに実行する事で、皆が了承し、それぞれの役割の準備に取り掛かった。

 航と小林は、協力会社と今後の実施計画について綿密な打ち合わせ。吉田は、陸上での撮影のプランをテレビ局も巻き込んでの話し合いを始めた。


 実施計画の中での最大の課題はやはり、川の水量と流れ具合の見極めであった。

 こればかりは、天候次第なので準備にも限界はあるが、過去の降水実績とその後の川の状況を記録した映像を様々な媒体から入手し、運搬にベストな状態を探り当てていた。又、川の蛇行に伴う筏の適正な位置を地図上に落とし込み、どの位置でどの角度に舵を切るかを詳細にシミュレーションしていた。


 撮影プランの中では、撮影場面の重要度をABCでランク分けし割り振る事とした。

 最重要のAの場面である公園からの出発、カルチャーパークから秦野駅付近まで川幅が広くなる直線のポイント、土屋橋付近からの富士山が大きく背景に見えるポイント、最後の陸揚げの場面をまずは、テレビクルーにお願いするとして、その他の場面をRoom314、川崎市、秦野市で割り振り撮影する計画となった。


 それから、天気との相談が始まった。

 もう既に梅雨入り宣言がされていたが、雨量は少なく想定以上の川の水量には至らず、もう少し雨が降ることを期待する日々が数日続いた。


 この期間を利用して、クレーン二台により、広場に置かれている四本の伐採杉を川岸へ移動する作業が行われた。特製の筏も川岸に用意され、それぞれにシートを掛け来たる日を待つ事となった。

 

 ある日、天気予報が絶好の合図を送ってきた。

 少し多めの雨量の後、日中晴れ間になる最適日。雨は優柔不断なので水量確保は不透明だが、実行のゴーサインが降りた。

 実行日の日時が決まり関係者全員に伝達が下り、それぞれが緊張の中、準備に入った。


 実行日がやってきた。前日からの雨量が想定通りで、川の水量と流れるスピードもベストな状態を確認し作業が始まった。

 

 午前八時、筏を覆っていたブルーシートが少しづつ剝がされていった。

 川へ移動するために、クレーン二基が準備されていた。

 クレーンの凄みを増した音と共に、水しぶきを上げ筏が見事に川へ着水した。

 その上に伐採杉を乗せ固定し、筏の前後にゴムボートが装着され出発の準備が整った。


 小林が協力会社に確認し何時でもスタートできるサインを航に笑顔で送った。

 航が吉田に視線を送り、吉田が頷く笑顔を確認し、出発のゴーサインを出し、曳航するゴムボートとは別にサポートするゴムボート四隻を共だって、先頭のゴムボートが曳航をし始めた。

 見守る関係者一同が現実に起こっている場面とは思えない不思議な感覚を共有しながら、手を振り笑顔で見送った。


 想定通りの水量と水流なので、問題なく予定通りに進行し、カルチャーパーク付近の川幅が広くなる直線域に差し掛かった。

 その瞬間、思いもよらない情景が水無川の川辺に現れた。


 両岸に広がる春先には桜並木として名所の川沿の遊歩道に、社会科見学の小中学生はもちろん、地元のテレビクルー、既に広がっていた噂で沢山の市民が集まっていた。秦野市役所付近に差し掛かると、応援のプラカードを掲げた市役所の職員らしき人達が真剣にエールを送っていた。それはもう、お祭り騒ぎ状態であった。

 撮影チームがそれぞれに飛ばしているドローンも、この状況を声援するように上空を駆け抜けていった。


 曳航する筏とは別のゴムボートに乗り込んでいた航は、その光景を目の当たりにし言葉にならない感動を覚えていた。

 今の立場だからこそ、この景色をこの角度から生で見させてもらえている事に感謝しつつ、リーダーの立場として、これから起こるであろう諸問題を解決していかなくてはいけないプレッシャーに対して、最後は「見来」が助けてくれるだろう。と、いい意味で開き直れたのか、少し冷静に楽観的な思いを抱いていた。


 南金目の手前で広がる川辺で、上半身裸の大学生らしき若者たちがバーベキューを楽しんでいるのか、ハイテンションで手を振って応援してくれていた。どうやら、SNSで既にこの付近を通過する事を予想していた感じであった。


 その後も川っ縁に見物客がちらほらと現れ、まるでマラソンランナーを応援するように手を振ってくれていた。それは以前「見来」の中で見た映像そのものだった。

 車道と並行してる場所では、車のスピードを緩め、窓を開け大人はスマホで撮影しながら、子供達は大きな声で声援を送ってくれていた。


 それからも水量、水流とも予定通り安定していて、計画通りのスピードで順調に進んでいき、徐々に川幅が広がってくると、やがて鼻腔の中に広がる潮の匂いが段々と増してきて、海が近づいている事を少しずつ実感していった。

 

 ようやく視界の先に海原が見え、ゴールの合図を送ってきた。

 暫くすると、関係者が手を振り待ち受ける河口の仮置き場が見えてきた。

 到着した筏を接岸させ、伐採木と筏を陸揚げし、重機で安全な保管場所まで移動しシートを掛け、この日の作業を無事に完了した。

 

 Room314の仲間達が、陸揚げ場に次々と集まってきた。

 達成感からくる高揚の中で、皆が握手やハグを重ねた。

 砂浜の満ち引きの音と共に、やっとここまで辿り着いた事にそれぞれ考え深い思いを抱きながら、目の前にキラキラと光り広がる大きな海を自然と無言で見つめいた。


 その夜の「見来」は、海岸に運ばれた丸太の上で、仲間と大勢の子供たちが両サイドから走り出し、じゃんけんゲームを楽しんだ後に、みんなで丸太に掴まってバタ足で沖に進んでいく、何とも楽しい映像だった。

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