見十五来

 翌週の火曜日の午後一時、予定通りにRoom314での事実上の初回ミーテイングが始まった。


 部屋には楕円形の大きな十人用の会議用テーブルが置かれ、五十インチ程のモニターがテーブルに座るみんなから見える位置に設置されていた。

 特に席が決まっていないので、それぞれが座った席で自身のパソコンを開き自由に仕事をする感じになっている。


 このプロジェクトが終了するまで部屋に常駐する予定の五島がみんなを迎え入れた。

 各席に「Room314」とお洒落な文字の見出しのペーパーが置かれていて、Wi-FiのSSIDとパスワードが明記してあり、部屋内の取り扱い説明書的な内容が詳細に分かりやすく記載してあった。

 それを見ただけで、皆が五島の気配りと繊細な頭の良さを感じ取っていた。


 課長を除く六名が揃い、挨拶代わりの談笑を一通り済ませた所で、五島が切り出した。

「皆さんお疲れ様です。これから先、二日酔いでない限りいつでも私はここにいますので、何でも言って下さい。羽美さん――。一人で不安になったらすぐ連絡しますから来てくださいね」

 少し不安な表情で投げかけると、即座に羽美が頷き反応した。

「時間がある限り、この部屋に詰めますから……と言うかここで本業の仕事もさせてもらいますから」

「ほんと、お願いしますね羽美さん」

 胸の前で手のひらを向け、左右に勢いよく振りながら全身で同意を求めた。

 

「それから、羽美さんだけ皆さんと会社名が違う名刺になってしまうので、このプロジェクトチーム専用の名刺も作っておきました」

 由樹がちょっと自慢げに、みんなにそれぞれの名前の入った名刺を自信ありげな感じの顔つきで配った。


「表には、名称をプロジェクトチーム。肩書はメンバー。もちろん志山さんはリーダーですけど……。後はそれぞれの氏名と頂いた名刺の情報を書き込んでおきました。裏には、少し遊び心でプレゼンのテーマの~世界中の笑顔のたまり場プロジェクト~Room314と書かせて頂きました。もしかするとRoom314の意味を色々聞かれて面倒になるかもしれませんが、そこは話の種に使っていただければいいかなと思っています」


 名刺を受け取った羽美が、大喜びで由樹に駆け寄りハグ。

「実はこのプロジェクト専用の名刺欲しかったんですけど、自分から言うのもおかしいと思って躊躇してたんです。ほんと嬉しいです」


「ほんと流石だね五島さん仕事早いよね」……「センス抜群だよね」と皆が口々に喜びを表現した。

 

 皆が五島に感謝する中、吉田がちょっと斬新な提案をした。

「皆さんも気づいたかと思うのですが、廊下の扉にプロジェクトルームと書いてありましたが、どこかに「Room314」と書きたいですよね……そこで考えたんですが、ただ単に書いても詰まらないので、ちょうど七文字なので一人が一文字ずつ、大きさも、もちろん字体も自由にそれぞれの思いを込めて書いたシールを室内の好きなところに貼り付けてみてはどうでしょうか……あの……隠れミッキーみたいな感じで……」


「それ面白いよ。やりましょうよ」

 何故か最年長の小林が目を輝かせて即座に反応した。


 追随するように皆が盛り上がり、既に誰がどの文字を書くかに話が進んでいた。

「誰がどの文字書く? どうやって決めようか? 何か自分に縁がある文字とか、イニシャル? 好きな文字とか……?」

 言い出しっぺの吉田が問いかけた。

 暫く皆が考えを巡るしている中、小林が投げかけた。

「先ずはリーダーが一文字決めて下さいよ」

「あの……字をずっと見てたら浮かんで来たんだけど『1』が良いと思うんですよね……もちろんカウンターの長さで1番を目指している1でもあるんですけど、『314』って三と四にまたがってるじゃないですか……なんか自分の名前の志山航シサンワタルに置き換えると4と3を渡っている1が見えたんですよね」


 そのとんでもない発想力に一同がビックリした表情を浮かべ、暫くの沈黙の後。

 リーダーは「1」で決まりですと皆が同意した。


 それからの文字決めは、女子二人が、WOMANの頭のWOから同じ思いで頑張りましょうの意味を込めて小文字の二つのoを希望する。

 小林さんが、基本ドMなんでmでお願いしますと笑いを誘った。

 残りの文字は航を両サイドから支える意味で河瀬が3に最後の4を吉田が引き受けた。頭の大文字のRは課長にお願いした。


 それぞれが、それぞれの想いを抱きながら自身の書いた一文字を想いの場所に貼り付けた。

 みんなが航の一文字に注目していた。

 プレゼンの中のカウンターの裏が印象的だったので、きっとテーブルの下に貼るんではないかと皆が思っていた。

 

 皆の視線が集まる中、書きあがった文字のシールを片手に持ち。

「みんなで一緒に貼ろうか」

 航が皆に声を掛け、出入り口の扉を開ける。


 皆が廊下に出て航の手元に注目する中、航がシールの裏紙をめくり、プロジェクトルームと書いてある扉の文字の上の部分に少し手書きで歪んだ「」の文字を貼り付けた。

 

 その光景を見たチーム六人が、それぞれの想いを秘めながら、「」を通じて無言で笑顔を浮かべ気持ちを一つにした。

 

 いよいよ、本格的にプロジェクトルームが始動した。

 航が予想? 期待していた通り、吉田が今後のシュミレーションを書類に落とし込んでいた。

 

「こんな感じで考えてみたんですが……」

 ペーパーを配りながら説明をし始める。


「先ず今回のプロジェクトの使命は、一言でいうと最優秀賞を頂いた企画をどう実現していくかのにつきます。もちろん、現実に如何に川崎を象徴するランドマークホテルの中に、意匠が意図するデザイン通りに表現できるかが最大の課題とは思いますが、もう一つのミッションがこの一連の作業を記録し、如何に自社の宣伝に結び付けていくかも重要な課題だと考えています。そもそも、ただ作るだけであるならば、本来の部署で淡々と作業を進めていけばいいはずですので、このプロジェクト自体の存在価値がありません。ですから、この企画を実現するまでの過程が非常に重要になると考えています」


 吉田の説明に皆が少し困惑した表情を浮かべ、暫くの間考えに耽っていた。


「吉田の言う通り、考えたらこのプロジェクトを特別に組む必要ないよね……今から上に考え直してもらってこのチーム解散した方がいんじゃない……まだ間に合うんじゃないの?」

 責任逃れしたい下心見え見えの言葉を航が吐いた。 

「えんしゅうの気持ちは手に取るように分かるんだけど……実は営業の勘なんだけど……このプロジェクト結構重いよ。何ていうか……もうシナリオの一部に入ってるような気がするんだよね……」

「それって、どういう事? 物語がもう決まってるって事?」

「全体的な事がね……」


 吉田が笑いながら続ける。

「このメンバーなんで本音で話しますけど、営業の職場にいると本当か嘘かは分からないけど色々な話が入ってくるんだよね。で、今回の話で様々な動きがある事だけは間違いないと確信してるんだ。もちろん本当の事は分からないけど。ただ、以前にえんしゅうに言ったと思うんだけどパイプの太さで決まるって……」

「言ってたよね吉田……パイプの太さって……正直何の意味か分からなかったけど……」


 

 真剣な顔で言い切った。



 ……航はその太いパイプがまさか自分と武さんとは夢にも思っていない。



「まあ、そういう事でこのプロジェクトは解散できませんので今後ともよろしく

 お願いいたします」

 吉田が場の雰囲気を変える様に皆に視線を送った。

「で、え――と……計画の説明しますね。後で意見聞きますのでたたき台だと思って聞いてください。実際の調査から運搬までのスケジュール感と事前準備項目、調査段階でのドローン活用とその意味、記録を兼ねた広告の狙いとユーチューブの活用、SDGs活動の中での弊社の役割、国の進める花粉症対策の杉伐採との連携、川で重量物を運搬する歴史の伝承……等々」

 このプロジェクトから派生しそうな様々な事柄と効果に言及した。


「これ以外にも、みんなが進めていく中で気付く事があると思うので、その都度検討していけばいいんじゃないかと考えてますが……先ずは、実際の調査なんですが小林さんに現在の状況を是非お伺いしたいのですが、どうでしょうか?」

「実はリーダーには、前回の親睦会で直接説明したんですが、現在いくつかの候補に絞ってコスト計算を進めてます。コストだけを考えれば当然、輸送距離が短い方が単純に安く抑えられますが、先ほどの吉田さんの話しにあった広告宣伝の側面からも検証が必要かもしれませんね。輸送手段は陸路は難しいのでヘリコプターで平地まで輸送し、その後は河川と海上輸送になると思います」

 端的に明確な意見を述べた。


「そういう事で必然的に、リーダーと小林さんに、現実の杉の大木の調査から運搬までの事をお願いする事にして。意匠と施工絡みの事は当然河瀬さんと上杉課長にお任せする事になるので、私と羽美さん……え――とすみません。選考会からの仲間なので、みんな羽美さんと呼んでたんで……」

 透かさず小林が口を挟んだ。

「このチームの中でも羽美さんでいいんじゃないの……」

「羽美さんにしましょうよ」

 同意するように五島もにこやかにほほ笑んだ。

「では、このチーム内でも羽美さんでお願いします」

「続きになりますが、私と羽美さんで如何に自社宣伝に結び付けていけるか多角的に検証したいと思ってます。で、五島さんにはこのチームの要として、みんなの動きを掌握してもらって全てに対してのサポート役をお願いしたいと思っています」

「承知しました。ところで皆さんの動きをどの様に伝達しましょうか?」

「情報の性格によって使い分けしましょうか……緊急性のある事柄や重要性がある情報はグループLINEで伝えるとして、各担当の進捗は五島さんに集約する事として、五島さんからの発信は……? 五島さん考えて」

 笑いながら視線を送った。

「承知しました。このRoom314内では常に最新の情報が確認できるようにしておきます。もちろん、情報の内容を勘案して必要と判断した場合は皆さんにメールにて情報提供します」


 一連のやり取りを聞いていた航は、みんな頭の回転異常に早いな。俺、ついていけないと正直思っていたが表情を読み取られない様に、顔の筋肉に意識を集中していた。


「本当に恐縮なんですが……」

 羽美が話し出す。

「あの……私は下の名前で、五島さんでいいんでしょうか? ごめんなさい本題外れちゃって……」

「そうだよね」と吉田が笑いかけると……「そうじゃん」と航も追随した。

 吉田が透かさず問いかけた。

「五島さん下の名前なんだっけ」

「自由の下の由に、樹木の上の樹と書いて由樹ゆきと書きます」

「では、これから先は皆さんこのチーム内では由樹ゆきさんでお願いします」

 少し目じりを下げ穏やかな顔つきで伝えた。


「ということで、先ずは項目別の大まかなスケジュールを全体で共有したいと思っています。で、今週はその作業を担当別に進めて頂きたいと考えてますが、どうでしょうか?」

「異議なし」……「了解です」と口々に反応した。

「では、これからそれぞれ揉んで貰って、今週の金曜日の午後一時の集合でも構わないですかね?」


 皆が了承して、それぞれが自身の前向きな想いを内に秘め、準備へと動き出した。


 その夜の「見来」は、会社のどこかに隠されているトランプのハートのエースを、みんなとずっと探している、何とも言いようのない小学生の頃の気持ちが蘇って来た感じの爽やかな映像だった。

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