見十四来

 親睦会を兼ねた、初めてのミーテイングが始まった。


 幹事の吉田が予約した店は、本社から歩いても行ける距離で、掘りごたつ式のテーブルの個室がある、少しお洒落な感じの海鮮居酒屋だった。


 出席者全員に店のMAPを貼り付け、予約名吉田で訪ねて来てくださいとメールしていた。


 待ち合わせの六時前から、航と吉田が店の個室で待機していた。

 まず女子二人が入ってきた。楽し気に声を掛けてきた。

「ちょうど店の前で五島さんと一緒になりました……」


 続いて小林さんが、「ここですよね」と部屋を確かめる様に、笑いながら襖を開けてきた。

 

「みんな揃うまで襖開けとこうね」

 透かさず、吉田が部屋の中の様子が見える様に開放した。


 続けて河瀬が入ってきた。

「上杉課長から少し遅れるので先に初めて下さいとの伝言です」

 伝えると否や瞬時に、羽美が「河瀬さん」。

 興奮した様子で、まるでハグするかのような勢いで接近し手を握った。


 羽美が席を決める様に、入り口側の三席の真ん中に座り、両隣に五島と河瀬が座った。

 反対側の三席には真ん中に航が、両脇に吉田と小林さんが座り落ち着いた。


「課長は少し遅れるので、先に初めてとの事なので飲み物注文しましょう。つまみ系はコースだと面白くないので、事前にこの店の看板メニューをある程度頼んであるので、後は好きなものを注文してください」

 吉田が、普段から営業で接待慣れしているからなのか、細かい気配りを披露する。


「五島さんお酒飲めるの?」

 羽美が探るように切り出した。

「実はお酒好きで、毎日一人で晩酌してるんです」

「私も大好きなんです。絶対気が合うと思うのでこれからホントお願いします」

「取りあえずの乾杯のお酒はどうする?」

「生ビールで良いんじゃないですか……」

「そうよね。私も生にする」

「生ビールでお願いします――」

 ハモるように二人で元気にオーダーした。

「じゃあみんな一番搾りの生ビールで良いですか?」

 吉田が声を張って確認し、乾杯用のドリンクを注文する。


 飲み物がテーブルに揃い、吉田が乾杯の挨拶を航に投げかけた。

 航は今回の状況では、乾杯の挨拶をすることになると想像していたので、事前に挨拶の練習をしていた。


「お疲れ様です。少し自分の事を理解して頂いた方が、今後皆さんと上手くやっていけると思うので、話をさせて頂きたいのですが、今回のプロジェクトのリーダーと社長から言われて、重圧で本気に会社を辞めようかと思ったのですが、選考会でみんなに支えられて最優秀賞を頂いたその過程の中で、今までに感じたことがないような想いが巡りました。そもそも人見知りが酷く、人とのコミュニケーション能力が低いので今の仕事を選んだぐらいなんです。ですから、このチームのリーダーとしての役割を果たせるとは到底思えませんが、選考会でみんなに支えられ感じた想いを、もう一度感じてみたいと今は思っています」

 正直に誠実に思いの丈を伝え終えると。

「なので、リーダーシップは吉田がとりますので宜しくお願いします」

 お茶らけてみせ笑いを誘いながら。

「では、プロジェクトの成功を祈念して。乾杯」

 高らかに声を発した。

 皆がにこやかに「」と声を掛け合い、グラスを重ねる。


 吉田が席を立ち、既に頼んである料理の声掛けをした。

 次々と運ばれてくる料理を食しながら、飲み物のお替りを次々と注文し会話が盛り上がる。

「遅れてごめん」

 少し肩を窄めながら、恐縮そうな感じの姿勢で上杉課長が部屋に入ってきた。

「課長の席はこちらです」

 航が楽し気に席を立ち、お誕生日席に丁寧に誘導した。

「ここはリーダーが座るんじゃないの」

 笑みを浮かべながらお誕生日席に着座した。


 上杉課長の飲み物が届き、航が改めて乾杯しましょうと声を掛ける。

――」

 

 ……正式に七名でのチームのスタートを切った。

 

「もうみんなフランクに楽しませて頂いてます。みんなが酔わないうちに課長から一言頂けますか」

 吉田が上杉課長に、営業らしいそつのない気配りを見せる。

「すみません。課長からお話があります」

 吉田が注目を促した。


「改めてお疲れ様です。志山の企画がとんでもない事になり実は自分も本当に驚いているのですが、川崎に本社を置く我が社にとって、これほど名誉ある事業に携われることはこれまでなかったと思います。ここまで来たら最高の空間を作り上げたいと本気で今思っています。意匠目線では、志山しか知らないカウンターの裏側以外はイメージがほぼ出来上がっていますので、問題ないと思ってるのですが、一番の課題は今回のメインとなる五十メートルからなる杉の大木を川崎までどの様にして運ぶかだと思います。なので、意匠設計と施工との調整に関わることは自分と河瀬に任せて頂き、後の五人で川崎まで大木を運ぶミッションに集中して頂きたいと考えてます。もちろん、予算はキープしたので定期的に報告会を兼ねたこの飲み会は開催したいと思いますので、これからもよろしくお願いします」

 と笑顔で話を終えた。


 羽美が少し目を潤ませて、感動した顔つきで「ありがとうございます」と小声で呟き、拍手を送る。


 皆も続ける様に拍手を繋げた。

 五島が羽美に体を摺り寄せ、真剣な顔つきで訴え掛ける。

「何か凄い気合い入ってきました。羽美さん絶対成功させましょうね」

「私、五島さんの指示通り動きますから何でも言って下さいね」

 湧き上がる感情を剝き出しに二人で盛り上がった。

 

「えんしゅう。ここのメンバーだけにはカウンターの裏側の景色、教えてもいいんじゃないの」

 場の雰囲気を読み、吉田が盛り上げる様に問いかけると……。

 暫く間を置き航が話し出した。

 

「正直に話すけど、見えてたのか……見えていなかったのか……なんて説明したら分かってもらえるかな……自分でも消化できてないんだよね」

 少しばかり困った顔つきをして、肩を少し傾け上目づかいで天井を見つめる。


「何か、まだ本当の事は分からない方が神秘的で、これから先の楽しみにもなるから、良いんじゃないですか……」

 最年長の小林が会話に参加してきた。

「小林さんが言う通りですよね……では実際の景色を観るためにも是非みんなで成功させましょう」

 吉田がにこやかに話しかける。


「意識無くなるといけないので、第一回目……今日が一回目なら二回目かな……実際の事務局での……。そうだ! 何かせっかくだから、このプロジェクトチームの事務局じゃつまらないからニックネームつけない」

 航が提案する。


 羽美と五島が「」と声を合わせた。

「じゃあ、えんしゅうは、三(さん)じゃないルームとか」……。

 吉田が大喜利感覚のノリで話を盛り上げ始めた。

「それだったら十二部屋がいいんじゃないか」

 上杉課長が囁くと。

 すかさず吉田がオチが分かっているように「その心は……」と投げ返す。

「しさんじゅうに! ……もう黙ります」

 反省するようにうな垂れ、笑いを誘った。

「小林さん。どうですか?」

 吉田が振ると。

「もう頭が固いから、若い方で決めてくださいよ」

 笑って返す。


 何か思いついたのか、楽し気な顔で五島が提案した。

「さっき円周率の話も出て、志山さんに縁があるようなのと、覚えやすいので『Room314さんいちよん』っていうのはどうでしょうか」

「いいですね」…………「いいんじゃない」と皆が同意の声を上げ、事務局の名前がRoom314に決定した。

 

「では、改めてRoom314での初回打ち合わせをいつにするか決めて、飲みに徹したいと思うのですがどうしましょうか?」

 航が投げかけると五島が即座に反応した。

「月曜日に課長と現場で打ち合わせして、準備しておきますので、火曜日以降ならいつでもOKです」

「では、火曜日の午後一時でも構いませんか?」

「自分も必要な時は参加するけど、基本河瀬だけで構わないよな」

 上杉課長が投げかけると一同が同意し、予定が決まった。

「では、話はそれから始めるとして、今日は親睦深めましょう」

 皆がテンション高めで一斉にグラスを持ち上げた。


  暫く、みんなで他愛もない話をしていたが、少しずつ羽美と五島が二人で懇親を深めていき、吉田と課長と河瀬が過去に扱った案件の話で盛り上がる。


 航と小林は、真剣に杉の話をし始める。

「選考会のプレゼン拝見したんですが、リーダーは杉の事詳しいんですね」

 小林が問いかけ、対話が始まった。

「実は大学のゼミが日本の木の研究がテーマだったんですよね。それで、それなりの知識があるんですよ」

「それで、リーダーのプレゼンに説得力があったんですね」

「普段建築模型ばっか作っているので、木材の事なんて全く気にしてなかったんですが、まさかこんな所で生きるとは思わなかったですよ」

「で、本題になるんですけど、どの地域での伐採をお考えですか?」

「正直、地域的なこだわりはないのでノープランです」

「では、そこはうちの部で検討しますね」

「ただ、南に行けばいくらでも五十メートル級の杉はあると思うのですが、問題は伐採と運搬作業ですよね」

「そうですよね。実は以前から部長に今回の計画を想定して準備しておくようにと言われてまして、いくつかの候補に絞って実際に調査を始めて、コスト計算までしてますので、その中から選択したいと考えてるんですよ」

「そうなんですか。やっぱり陸上の輸送は厳しいですよね」

「多分無理ですね。海上輸送になると思いますね」

「まあ、そこも含めて小林さんにお任せしますので宜しくお願いします」

 愚直に頭を下げる。

「お替り何にしますか?」

 話しを切り替えるタイミングの合図の様に、先輩の次の飲み物を気づかった。

「実はビール党なんですよ。この店クラフトビールあるじゃないですか。それ頼んでもいいですかね?」

「全然構わないですよ。じゃあ、自分も同じものにしますよ」

「じゃあ、インドの青鬼にしようかな」

「じゃあ、それ二つ頼んじゃいますね」

 店員を呼ぶベルを押す。


 注文を頼む航の背中を見ながら、小林は一連の会話を一先ず終え、直属の部長から内々に指示のあった秦野プランに舵が切れる事に安堵していた。


 得意のいつもの癖で、酒を飲むと気が大きくなり饒舌になる航が現れだした。

「皆さん飲んでますか……ルーム314にとって記念すべき日ですから楽しんで下さいね」

 盛り上げ全開モードに入った。


 タガが外れたのか女性二人にも話しかけ始めた。

「羽美さん、五島さん。お酒結構いけるんですね。これから宜しくお願いします」

 グラスを肩の上まで持ち上げ笑顔を振りまいた。

 二人とも笑顔で「リーダー宜しくお願いします」……「リーダー絶対成功させましょうね」とグラスを差し出した。

「今日から私は五島さんの部下ですから宜しくお願いします。齢は随分上ですけど」

 羽美も、ほろ酔い宴会モードの乗りで場を盛り上げる。

「羽美さんの本当の年齢は知りませんが――これからもよろしくお願いします」

 もう酔っ払っているのか、少し呂律もおぼつかなかった。


 その後も親睦を深め、みんなの距離も縮まり、このプロジェクトの成功を誓い、和やかな雰囲気の中で親睦会を終えた。


 その夜の「見来」は、バナナボートで楽しむかのように、Room314と刻まれた丸太に、メンバー七人がまたがってジェットコースター並みの速さで川を下っていくスリル満点の楽しい映像だった。

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