見十三来
航の会社にとっても、今回の決定は想定以上のビックニュースになった。
市との契約を交わしたその日、航が屋敷課長と社長室に呼ばれた。
「きっと金一封出るんじゃないかな?」
エレベーターの中で課長から言われ少しだけ期待して社長室に入った。
すでに社長室では白髪で長身の松崎専務と意匠設計部の小柳部長が既に控えていた。
「君が志山君か。君のプレゼンのお陰で市との契約が成立した。ご苦労様。度胸もあるし、知識も豊富だし、リーダータイプだな君は」
社長から褒めちぎられる。
続けて屋敷課長に命令した。
「君の所にはいい若手がいるじゃないか、彼を今度のプロジェクトリーダーにしてチーム編成考えてな。後は松崎(専務)に一任してあるから宜しくな」
同席していた松崎専務が優しい顔で微笑みながら「早速打ち合わせしようか」と社長に挨拶し全員退出した。
航。金一封どころかまさかの展開に
小柳部長が既に予約していた共用会議室で、四者にてプロジェクトチームのメンバー選出が始まった。
松崎専務から問いかけられる。
「志山リーダー。メンバーどうしようか」
既にリーダーになっている現実を受け止められない航だった。
「専務のご意見を頂戴したうえで、色々と考えてみたいと思いますが」
一度ボールを返す。
「まず、構成を考える必要があるよね」
いつもの優しい語り口で話し始める。
「今回のプロジェクトは、ホテル全体の共用部の意匠設計と施工をうちで受注できた訳だけど、その中のメインとなる志山君の最優秀企画を具現化する事がミッションなので、まず全体の意匠との調整役が一人必要だね。そこは、部長に選任して頂くとして、このプロジェクトに意匠からもう一人は必要じゃないかな?」
小柳部長に投げかけた。
「今回のプレゼン動画に参加した上杉課長と河瀬が適任かと思いますがいかがでしょうか」
「リーダーどう?」
航に確認する様に目をやった。
「もちろん、気心も知れてますし、ありがたいです」
本心からそう思っていた。
「じゃあ、その方向で部長お願いします」
書類に一度目を落とす。
「後は、今回の企画のメインである杉の選別から運搬までの一連の作業のサポートが必要だな……」
航の反応を伺った。
「よろしくお願いします」
「ではそこのメンバーはどうしようか?」
皆を見回し投げかけた。
少しの沈黙が続いた後、小柳部長が間を嫌うように発言した。
「そこはみんな分からないと思いますから、専務にお任せ致します」
「あの――」と、航が口を開き問いかけた。
「そこの選任は専務にお願いしたいのですが、今回のプレゼンに協力してくれた営業二課の吉田とピュアハウスの出川さんもメンバーに入れられないでしょうか……」
専務が笑いながら小柳部長に投げかけた。
「そうだよな。今回吉田も大活躍と聞いてたから入れないと怒っちゃうよな。あと、もう一人の出川さんって連名でお願いした人だっけ……」
「そうです。長年下請けをして頂いてる会社の方です」
「では、そこはリーダーの決裁で結構です」
航の意見を承諾した。
「あとは、杉のプランのサポートに関しては資材調達と総務があと必要だろうから、各部署と調整し私の方で選任しますが、何しろ今回のプロジェクトは我が社の一大事業になる事は間違いないので気合い入れて頑張りましょう」
いつも通りの柔和な笑顔で皆に話しかけた。
プロジェクトメンバーでの初めての顔合わせの日がやってきた。
使用する共用会議室の準備を手伝ってもらう為に、吉田に少し早めに来るように頼んであった。
「そもそもプレゼンは吉田がするはずだったでしょ。何で俺がリーダーなの? 吉田変わってよ」
「無理に決まってるじゃん。社長が決めたんだよ。それに俺なんか顔も知らないよ……。あ――コロナでよかった。腹決めるしかないね。まあ何でも手伝うから、最強のサポーターがついてるから頑張ろうよバディ」
吉田が笑いながら、ふざけながら元気付ける。
「俺もう緊張してるから、今日の仕切りは吉田お願いね」
既に弱気モードで懇願した。
「わかった。まあ、今日は顔合わせと大まかな今後の進め方を決めるぐらいだろうから流れに任せて適当にやるよ。そういえば、今回のプロジェクトに羽美さんも参加するんだって……俺のところに羽美さんから本当にいいんでしょうかってメール入ってたよ」
いきなり自分のツボにはまった様な感じで爆笑しながら。
「今回のプロジェクトチームのえんしゅうリーダーが専務に懇願して一任を取り付けたので辞退はできないと思いますって返しといたから……だってほんとの事でしょ」
「あのね下心はないから……ほんと人見知りだから少しでも慣れた人の方が楽だからさ――」
丁度その時、定刻よりも随分と早く羽美が現れた。
「おはようございます。部屋の中を覗いたらお二人が見えたので……」
相変わらずの美貌で笑顔を振りまいた。
「おはようございます。久しぶりだね」
航も吉田も再会を喜んだ。
「私、本当に光栄です。また皆さんと一緒に仕事ができること実は本当に楽しみにしてたんです」
ピュアアイ全開の挨拶に二人とも心を持っていかれた。
「何しろ連名での最優秀企画なんですから、臆することなく参加してください」
リーダーらしい言葉を返せた自分に、
少しの間、三人で選考会の当日のドタバタを回想し盛り上がっていた。
そんな中、定刻よりも早めに次々とメンバーが会議室にやってきた。
松崎専務からは選任した社員の情報は聞かされていなかったので、誰が来るか、期待と不安な気持ちで待機していた。
先ずは最初に、総務部から入社三年目の総合職の女子社員が現れ、元気に挨拶してきた。
「おはようございます。五島由樹です。よろしくお願いします」
次に資材調達部の一般職のベテラン社員が現れ、大人しめの感じで挨拶した。
「小林勇一と申します。専務からここに行くようにとの指示で来ました。宜しくお願い致します」
時同じく、意匠設計部の上杉課長と河瀬さんが「おはようございます」と入ってきた。
上杉課長が場を仕切るように投げかけた。
「志山リーダー。ピュアさんもいるし今後メールのやり取りもあるだろうから全員で名刺交換したら」
「そうですね。そうしましょう」
即答しながら、リーダーと呼ばれた事に益々重圧を感じていた。
以前からの知り合い以外は、皆名刺交換を始めた。
名刺交換も終わりを見計るかのように松崎専務と小柳部長が入ってきた。
全員が起立し「おはようございます」と挨拶した。
上杉課長が専務と部長に告げた。
「一通り個別の自己紹介は終わっています」
松崎専務が冒頭の話しを始めた。
「みんな座って。俺も座りながら話すから」
場を和ませるような感じの空気感を作った。
「改めておはようございます。今回のプロジェクトは本当に我が社にとって一大事業です。気合い入れて取り組んで貰いたいと思ってます。この企画の立役者の志山リーダーをみんなで支えて、是非成功に導いてほしいと思っています」
この時航は、この流れでの抱負をお願いします的な感じでの挨拶をする事にビビっていた。
「これからは、ここにいるピュアハウス設計さんも含めた七名でプロジェクト進めてもらうことになります。もちろん、困ったことがあれば私か小柳部長に何でも相談してください。会社一丸でバックアップしますので……」
話を終え部長にバトンを渡した。
「いま専務から話があったように今回の事業は我が社にとってビックチャンスです。困ったことがあれば、本当にどの様な事柄でも相談してください。今回のホテル案件には、意匠設計部、総力上げて取り組みますので宜しくお願いします」
真剣な顔つきで皆に頭を下げた。皆も一同頭を下げ返す。
「既に一通り皆で挨拶したようですが、改めてプロジェクトのメンバー紹介します。先ずはこのプロジェクトリーダーの建築模型課の志山さん。うちの課の上杉課長。今回はこのプロジェクトとのつなぎ役になります。同じくうちの課のプレゼン動画の指揮を執った河瀬さん。リーダーと一緒に企画立案に携わった営業二課の吉田さん」
それぞれが紹介されるとその場で立ち上がり頭を下げた。
「上杉課長。ピュアハウスさんは課長が紹介して」
「今回の企画を連名にて提出したピュアハウス設計事務所の出川専務です」
「ピュアハウス設計事務所の出川です。宜しくお願い致します」
立ち上がり、両手を丁寧に組み深々とお辞儀をした。
続けて松崎専務が後の二人の事を紹介する。
「先ず、資材調達部の小林さん」
小林がその場で立って頭を下げる。
「総務部の部長にお願いして、このプロジェクトに専任できる人推薦して欲しいとお願いしたところ、次代のエースを送りますと部長が言ってました。五島さんです」
「五島です。よろしくお願いいたします」
「部長からこのプロジェクトが終了するまで専任で業務に携わるように命を受けました。私に出来ることは全力で取り組みますので何なりとお申し付けください」
立ち上がり頭を下げる。才女らしさを醸し出した。
「そういう事で五島さんに専任してもらう為もあるんだけど、実際にはここのメンバー全員専任にこれからなると思うので、このプロジェクト専用の部屋を意匠設計部の中の一室を改造して準備してます。いつから使えそう?」
小柳部長に問いかけた。
「今週中には準備出来ますので、来週の月曜から使えそうです」
「室内の備品も用意できそうなの」
「コピー機以外は全て揃う予定です。で、良いんだよな上杉」
課長に目を向けた。
「大物備品は用意してあります。細かい備品に関して必要なものは、五島さん購入お願いします」
「承知致しました。ところで決裁と仮払いに関してはどの様にすればよろしいでしょうか」
実務的な話を具体的に指摘してきた。
やり取りを聞いていた小柳部長が答える。
「決裁は上杉でいいよ。最終的に俺が決裁するから安心していいよ」
「では、出納簿関係は上杉課長との管理で良いですね」
再確認するように投げかけた。
「二人で管理しましょう。で、ここのチームの親睦会費はどのぐらいの予算頂けますでしょうか?」
これぞとばかりに含み笑顔で切り出した。
「課長の判断に任せるけど、常識の範囲でな」
小柳部長が笑いながら答える。
「部長の決裁が難しければ直接自分に持ってくれば社長の決裁もらうから」
松崎専務が笑って続ける。
「これからの段取りに関しては、この後チーム七人で打ち合わせして下さい」
和やかな雰囲気のまま、専務と部長が退席した。
航は内心みんなの前で、リーダー就任の抱負発表的な挨拶をこれでしなくて済むことにひたすら安堵していた。
二人が去った後、上杉課長が話しを始めた。
「では、この七人でのチーム編成に決まりましたので、まず親睦を兼ねた飲み会を開きたいのですが皆さん如何でしょうか」
みんなを見回しながら同意を求めた。
「いいですね」「賛成です」とそれぞれに同意の意思表示をした。
「じゃあ。明後日でどうでしょうか? 都合悪い方遠慮なく言って下さい」
「小林さんも平気ですか」
最年長に気を遣うように話しかけた。
「基本的に酒好きですから」
今まで維持していた硬い表情を崩した。
「では、時間は明後日の六時で良いですかね……場所は吉田営業だから色々知ってるだろう……」
「了解です。セット終わり次第皆さんに時間と場所、幹事名連絡します」
場慣れした感じで答えた。
「あとは、月曜日からこのチームの部屋を使えるので、五島さんと打ち合わせしましょうか……。十時に自分を訪ねて来てくれますか部屋を案内しますから、そこで足りないもの一緒にピックアップしましょう」
優しく話しかけ、五島の了解を得る。
「勝手に決めちゃったけど、リーダー初回の打ち合わせは明後日の飲み会で良いですか?」
「もちろん問題ないです。課長ありがとうございます。飲みながらフランクに話した方がありがたいです」
「では、そういう事で明後日の初回親睦会よろしくお願いします。本日はお疲れ様でした」
最後はリーダーらしく航が締めて会議を終えた。
会議室から、皆がそれぞれに頭を下げ挨拶しながら退出していった。
そんな中、羽美が航に頼ってきた。
「明後日楽しみです。私お酒、父には内緒なんですが本当は大好きなんです。でも、酔っ払うと失礼な事言いそうなので、志山さんフォローしてくださいね」
「了解です。……でも俺の方が先にハチャメチャになるだろうから、フォローするどころか逆にフォローお願いします」
満面な笑みで返した。
「では、お互い飲みすぎない様に注意しましょうね」
笑いながら頭を下げ去っていった。
その夜、あまりにも自分の身の丈を越えた状況におかれ、何かの理由でプロジェクトが無くなり以前の平凡な日常に戻ることを願い「見来」に期待するが……。
実際の「見来」は、燦燦と輝く太陽の下、山林で青空に高々とそびえ立つ巨木を地面から見上げながら、大学のゼミの仲間たちと、木の香りと昆虫の話題で盛り上がっている楽しい映像だった。
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