見二十来

 翌々日、流石に登山の疲労をまだ全員が感じていた。

 

 皆がそれぞれに、映像を確認し編集したり、小林は協力会社を呼び出し様々な検証をしていた。

 そのRoom314に松崎専務が、突然楽し気に入ってきた。

 上杉課長をディスるように満面の笑みで話しかけてきた。

「お疲れさん。登山大変だったね。報告だけが仕事の上杉から聞いたんだけど上手くいったみたいだね後で……見せてな……」

 ちょっと間を空け、唐突な話をし出す。

「びっくりだけど、プロの手でもドキュメンタリー映像撮りたいんだって」

 反応を楽しむように投げかけた。

「在京のキー局から密着取材の依頼がありました。川崎市も秦野市も全面的に協力との事です。凄いことになりました」

 全員が少しばかり理解不能な内容にフリーズした。

「川崎市のプロモーションチームが全力で仕掛けたようです。一昨日の成果を踏まえて正式なオファーが来たようです」

 唖然とした顔つきで話を聞いていたみんなを代表するように、吉田が問いかけた。

「本当なんですか。決定した話なんですか?」

「決定です。聞くまでもないのですが社長の決裁は頂いてます。後日、皆さんの激励に来ると思いますよ」

 全員が一斉に、視線を彷徨わせながら、これからのシュミレーションを脳内で必死に想像した。

「先方には五島さんが窓口と伝えてあるので、近々連絡あると思うから宜しくね」

 自然な軽い感じで伝えた。

「承知致しました。でも何だか緊張しますね」

 ちょっとビビり感を醸し出し、本音で答えた。

「まあ、相手はプロだから任せておけば平気だよ。コンプライアンスの事も熟知しているから、こちらは自然体で対応しましょう」

 いつもの感じの包容力で安心を提供した。

「プレゼンの印象が強いので、リーダーが中心の撮影になると思うよ。インタビューもあると思うから、ある程度想定して事前に考えておいた方が良いかもよ」

 既に目元は笑い、プレッシャーを掛けることを少し楽しんでいる様子で投げ掛けた。

「真剣に考えます」

 真顔で即答しながら、実は内容よりも内心では、男性用の美顔エステの事ばかり考えていた。

 

「何か問題があれば気兼ねなく相談して下さい。あと、取材の時の会議の席には俺も出席するから宜しくね」

 席を立ち、冗談口調で告げながら部屋を出て行った。


 常務の言葉の余韻が残る中、第一声小林がみんなに話しかけた。

「凄いことになったね!」

「テレビですよ!」

 羽美が興奮を抑えきれない感じで話しを続けた。

「羽美さん。美顔エステ行かないと本当にまずいですよ」

 由樹が思わず口にした。

 

 航は、やっぱりエステだよねと思いながらもリーダーとしての次の言葉を考えていた。


 航が、内心の動揺を抑える様に冷静な感じで話しかけた。

「テレビ放映となるとやっぱりそれなりの影響力はあると思うんだけど、まだ内容も分からないから、具体的な事がはっきりしてから対応をみんなで考えるとして、何しろこのチームでする事は変わらないから丁寧に作業を進めていきましょう」

「えんしゅう。やっぱりある程度、想定していた通りの展開になってきたね。まあ、やるしかないから頑張りましょう」

 吉田も呼応し、皆が一応に頷きながら、それぞれに気合を入れ作業を前に進めた。

 

 翌週の月曜日、朝一番で航宛てに川崎市の越智係長から連絡が入った。今回のテレビ取材についての、今までの簡単な経緯と内容の説明、本日中に連絡が入る旨の依頼だった。

 間もなく五島宛にテレビ局からの連絡が入った。

 挨拶を交わし正式な取材依頼の後、出来ればプロジェクトチームの部屋の中での打ち合わせの様子を初回から撮影したいとの先方の希望によりRoom314で、日時は明後日の水曜日の午前十時に決定した。


 電話を終え、話の内容をハイテンションで報告すると、航が興奮を抑えられないトーンで呟く。

「マジでやばいね。取材始まるんだよ!」

「きっとリーダー中心の取材だから、俺達はチョコっと映るくらいだから平気だけど、ほんとえんしゅう大変だね」

 吉田が爆笑しながら目一杯プレッシャーを掛ける。

「由樹さん。エステ本気で予約しましょう。服も考えなくちゃいけないし……」

「エステ行きましょう。服も買いたいし、美容室も行かなくちゃ」

 羽美と由樹が女子トーク全開のはしゃぎ様で盛り上がる。

「協力会社との打ち合わせも明後日にぶつけますか。地図とか広げちゃって、何か真剣な顔つきで思案している感じにしますか」

  小林が、笑いながら呟く。

「じゃあ、あの丹沢のジオラマ借りてきますか」

 航が被せ皆の笑いを誘った。

 

 それから和やかな雰囲気の中、先週の作業の続きをこなしながら取材当日を迎える事となった。


 取材当日の朝、取材班より先に予定通り川崎市の阿久沢課長と越智係長が来社した。

「おはようございます。皆さんよろしくお願いいたします」

 皆が挨拶を交わし、航が今日の段取りを確認する様に質問する。

「こちらこそよろしくお願いします。早速ですが何か準備しておくことがあれば教えてください」

「特段ないと聞いてますので、平気かと思いますけど、撮影隊の人数が十五人程度と聞いてまして、少し圧迫感があるかと思いますので、そこだけご了承頂ければと思います。あくまで普段通りの自然な感じで仕事して頂ければと思います」

「でも、やっぱり意識しちゃいますよね」

 笑いながら本音で答えた。

「そうですよね。私も笑い話ですが、床屋に行ったりスーツをクリーニングに出したり結構大変でした」

 談笑の中、それから一同で事前に届いていたテレビ局の番組企画書に再度目を通しながら、内容をチェックし取材班を待った。


 取材班が到着する時刻に近づいたので、玄関で出迎えることにした。

 駐車場にロケバス三台が停車した。中から代表のスタッフが降りてきた。

 阿久沢課長が笑顔で面識のあるスタッフを政治家風の両手握手で出迎えた。

 この番組のプロデューサーの福山とディレクターの細川をそれぞれ紹介し、皆がそれぞれにその場で挨拶し、名刺を交換した。


 Room314で、今回の番組の説明が始まった。

 まず、プロデューサーの福山が話し出す。

「この度は、密着取材にご協力頂き誠にありがとうございます。今回のドキュメンタリー企画は、実は川崎市さんからの要望がきっかけではなく、私が御社の選考会でのプレゼンをユーチューブで拝見させて頂いて非常に興味を抱いたからです。特に全ての外国人の老若男女が、一枚板のカウンターの裏側の景色を見て笑顔になった最後のシーンがどうしても気になっていて、以前からドキュメンタリーとしての企画を考えていました。そこに川崎市さんからお声がけを頂き、この様な機会を頂きました。本当にありがとうございます。今回のこの企画はスポンサー企業の方々も非常に注目されておりまして、局内でも関心度が非常に高くなっております。したがってスタッフも皆、気合い充分ですので宜しくお願いします。え――実際の撮影は細川が責任者ととして同行させて頂きますので、これから先は細川に説明させます」

 頭を下げると同時に、細川が立ち上がり話を続けた。

「細川です。宜しくお願いします。基本的には皆さんが活躍されている日々の仕事を自然な感じで撮影させて頂ければと思っているのですが、どうしても撮影上必要な照明だったり音声マイクだったりが視野に入ってくると思いますが、そこだけはご容赦下さい。今後の撮影スケジュールに関しては、その都度状況を確認させて頂きながら組み立てさせて頂ければと思っております。尚、事前にお話しさせて頂きました通り、今日から撮影させて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」

 今日の撮影を確認をしてきたので、航が回答した。

「それは事前に聞いておりましたので結構なんですけど、何かご協力する事はありませんか?」

「特にはないんですけど、出来れば大まかで結構ですので、今日この部屋の中で行われる仕事の中身を教えて頂ければありがたいのですが」

「今日の仕事の内容は、午前中は撮影担当と伐採運搬担当それぞれの課題解決に取り組みます。伐採運搬担当の内容ですが、午前中は午後二時から全体ミーティングがありますので、そこでの内容の整理になりますかね……え――と……この全体ミーティングで協力会社の皆さんにも参加してもらって、今後の工程と課題を共有する予定ですので全体像が見えていいんじゃないかと思いますけど」

「それは、ぜひ撮らせてください。何か映していけない物があれば教えてください。勿論、放映前に映像を確認して頂き、編集する事は可能ですのでご安心下さい」

「了解しました。編集ではなくうちの女子は、画像加工できないのか真剣に話してましたけど……」

「加工は出来ませんが、照明には頑張るように伝えておきます」

 ちょっした冗談を交え和やかな会話を交わした。


「では、早速撮影の準備をさせて頂きます。宜しくお願いします」

 撮影部隊を呼び入れると、透かさず女子二人が、この間を逃してはと化粧直しの為に部屋を抜け出した。


 Room314に、「お世話になります」……「宜しくお願いします」と元気な声でそれぞれに機材を持ち撮影スタッフが入ってきた。

 細川が恐縮そうな仕草で丁寧に説明を始める。

「ちょっと窮屈な感じかもしれませんが、出来る限りご迷惑が掛からない様に撮影させて頂きますので、普段通り仕事をして頂ければと思います。カメラは意識して頂かなくて結構ですので……」

「そうは言っても、やっぱり意識しちゃうよね……俺の頭皮は編集で増毛できますかね?」

 小林が冗談とは思えないような真顔で質問する。

「申し訳ありませんが画像の部分的加工は出来ないんですよ。勿論、編集でカットは出来ますけど」

「俺はカットで良いから、うちの美人姉妹いっぱい入れ込んでね」

「初見から感じてたんですけど、女優さん並みにお綺麗ですよね。撮影頻度上げさせて頂きますので宜しくお願いします」

 今時のコンプラに抵触していそうな、ガチっぽい感じで話しかけた。

 二人とも胸の前で手を振りながら絶対無理ポーズを表現していたが、内心はのワードに満更でもない感じで喜ぶ。


 それからカメラ・照明・音声それぞれがテストを繰り返し、入念なチェックをしながら撮影を始めた。


 昼休みが終わり、協力会社のスタッフが合流した。

 協力会社が準備した資料に目を通しながら、入念に確認作業をし、全体ミーティングの計画案の中に組み入れた。


 午後二時全体ミーティングが始まった。

「皆さんお疲れ様です。今日は協力会社さんに参加頂いてます。お忙しい中ありがとうございます。え――今日の議題ですが、今後の工程を全体で共有認識し、各工程の中での課題発見と事前準備項目の洗い出し。又、最初の工程となる、先日ドローンで確認した塔ノ岳の伐採現場に実際に足を踏み入れての目視確認に関しての詳細を決定していきたいと考えております。え――先ずは今後の工程の計画案を小林さんから説明してもらいます。宜しくお願します」

「お疲れ様です。お配りした計画案に沿って順を追って説明させて頂きます。先ず、伐採杉は先日の調査で目処が立ちましたので、後は現地にて実際に伐採する杉の特定をし、協力会社さんの作成した別紙プランの様に伐採を進めていきます。実際の作業期間は二週間程を予定しております。え――この後は運搬作業になります。先ず伐採杉の山からの運搬ですが、多分二機のヘリでの輸送に落ち着くと思います。ここは私と協力会社に一任して頂ければと思います。もちろんヘリ運搬の許認可については川崎市さんにもご協力お願い致します」

 それから、計画案をなぞるように丁寧に説明をしていった。


 一通りの説明を終え、質疑応答の時間を設けた。

 

「やはり一番の問題は水無川での河口付近までの運搬作業になりますか……」

 航が小林に投げかける。

「まさしくそこが今回の一番大きな課題になります。計画書でも触れておりますが、水無川は名前の通り普段は水量が非常に少ないです。全く流れていない箇所もあります。逆に大雨が降った後は濁流になるほど大量の水が山から流れだします。運搬には完全に不向きな川です。本来、川での運搬ははしけを使ってタグボートで引っ張るのが一般的ですが、公園付近の水深ではとても無理です。で、現在どこまで、河口からどの位置まで艀が入れるかを調査しています。よって、その艀で運搬可能な位置までどの様に運ぶかが最大の課題になりますね。そこでどうすれば運搬できるかなのですが……協力会社さんが頭を悩ましているところです。まあ――新幹線運ぶわけじゃないので、最悪はみんなで担ぐしかないんですね」

 小林が少し具体的に説明した後、冗談で締めた。

 

 この後、計画書に関してそれぞれに意見交換し中身の共有を終えた。


 吉田が次の議題に触れる。

「では次に、塔ノ岳での実際の目視確認の日程ですがどの様な予定でしょうか」

「実施日は天気予報的に、晴天予報の来週の火曜日に行いたいと思います。今回の調査は協力会社さん主導でお願いする予定なのでこちらで特に用意する事はないかと思いますが……」

 小林が、一度協力会社に目配せした。

「全てこちらで準備しますのでお任せください」

「なので……こちらは撮影の準備だけお願いします」

 吉田と目を合わせ同意を求めた。

「では、集合時間は現地に朝七時でいいですね。集合場所は先日と同じビジターセンターの前でお願いします。急な変更があれば連絡します」

「何か他に意見ありますか……。無いようですので、リーダー締めてください」

「皆さんご苦労様です。まだまだ目処が立っていない課題もありますが、一つ一つ課題解決をしていけば、必ずゴールが見えてくると思います。先ずは、来週の目視確認に集中しましょう……みなさんの力で絶対にこのプロジェクト成功させましょう。宜しくお願いします」

 一同拍手で会議を締めた。


 航は、昨日吉田から最後の締めを振るから考えて練習しといてね……テレビカメラの前で緊張しないでね。といじられ必死に練習したお蔭で、本番噛まずに話すことができ内心ホッとしていた。


 会議を終了し、テレビ局も今日の取材を終える旨を皆に告げ、取材協力に対し、それぞれに「ありがとうございました」と頭を下げ機材の撤収に取り掛かった。プロデューサーの福山とディレクターの細川は、個別にお礼の挨拶をそれぞれと交わした。


「今日は本当にありがとうございました。ミーティングを拝見させて頂き、予想通り面白いドキュメンタリーになると確信しました。気が早いですが放映前の最終チェック楽しみにしていて下さい。あと、この先の撮影は細川が責任者で行いますので宜しくお願いします」

 プロデューサーの福山が帰り際、航に頭を深々下げ、バスに乗り込む。

 皆が駐車場にてバスの窓越しに、お互いにこやかにお礼を言い合い撮影スタッフを見送った。

 それから、協力会社とも挨拶を交わしその場で解散した。


 

 夕方、川崎市役所では後藤局長に阿久沢課長が進捗状況を報告していた。

「局長にご尽力いただいたテレビ撮影、全く問題なく終了しました。プロデューサーも絶対面白いドキュメンタリーになると手応えを感じたようで非常に喜んでいました。それから、伐採の進捗ですが、結論からになりますが、今のところこちらの目算通りに事は進んでおります。まず、塔ノ岳近くの実際の伐採に関しては、来週の火曜日に現地調査が始まり作業工程の確認作業に入りますので、その結果で日程も決まるかと思われます。その後の運搬ですが、やはり今現在は、秦野戸川公園まで二機のヘリで運搬し、それから水無川で艀の入れる最上流地点まで何かしらの方法で運び、そこから、艀や台船を利用し河川海上輸送になるようです。想定通りになりますが、水無川の運搬が最大の問題になっていますね」

「やはり予想通りの状況だな。でもそこの困難を乗り越える場面がないとドキュメンタリー的には面白くないからな。最悪は水無川上空のヘリ輸送の許可の根回しは済んでるから頭に入れとけよ。あと、川崎に運ぶ杉と同時に伐採した同一形状の物を秦野市でも利用する件は、すでに上で決定してる案件だからそこは外せないからな。頼むな」

 阿久沢課長に念押しした。


 その夜の「見来」は、二機のヘリコプターに吊るされた丸太がブランコになっていて、上空で揺れながら地上の様子を眺めているとても考えられないがメチャクチャ楽しい映像だった。


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