見十七来
翌週の火曜日、約束通りの時間に阿久沢課長と越智係長が来社してきた。
Room314で、上杉課長を除く六人で対応した。
挨拶がてらの雑談を終え、本題に話が進み、航がどこかリーダーらしい気合の入った顔つきで伝える。
「先日頂いた書類の中に、可能ならば県内での選定をご希望との事でしたので、御意向に添える様検討してみました。弊社でも以前から候補地を検討する中で、県内にも候補地がありましたので、そこを最優先候補としました。詳しくは小林から説明させて頂きます」
「小林と申します宜しくお願い致します」
年の功なのか少しばかり貫録が感じられる物腰で挨拶し、解説を始めた。
「県内となると丹沢山系に絞られます。そこで、五十メートル級の一本杉が生息しているかまず調査したところ、塔ノ岳付近であれば生息の可能性が高そうだとの結果がでました。塔ノ岳であれば登山道も整備されていますので、調査段階のドキュメンタリー映像にも有効活用出来るのではないでしょうか。又、伐採に関しても登山道から近距離の場所であれば伐採の為の環境整備もしやすく、その後の運搬もおそらくヘリ輸送になると思いますので有効かと思います」
「その方向で検討して頂ければ、本当にありがたいです」
阿久沢課長が感謝の意向を伝え、続けて問いかけた。
「恐縮ですが、伐採に関しても、運搬に関しても全くの無知なのでそこのところを少し教えて頂けないでしょうか」
「私の部署は資材調達なので、当然すべての事を把握してると思われるでしょうが、実際には、仕入れの段階で各専門分野に協力会社が存在するんですね。分かりやすく、材木は材木問屋とかになります。ですから私も正直、伐採や運搬についての知識はほとんどありません。ただ、立場的に協力会社さんに何でも聞けますし、実際の現場にも足を運んで色々と聞くことが出来ますので、今回もそこのルートを使って仕入れた情報なんです」
「では、その協力会社さんや実際に伐採している方も今回のプロジェクトに協力して頂けそうですね……」
「もちろん、どんな事でも相談に乗ってくれますよ」
「実際にその塔ノ岳ですか……そこで伐採してどんな感じで川崎まで大木を運んでくるんですか?」
「一番シンプルなのが、伐採した木をヘリコプターで一度麓の秦野戸川公園付近まで輸送できれば、いくつか解決しなくてはいけない課題はあるのですが、川での運搬が可能です。その後は海上輸送で川崎まで運ぶプランになります。ただ、普段からヘリでの伐採木運搬は行われているのですが、今回の長さになるとヘリ二機での運搬が必要になるのではないかとの見解でした。その場合、ヘリの特別な飛行許可が必要になりそうなので、その際はご協力をお願いしたいと思っております」
「ぜひ、協力させてください。もちろん、警察でも消防でも役所関係の事案は何でも言って下さい。ぶっちゃけ話し早いですから」
普段の言葉遣いになり、自身の守備範囲での投げかけに少し早口になり反応した。
「ありがとうございます。では、この線で進めさせて頂きます」
小林が少し微笑んで謝意を述べ、一礼しながら続けた。
「あと、伐採の許可に関して、秦野市の協力も必要になるかと思いますので、そこの事前根回しもお願いできますか?」
「承知しました。お任せください」
自信ありげな顔つきで頷いた。
だいぶ距離が縮まった和やかな雰囲気の中で暫く雑談を交わし、次の話へと進む。
吉田が冒頭、一礼し営業マンらしい、にこやかな顔つきで話しかけた。
「お忙しい中、ご来社頂きまして誠にありがとうございます。早速ですが先日頂いた書類を精査したところ、いくつか確認させて頂きたい点がありましたので、この場で共有認識を深められればと考えております。まず、市のプロモーションの中で今回のドキュメンタリー映像を有効活用したい事は十分理解しましたし、弊社としても是非お願いしたいと思いますが、実は弊社でも今回の一連のプロセスを記録する事はもちろん、広告宣伝に結び付けたいと考えておりました。特にドローン映像などは必要不可欠だとの認識です。先日頂いたプランの中でも重複する事柄が散見されますので、今後どの様に進めていけば、お互いに無駄なく有益な関係を築けるかの調整が必要であるかと考えております。具体的には映像を一本化して共有するべきか、個々に独自に撮影した映像を有効に相互提供するか現時点で方向を決めた方が良さそうな気がしますが、いかがでしょうか……忌憚のない御意見、お聞かせ頂けますか」
航は内心、全くこの空気に動じないで、スラスラと話の出来る吉田を尊敬の念で、俺より断然に大人だなと感じていた。
阿久沢課長が一礼し話を進めた。
「ご意見ありがとうございます。実は、こちらでも同じ意見が出まして検討してみました。結論から申し上げますと、後者の個々に独自の撮影をした方が互いに有益ではないかと考えております。一番は、民間企業の独自の広告宣伝に制限を掛けてはいけないという役所的な発想なんですが、私的には撮影媒体は多いに越したことないと思いますし、こちらで御社の映像を使用する際は、御社からの提供の旨のテロップを入れれば問題ありませんし、逆にこちらの映像は、こちらがオフィシャルで使用しない映像であればご提供出来ると思いますので、どうでしょうか?」
「そこまでお考え頂いてるのであれば、絶対にその方が良いですよね。では、撮影に関してはそれぞれが独自に準備することで決定しましょうか?」
「その方向で進めさせて頂ければと思います」
「では決定と言うことで……ところでドローンの飛行許可に関してはお願いしても構わないですか?」
「もちろん、こちらの飛行許可と一緒に申請しますので安心してください……事務的な手続き上、御社の確認が必要になる事もあるかもしれませんが……」
「では、何か事務的な事で必要があれば五島にご連絡下さい」
それから、宣伝広告の視点で市のプロモーションに興味のある吉田が様々な角度から切り込んだ。
「流行りと言っては語弊があるかもしれませんが、SDGsの活用法や花粉症対策の為の杉の削減計画との連携……」
から始まり、その後は、様々な話題で意見交換し、お互いの信頼を深めた。
話しが弾む中、いきなり恐縮そうな顔で越智係長が航に問いかけた。
「先日のプレゼン。本当に見事で感動を覚えたのですが、何しろ気になって仕方ないんですが、あのカウンターの裏側はどんな景色なんでしょうか……もちろん、ここだけのオフレコにしますので」
「以前仲間にも説明したんですが、正直、見えてたのか見えていなかったのか今でも分からない不思議な感じなんですよ」
言い終えるとすぐさま吉田が。
「出来上がるまでシークレットで謎めいてた方が、プロモーションのネタにも使えるんじゃないですか……オープンレセプション間近まで引っ張った方が効果的だと思いますよ」
「そうですよね」
市の二人が、納得したような笑顔で呼応した。
民間企業と市役所。
それぞれの立ち位置を理解しながらも、同じ目標を目指す同志のマインドを既に共有していた。
一通りの話を終え、この後の具体的な進め方についての話に進んだ。
航が真剣な顔つきで語り始めた。
「杉は伐採してから加工段階までに乾燥期間が必要となります。自然乾燥なら半年から一年の時間が必要となります。もちろん今回は様々な人工乾燥法を駆使して期間を短縮しますが、かつてない長さと太さなので木にダメージを与えずに慎重に乾燥させなければなりませんので、どれだけの期間が必要になるかはわかりません。いずれにせよ、速やかな伐採木発見からの、伐採、運搬が必要かと考えておりますので、是非ご協力お願い致します」
「今日現在、実際に具体的な伐採木の目処は立っているのでしょうか」
阿久沢課長が質問を投げかけた。
「ほぼ特定されているようなのですが、そこの詰めに今日も協力会社が動いています」
「そうなんですね。ところで、ドキュメンタリー映像を是非とも伐採木の発見から始めさせて頂きたいのですが、今後どの様にしていけばいいでしょうか……」
「ドキュメンタリー映像なので、もう初めていいんじゃないでしょうか。後でいくらでも編集出来るじゃないですか。お互い次の接点から撮影し始めましょうよ」
吉田が提案した。
「そうですよね。今日も今から撮影しますか……」
阿久沢課長がジョークで返し、場を和ました。
吉田が航に投げかけた。
「リーダー次の集合場所は秦野になりそうだけど、どう……」
「今日、協力会社さんから結果報告が来る予定なので、秦野の現地での打ち合わせの日程は来週のどこかにしましょうか。ご都合いかがですか」
「来週ならいつでも構いません。秦野市へ受け入れの打診もしますので、お決め頂けますか……」
一度スマホに目を落とし少し笑みを浮かべながら答える。
「では、天気がいい日が良いですよね。移動時間もあるので来週の火曜日の午前十一時でどうでしょうか。待ち合わせ場所はお任せしますので……」
「承知致しました。内容を先方に伝えて集合場所は明日連絡致します」
「では、御連絡お願い致します」
予定が決まり一通りの話を終え、この日の打ち合わせが無事終了した。
役所に戻った阿久沢課長から報告を受けた後藤局長が、松崎専務に根回しをしている山崎に進捗状況を手短に報告する。
「お陰様で、伐採が予定通り秦野に決まりそうです。山崎先輩のお陰です。ありがとうございます」
「そうか、良かったな。武には俺から連絡しとくな。松崎には今度の土曜日ゴルフだから礼しとくよ」
「ありがとうございます。また、進捗を随時ご連絡致します」
その夜の「見来」は、何故か横浜スタジアムのヒーローインタビューで多弁に受け応え、会場全体から拍手を貰っているカッコイイ楽しい映像だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます