見十八来

 翌週の火曜日、待ち合わせ場所の県立秦野戸川公園のパークセンター内の二階の多目的会議室に関係者が集合した。


 初回とあって顔合わせもあり、大人数での打ち合わせとなった。

 Room314からは航、吉田、小林、由樹、羽美の計五名。川崎市からは後藤局長、阿久沢課長、越智係長と部下二名の計五名。秦野市からは観光推進部の諸星部長と黒川課長と部下四名の計六名が出席した。

 阿久沢課長と越智係長が中心となり、個別に名刺交換を進め和やかな雰囲気の中、会議が始まった。


 冒頭、後藤局長が本日の打ち合わせの主旨の説明を織り込み挨拶をする。

「おはようございます。お忙しい中ご参集頂きまして誠にありがとうございます。説明するまでもありませんが、本日皆さんにお集まりいただいたのは、川崎市の実施したコンテストにおいて最優秀賞に輝いた企画の中の一本杉の探索、伐採、川崎までの輸送に関しての一連の工程を秦野市さんにもご協力頂きたいとの思いからの打ち合わせです。実は先日、福井市長から山本秦野市長あてに電話にて協力の依頼をしたところ、山本市長から今後川崎市とは、今回の事案を観光産業の連携と相互発展のスタートの機会としたいので是非協力させて頂きたいと逆に激励の言葉を頂いたそうです。互いの市長も非常に注目している案件ですので、皆さん全力で事に当たって頂きたくお願い致します」


 進行役の阿久沢課長が頭を下げ話を続ける。

「おはようございます。では、早速ですが今日の議題に入らさせて頂きます。先ずは秦野市さんには一連の探索から運搬までの実務レベルのサポートをお願いしたいのですが、今回のもう一つのミッションがドキュメンタリー映像の撮影にあります。この件に関してはRoom314と川崎市双方で独自に撮影を試みる予定なのですが、どちらにもご協力をお願いしたいと考えておりますのでよろしくお願いします。直近の課題から掘り下げていきましょうか……先ずは、一本杉の探索の話になりますが、現在の状況をお聞かせ願えますか」


 即座に小林が起立し穏やかな語り口で話を始めた。

「こちらの調査では、塔ノ岳の山頂付近に狙いの五十メートル級の一本杉がありそうなので、先ずは事前にドローンを飛ばして上空からの探索をしたいと考えております。このプロセスはドキュメンタリー映像の言わば導入部として有効に活用できるのではないかと考えているのですが、どうでしょうか?」


 暫くの間、誰が反応するのか、皆が互いに様子見していた。


 少し重たい空気感の中、秦野市の諸星部長が口を開く。

「私共は、どんな課題でもお受けして最善を尽くす用意はあるのですが、この件に関してはどの様なご協力をすれば宜しいのでしょうか?」


 川崎市の越智係長が話に加わる。

「事前にご依頼しましたドローンの飛行許可に関しての確認をしたいのですが、いかがでしょうか?」

「ご依頼頂いた地域での飛行許可は問題ありません。今回の件に関しては、国有林内における入林許可を含めてこちらで一括して申請をする運びになっております。事前に役所間での調整は済んでますので、既にいつでも飛行は可能な状態でございます」

 秦野市の黒川課長が明確に答えた。

 

 阿久沢課長が進行を進め、秦野市に依頼する。

「では、ドローンを使っての探索の準備を具体的に進めていきますか……撮影に関しては個別に準備を進めるとして、撮影当日のサポートとして、土地勘のある方に立ち会っていただいた方がスムーズに事が運びそうな気がするので、そこのアテンドお願いできますか」

「当日までには、選任し支障のないように準備させて頂きます」

「では、日程を決めますか……と言っても天気次第の面もありますので、取りあえず色々と準備もあると思いますので実行は来週後半の水、木あたりの天気のいい日でどうでしょうか……今のところは大崩れしない予報ですので。え――。来週月曜日の直近の天気予報で最終的に実行日決める感じでどうでしょうか」

 全員が頷き、同意の意思を示した。 

「後、何かこの場で議題にしておきたい事ありませんか」


 皆に問いかけると、吉田が挙手をし発言を求めた。

「吉田と申します宜しくお願い致します。当日のシュミレーションをするとドローンをどの位置から飛ばすかをある程度事前に想定しておいた方が良いかと思います。特にドキュメンタリー映像の視点からの検証も必要かと思いますがいかがでしょうか?」

「おっしゃる通りですね。私的な意見になりますが、映像は登山口のここから開始した方が良いんではないかと思います。編集の段階でカットする事はいくらでもできるので、映像の種類は多いに越したことないと思いますが」

「賛成です。その上で登山道はどのコースが最適か……いくつかのドローンの飛行ポイントの選定も併せてお願いしたいと思います」

「そこは、秦野市さんにお願いしてもいいでしょうか?」

「承知致しました。こちらで選定させて頂きます」


 続けて小林が挙手の上起立し発言した。

「撮影当日は、実際に伐採する協力会社さんにも立ち会っていただき専門家の視点で助言を頂こうと思ってるのですが、それはそれとして、秦野市さんと直接、伐採から運搬までの実行面での課題解決を並行して進めていきたいと思っているのですが、そこはどの様にすればよろしいでしょうか?」

「そうですよね。最後の川崎への搬入までは、川崎は絡む必要ないので秦野市さんと直接話を進めて頂いて、撮影が可能な日程をこちらに連絡してもらう感じになりますかね。では、まだこの部屋が使える様なら、両者のみで打ち合わせ続けますか……私共はせっかくなのでこの公園周辺を見学させて頂いてから帰ろうと思っていますので、気にせずに懇親を深めて頂ければと思いますが、いかがですか」

「この部屋は時間制限はありませんのでそうさせて頂きます」

 秦野市の黒川課長が答え。

「では、そうさせて頂きます」

 小林も同意した。


 このような堅苦しい空気感の会議での発言は、緊張からどうしても躊躇してしまう航にとって、吉田や小林さんの雰囲気に動じない振る舞いを非常に頼もしく感じていた。


「局長から何かございますか」

 阿久沢課長が確認すると、にこやかに話し出した。

「そうですね。特にありませんが、最初にお話しさせて頂いた通り、今後も何かと秦野市さんにはお世話になる事があると思いますのでその際は宜しくお願い致します。この後、秦野市の事を色々と知りたいのでたっぷりと見学させて頂きます」

 秦野市の諸星部長が気遣う様子で問いかけた。

「誰か案内役つけましょうか?」

「ありがとうございます。色々と下調べしてありますのでお気遣いなく。この後、下のビジターセンターも覗かせて頂きますね。それでは、私共は退席させて頂きますので、今後とも宜しくお願い致します」

 川崎市の職員一同が丁寧に頭を下げ退席した。


 部屋に残ったRoom314と秦野市との話し合いが始まった。


 冒頭、諸星部長がぶっちゃけ話で空気を変えた。

「川崎市の局長までお越しになると聞いてまして、こちらは副市長の対応でないと失礼かと思ってたんですが、どうしても外せない用があって来れなかったんですよ。いやもう緊張マックス状態でしたよ。堅苦しい感じは苦手なんで、ここからはラフな感じでお付き合いさせて頂きたいのですがどうでしょうか。もちろん、仕事は真面目に取り組みますので」

「失礼でなければそうさせて下さい。こちらのメンバーも皆そう望んでますので」


 航が今日初めて口を開くと、全員の肩の力も抜け、皆が微笑んだ。


「では、ぶっちゃけどうしましょうか」

「先ずはこちらの役割分担を説明しますね。今回のプロジェクトの中の実際の探索から運搬までを私と小林が担当します。撮影を吉田と出川が担当します。五島が総務的なポジションで窓口役を担っています。ので、当面のこちらの窓口は五島でお願い致します」

「では、こっちの窓口は黒川お願いね」

 軽い感じの口調で話しかけた。

「それで、ざっくりとどんな感じの協力が必要になりそうですか?」


 小林が説明を始める。

「ドローンでの探索に関しては先ほどの会議の中でお願いした通りです。大まかにその後のシーンを整理しますと、先ずは目星を立てた現場に、実際に足を踏み入れての調査が必要になります。実際の伐採木の選定はもちろん、その周りの伐採をどの程度する必要があるか、又、ヘリでの運搬の為の足場の整備が必要になります。このシーンでは主に伐採に関する許可申請が課題になります。次にヘリでの運搬作業のシーンでは、二機のヘリでの運搬許可と運搬先の保管場所の確保が課題です。その後は保管場所の位置にもよりますが、河川と海を経由して川崎まで運びますので、その運搬の許可関係が課題になります。後は全てのシーンにおいてドローン撮影の許可が必要になります」

「今の話を聞いた限り、主に許可申請が課題のようですね。そこは、県絡みの事は川崎市さんにも協力して頂いて事を進めさせて頂きますので、丸投げして下さい。で、今後の具体的な打ち合わせは、え――と小林さんと進めていけばいいですか?」

「私で結構です。そちらの担当は黒川課長でよろしいですか?」

「私でお願いします。具体的な課題を提示して頂ければ速やかに動きますので」

「では、先ず直近の課題の詳細を後日メールでお送り致しますので宜しくお願い致します」

「承知致しました。宜しくお願い致します」


 今後の進め方について一通りの話を終え、諸星部長がにこやかな顔つきで話し出した。

「下にビジターセンターがあるんですね。そこに丹沢の大きなジオラマが展示してありますので是非ご覧になってください。位置関係も良くわかると思いますので……それと山下センター長に立ち会ってもらいますので、先ほどのドローンの撮影ポイントの話もしてみて下さい」

「それは是非。お願いします」

 吉田が即答した。

 

 航は内心、童心の様にジオラマを単純に見たいと思ったが表情を読み取れない様に装っていた。


 一階のビジターセンターに移動すると、山下センター長が既に待機していた。

「センター長の山下さんです。県立公園なので県の職員になります」

 黒川課長が、紹介しそれぞれが名刺交換し挨拶を交わした。

 早速大きなジオラマの周辺に皆が集まり、先ずはセンター長がジオラマの中身を地点地点の特徴を交え解説した。

 

 航は建築模型の制作目線でジオラマの細部の作りに目が行って、説明は上の空で聞いていた。

 

 吉田が問いかけた。

「小林さん伐採木の予定地点はどの辺になるんですか」

 自身の手では届きそうもないので、センター長の指し棒を借りて場所を示した。

「ここが塔ノ岳の頂上になるので、この辺になりますね」


「ドローンの撮影ポイントはどうですかね?」

「先ほど依頼がありましたので、当日私と誰かサポート役で同行しますので、撮影に適した場所がいくつもありますから、都度お伝えしますね」

「それは心強いです。宜しくお願いします。取り敢えず来週やってみましょう。もう一度実際の現地調査の際にもチャンスがあるので、予行練習のつもりで準備しましょう」

 

 小林が、羽美と由樹にさりげなく投げかけた。

「二人とも登山平気なの」

 由樹が答える。

「平気どころか写真撮影頼まれてますから」

 羽美が続ける。

「吉田さんから地上レベルのビデオ撮影と助手を言われてますので、もう既に登山靴も買っちゃいました」

 二人とも楽し気に振舞った。

「俺、何も頼まれてないけど……」

 肩の高さで両手の手のひらを上にし、お手上げポーズで変顔をしておどけてみせた。


「当日までの間で何かあれば気軽に連絡ください。いつでも構いませんので」

「ありがとうございます。何かあれば相談させて下さい」

 それから暫くの間、室内の展示物をそれぞれ見学し頃合いをみて、皆で秦野市の職員とビジターセンターの方にお礼を言い、その場で解散した。

 集合時間より早めに到着したので会議の前に公園内は見学していた為、皆で車に乗り込み川崎へ戻ることにした。


 帰りがけに、有名な出雲大社の相模分祀に立ち寄り皆で成功祈願をすることにした。

 ひたすらに草を食べているヤギの脇を通り、参道を進み大鳥居で一礼し手を清めて神殿の前で五人が横一列に並び、息を合わせるように特別な作法の二礼四拍手一礼でプロジェクトの成功を祈願し、境内の中でお土産に秦野名水のお豆腐を買って、帰路についた。

 

 その夜「見来」は、丹沢のジオラマにロープウェイを掛ける作業を真剣に仲間たちと計画している愉快な映像だった。

 

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