見十六来

 翌日、グループLINEに早速、重要なコメントが入った。

『松崎専務からの指示です。川崎市の国際観光推進局の方からお願いしたい事がある様で、明日午後二時にプロジェクトルームで待機するようにとの命令です。申し訳ありませんが、出欠の確認を取りたいので返信お願いいたします』

 全員から、時間を空けることなく『出席』の意思表示の返信が戻ってきた。


 翌日、Room314にみんなが早々と昼休み明けの一時に集まってきた。

 

 由樹が口を開く。

「本日誰がお越しになるのかは不明なんですが、専務とご一緒にお見えになるようです……ところで、昨日国際観光推進局と聞いて、私自身も初めて聞いたワードだったので色々と調べてみました……皆さんも調べたかと思いますが……どうやら今回の湾岸地区のプロジェクト成功と今後の観光拠点しての推進役を担う為に最近新設された局のようです」

 手元に用意した書類に一度目を落とし、みんなに局長の経歴や事前に知らせておいた方が有益と思われる情報が網羅してある内容の書類を一人一人に手渡した。


「由樹さん。ほんと流石だよね」

 航がにこやかに正直な気持ちを伝える。

「事前にここまで調べてるのかと不快に思われてしまうといけないので、ゲストが来る前に確認終わったら隠してくださいね」

 由樹も航に勝るにこやかさで皆の顔を見回す。

 

 定刻二時の五分ほど前に、専務に連れられ国際観光推進局の三人が現れた。

 

 いつもの様に爽やかな紳士の専務が場を解すトークを始める。

「市役所の方にわざわざお越し頂きました。最優秀賞を頂いた企画についてご指導頂けるとの事ですので……」

 みんなの緊張した顔つきとその場の空気感を楽しむ様に。

「そんなに堅苦しい感じでもないですか……」

 笑いながら役所の三人に目をやった。

「こちらからのお願いですから……専務お願いしますよ……」

 冒頭の空気に少し戸惑っている感情をリアクション全開で表現する。


「では、名刺は後で交換させて頂くとして、市役所の方を紹介しますね。先ずこちらの方が、この度新設された新局の国際観光推進局の局長の後藤さんです」

「後藤です。後ほどご説明させて頂きますが、お願いしたい事が山ほどあります。宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げる。

「お隣の方が、阿久沢課長。そのお隣が越智係長です」

「阿久沢です」「越智です」

 緊張感に溢れた真剣な顔つきで頭を下げた。


 専務が引き続きプロジェクトチームの紹介を始めた。

「まずは、選考会のプレゼンで有名になりました……」

 ひと時の間を楽しむかのように反応を伺い、みんなが苦笑している様子を確認し話を続ける。

「プロジェクトリーダーの志山です」

「志山航です。皆さんよろしくお願いいたします」

 普段とはキャラ替えで、少し低めの声でカッコつけ気味に挨拶した。

 それから、メンバーを一人ずつ丁寧に紹介し、一通りの挨拶を終え、全員が複雑に交差しながら名刺交換を済ませた。

 

「皆さんお座りになって下さい。椅子一つ貰って来ます」

 由樹が、十席しか椅子がなく、一つ足りないので、場の雰囲気を解すように笑いながら部屋を出て行った。

 全員が着席するとテーブルに置いた名刺に視線を落とし、確認しながら丁寧に指先で整理していた。

 由樹が借りてきた椅子を運び入れると、タイミングを見張らうかの様に、専務が社員に目配せしながら本日の訪問の主旨を伝えた。

「本日は、お忙しいところわざわざ弊社までお越し頂いてありがとうございます。社を代表してお礼申し上げます。弊社としては言うまでもありませんが、最優秀賞を頂いた企画を如何に実現し市に貢献できるかが最大の課題ですが、実は今回お越し頂いた理由は、その一連の過程を、市のプロジェクトとしての正式なプロモーションにしていきたいとの御意向です。弊社にとっても願ってもないチャンスですので、全力で市の意向に沿えるように取り組んでいきたいと考えています」


 チームの皆が、事前に吉田から一連の動きの予想を聞いていたので、吉田の言っていた通りの展開になってきたなと感じていた。


「今日は、わざわざ局長にもお越しいただいたので、一言頂けますか……」

 後藤局長が起立し挨拶を交えた具体的なお願いを始めた。

「後藤と申します。よろしくお願いいたします」

 深々と頭を下げる。

「実は局長としてのキャリアはまだ一か月も経ってないです。と、言うか、局自体がまだ出来立てなんです。ですから、赤ん坊のような局でして、皆さんの様な民間の方々のお力を是非お貸し頂いて、少しでも早く成人に近づけるように努力していきたいと局内の職員一同考えております。……なので、今回の御社の企画に対して、始めての最大案件でもありますので、何としてでも結果を出したいと思っております。是非ご協力の程よろしくお願いいたします」

 再び深々と頭を下げた。同時に他の二人の役人も中腰になり頭を下げた。

 引き継ぐように、続けて阿久沢課長が依頼内容の説明を始めた。

「今回のこの一大事業のプロモーションの責任者に任命されました阿久沢と申します。宜しくお願い致します」

 少しばかり堅い感じの仕草で頭を下げた。

「先ほど局長から説明があった通り、出来立ての局です。これから色々と勉強させて頂きたいと、職員一同思っております。転局の前は港湾局で働いていました。私はその中で港湾地区でのよろずや的な部署で、様々なイベントの切り盛り役も担ってきました。ただ、今回の件はかつてない一大イベントです。正直、失敗は許されない緊張感の中で現実と対峙しています。これから先、どの様に進めていいのか迷いは尽きませんが、皆さんの忌憚のないご意見とお知恵をお借りし、是非結果に結び付けたいと考えております」

「そこで……」と言いながら、次に進めていいかの確認を取るために、表情を伺うように全体を見回し越智にバトンを渡す。

「引き続き、越智に今回のプロモーションの説明をさせますので、後ほどご意見を頂戴したいと思います」

「国際観光推進局の越智と申します。若輩者ですので、今後様々な場面で皆さまのご指導を賜りたいと思っております。宜しくお願い致します」

 言葉の揺れから緊張感が伝わってくる冒頭の挨拶だった。

「お願いの内容になりますが、冒頭に松崎専務様から説明を頂いた通り、御社の素晴らしい企画の始まりから、ホテルのオープンまでのドキュメンタリー映像を市のプロモーションに組み込ませて頂きたいと考えております。まだ計画段階ですので今後色々と変更が生じるかもしれませんが、現在のプロモーション全体の概要と御社の企画との連携についての内容を記載した書類をお配りします」

 何部にもコピーしたテーブルの上の書類を恐縮そうに配ろうとしていた。

 上杉課長が「順番に送って」と声掛けすると、透かさず手送りし、それぞれの手元に行き渡った。

「先ずは、御社にお願いする以上、市がどの様にこのプロモーションの全体計画を考えているかを、お示ししなければ失礼にあたるとの局長からの指示で、まだ発表前のプロモーションの全体像を記載してあります。次に御社の企画との連携について、具体的な内容を記載させて頂きました。もちろん、内容のほぼ全てが御社へのお願いになるのですが……」

 

 暫く皆が真剣な眼差しで書類の内容を確認していた。


 リーダーとして、これからこの状況をどう展開させていけばいいか困惑している航を気遣うように、上杉課長が口を開いた。

「本日は、わざわざ局長まで足をお運び頂き誠にありがとうございます。市の方々の熱意は充分に受け止めさせて頂きましたので、内容を検討するお時間を少々頂きまして、後日改めて具体的な進め方のお打ち合わせをさせて頂ければと存じますがいかがでしょうか……」

「そうして頂ければ、誠にありがたいです」と阿久沢課長が頭を下げ、続けて「宜しくお願い致します」と越智係長がその場で起立し頭を下げた。

「では、日程調整等の打ち合わせの窓口は越智さんでよろしいでしょうか?」

「もちろん、私でお願いいたします」

「こっちは五島さんでいいのかな……」

「では、私でお願い致します。改めて五島です」

 越智係長に目を送り頭を下げた。


 一通りの話が一区切りついたのを受け松崎専務が締めに入った。

「局長こんな感じで良いですか」

「充分です。今後とも宜しくお願い致します」

「では、先ほども話した通り、弊社にとっても願ってもないチャンスですので、全力で市の意向に沿えるように取り組んで下さい。後、先ほどの書類の内容は説明があった通り、発表前の情報が入ってますのでくれぐれも取扱い注意でお願いしますね。では、今日はこれまでにして、引き続きよろしくお願い致します」

 全員が頭を下げ退出した。それから、玄関口で市の職員を見送った。


「じゃあ、後はお願いね。困った事あったら連絡して」

 松崎専務が役員室へ戻っていった。

 航は、助け舟を出してくれた上杉課長に歩きながらお礼を言った。

「ありがとうございます。どうしたらいいか困ってたんですよ」

「顔に書いてあったよ。こんな役割で俺チームにいるんだから……それと宴会部長か……リーダー期待してるよ」

 笑いながら航の肩を叩き、意匠設計の部屋に戻っていった。


 残りの六人はRoom314に戻り早速、打ち合わせを始めた。

 部屋に入るなり航が緊張から解き放たれるように投げかけた。

「吉田すげえな。言ってた通りの展開になったな」

「えんしゅう。これで間違いなくこのチームの解散はなくなったな」

 航の肩に手を置き、笑い飛ばす。

 

 興奮を抑えていた羽美が身内だけになり感情を素直に表現し、ちょっと別の角度で心配する。

「吉田さんの言った通りの展開ですよ。とんでもない事になってきましたよ。ドキュメンタリーになるんですよこのプロジェクト……私、顔出ししてもいいんですかね……」

「ヤバい。顔出しありですか……編集で加工なしですか……」

 被せる様に五島も、企画の内容の話よりも実際の映像に思考が集中していた。

 

 そんな、フワフワ感を一掃するように普段あまり意見を言わない河瀬が少し興奮気味に話し出した。

「市の狙いはドキュメンタリーなので、ここでの話し合いの映像とかも素材として必要になるんじゃないですかね……意匠設計の立場から言わせていただくと、常に意匠を通じてその空間の中で様々な物語が作られる事を想像しています。まさしく、この企画のメインテーマである世界中の笑顔のたまり場の実現に向けて、このチームで作り上げる過程の中で如何にその思いを表現できるかが非常に重要だと思ってます。自分的にはぜひともその状況を記録して頂き、市のプロモーションに協力し、会社に貢献したいと思っています。それも、選考会のリーダーのプレゼンを見て本気で感動した事が想いを新たにするきっかけになっています。是非、実現してみんなと達成感を味わいたいと思っていますので宜しくお願いします」

 本当に真剣な眼差しで、心から湧き出る思いを伝えた。

 

 一気に空気が変わり、皆がその真剣な顔つきを見て心を揺さぶられ、気合を入れ直した。


 その空気感の中、吉田が話を切りだす。

「一昨日の打ち合わせの通りの役割分担で、明日の会議で項目別の大まかなスケジュールを全体で共有したいと思いますが、その前に先ほど市から頂いた資料の中で気になる事がみんなあると思うので、意見交換しましょうか。先ず、可能ならば県内の伐採木の選定を希望と書いてありますが、これって小林さん可能なんですか?」

 想いを巡らせる様な少しの間を開け端的に答える。

「現在の候補の中でも丹沢がコスト面でも有力な候補に挙がってますのでいけるんじゃないかと思います」

「じゃあ、取りあえず市の意向もあるし丹沢を最優先で進めてみますか」

 航が同意の意思を示した。


「では、そこはリーダーと小林さんに任せるとして、次に調査段階から地上とドローンを使った細かな撮影の事が書いてありますが、市とは別に調査段階でのドローン活用をこちらでも考えていたので、市と調整が必要ですね。由樹さん、羽美さん宜しくお願いします」

 視線を送られ。二人とも真剣な顔で頷く。

「後はこれで、同じ神奈川県だから、市が絡めばドローンの飛行許可は問題なさそうですね」


 航が、ちょっと躊躇しながら疑問を問いかける。

「少し脱線するかもしれないけど、素朴にドローンって誰が操縦するの……免許とかいるんじゃないの?」

「俺が操縦するつもり。免許あるから」

 表情を崩さずに普通に吉田が答えた。

「吉田免許持ってるの!」

「仕事で取らされたの。だから講習代は会社持ち……建設前の新築のマンションとかを売り込む際に出来た時のベランダからの風景をリアルに撮影して販促に使うわけよ。例えば死角なしに遠方の花火大会の大輪が見えるとかね」

「すげえな吉田何でも出来るんだな。俺と結婚してよ」

 

 ウケを狙ったが、滑って乾燥した空気が漂う……。


「他にも、読み進めていくとSDGsや花粉症対策に伴う杉の伐採等、こちらで想定していた我社のプロモーションと被る事だらけなのでここは話し合いでWinWinになるように進めていく必要がありそうですね」

「あと――それぞれの役割の部分の話しは、個別に話し合ってもらうとして、他に気が付いた事ありますか……。特になければ、これで……」


 言いかけたその時、河瀬が割って入った。

「言い損ねちゃったんですが、私もドローンの免許持ってます。会社の指示で……」

 間を空けず航が、驚いた顔で呟いた。

「マジで。河瀬さんも持ってるの。俺も課長にお願いして取らしてもらおう」

「建築模型の部署ではきっと必要と認められないと思います」

 笑いながら吉田が答えると、皆が笑顔で賛同した。 

「それでは全体の会議は終わりにして、役割ごとに分かれて打ち合わせしますか」

「課長に報告もあるので意匠設計に戻りますね」

 河瀬が退席し、それから、航と小林が二人で、後の三人がそれぞれに明日の会議に向けての準備に時間を費やした。


 翌日、皆で予定通りに集合し、すべてのToDo項目のスケジュールを確認し、書類に落とし込み共有した。

 次に市との事実上の初回打ち合わせの日程調整に進んだ。


「五島さん。先方と調整してくれる」

「では、取りあえず連絡しますね」

 既に短縮登録してあるビジネスフォンのボタンを押す。

 役所でもナンバーディスプレイに表示されていたらしく、越智係長が少し緊張気味なトーンで電話を受けた。

「越智でございます。お電話ありがとうございます」 

「プロジェクトチームの五島です。先日はお忙しいところ弊社まで足をお運び頂きありがとうございます。早速ですが、次回のお打ち合わせの日程の件ですが、どう致しましょうか」

「課長と相談してすぐ折り返しますので、少し時間頂けますか」

「では、御連絡お待ちしております。あの、課長さんにはこちらからお伺い致します旨をお伝えください」

 

 丁寧に電話を切ると、直ぐに折り返しの連絡が入った。

 

「先程はご連絡ありがとうございます。先ず、課長に確認したところ、ご迷惑でなければこちらからお伺いさせて頂きたいとの意向でした。日程に関してもご指示通りに訪問させて頂きますと事なので、ご指定下さい」

 へりくだった感じの言い回しで伝えてきた。

「では、場所は弊社で、早い方が良いですよね……来週の火曜日の午後二時でどうでしょうか?」

「結構でございます。宜しくお願い致します」

「では来週、宜しくお願い致します」

 

 結果を受け小林が航の肩に手を掛け。

「いよいよ本格的に来週から始まりますね」

「そうですね」

 内に秘めた闘志を隠しながら、どこか冷静な佇まいで答えた。


 その夜の「見来」は、山の中でドローンを高速で飛ばし、次々と木の間をすり抜けタイムを競っている、スリル満点の楽しい映像だった。

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