見十二来

 一週間後、今回の選考会の表彰式が市役所内で開催され、表彰者を集め、冒頭福井市長が挨拶をした。

「様々なご提案、そして選考会での発表、皆さん本当にお疲れ様でした」

 いつもの様に柔和な笑顔で参加者を労った。

「ここにお集まりして頂きました皆さんのご提案を、この川崎のまさしくシンボルとなるホテルに如何に反映させていけるか、今後 様々な角度から検証し、出来る限り実現していけるようにと考えております。今日は皆様に謝意を示す意味で表彰状を贈呈したいと思います」


 粛々と表彰式が始まった。

 

 一般市民からの声として選ばれた提案や、今回のコンテストでの表彰者、約二十組ほどの個人、団体が対象だった。


 司会者から順番に呼び出され、次々と壇上に上がり表彰状を受け取り、賞状を胸の前に掲げ市長と記念撮影をした。

 団体での登壇は三人までとの制限があったため、航と吉田と羽美が登壇した。羽美が賞状を受け取り、にこやかにみんなで記念撮影を終えた。


 表彰式を終え、会場の外で待機していた出川社長と四人で喜びを分かち合い、表彰状を中心に色々な組み合わせのバリエーションで撮影した。

 「これで、またきっとお会いする事になりそうですね……」

 皆がそれぞれの想いを抱き笑顔で別れた。


 表彰状を手にした航と吉田が会社へと向かった。

「この表彰状、最初に誰に渡したらいいのかな……」

「えんしゅうもう決まってるんじゃないの……」

 吉田は、打ち合わせ済みだと勝手に思っていた。

「打ち合わせしてないよ。どうしようか……」

「そうだな……普通会社での受賞だから社長に直接渡すんじゃないかな?」

「でも、直接社長室に持っていくの?」

 何か二人とも仰々しくなるのはやだなと思っていた。

 

 屋敷課長に聞いてみようよ。二人とも同じ思いで相談に乗ってもらった。

 やり取りの結果、今日は社長が一日不在なので秘書課に預けることで決着した。

 秘書課に預ける前に、意匠設計部をはじめお世話になった方々に、表彰状を見せながらお礼の挨拶をし、みんなで喜びを分かち合った。


 

 ……航の最優秀賞を受けて武さんが本格的に動き出した……。


 

 航の表彰式が済んだその日、武さんが祝福を兼ね笑集にやってきた。

 引き戸を開け店に入るなり、上機嫌で誠に話しかけた。

「最高だったね航君のプレゼン。大したもんだよ。大将の血を受け継いでるだけのことはあるね」

「武さんのおかげだよ。やっぱりこの前、御老体(大貫彦太郎)を奥に連れて来てくれたから上手くいったんでしょ」

 ニコニコしながらカウンター越しに話しかけた。

「まだ老いぼれても力あるね。あの人は又きっと別の場面で活躍してくれるよ。もう女は卒業したようだし、何しろ大将の鯵の南蛮漬け大好物だから。食わせるといえば何でもしてくれるよ」

 方眉を微妙に吊り上げながら笑って返した。

「航君が頑張ってくれたからやり易くなったよ。いよいよこれからは、こちらサイドの仕事だから」

 右手を少し上げ満足げな顔つきで、予約済みの奥の座敷へ入っていった。

 

 ほとんど同時に、盟友の山崎が店に入ってきた。

 いつもの様に「大将お世話になります」と軽く会釈して、武さんの待つ奥の座敷に入っていった。

 

「俺も今来たばっかだから、何も頼んでないけど取りあえず生でいいか……」

 武さんが山崎に確認し、部屋の襖を開け注文した。

「生を二つと連れがまだ来るので適当につまみ出して」


「良かったじゃん。航君の企画最優秀になって」

 山崎が座り位置を決めながら、俯いた態勢で投げかけた。

「いやほんと山のお陰だよ。御老体も藤井家を気にしないで好き勝手出来たし、港湾関係の審査員もちゃんと理解してたからな」

 審査会の様子を現場で実際に観ていた役人目線で伝えた。

「これからお土産の選別が大変だけどな……」

 おしぼりを広げ手を拭きながら、笑って返した。


「でも、ここであった時は少し弱いかなと思ってたんだけど、航君凄かったな。あの演出はなかなか出来ないよ」

 山崎から投げかけた。

「ほんとそう思うよ。凄いよな。あのプレゼンのお陰でこれからの仕掛けがほんとし易くなったよ……何しろ世界中の人が笑顔になったカウンターの裏の景色みんな観たいでしょ。これはメチャクチャ話題性あるからな」

 これからのシナリオを匂わせた。

「俺も観たいよ」

 笑ってジョッキーのビールを一気に飲み干した。


 座敷の襖を開け、お替りを頼もうとして店内を覗くと、ちょうど武さんが呼んだ連れが二人暖簾をくぐってきた。

 武さんが手招きしながら「とりあえず、生でいいか」と問いかけ二人とも恐縮そうな仕草で座敷に向かった。

 二人とすれ違うように、サンダル履きで「大将、生四つお願いします」と声を掛けた。


 さゆりが四人分の生ビールとおしぼりを部屋に運んだ。


「忙しいところ呼び出して悪いな」

 二人に声を掛けた。呼び出された二人は藪原副市長と新設される国際観光推進局の新局長に内定している後藤だった。

 山崎が場の雰囲気を和ますように、後輩に杯を促した。

「取りあえず乾杯しないとみんな飲めないから。乾杯」

「足崩していいから。お腹すいてるでしょう」

 武さんが、襖を開けさゆりに声を掛ける。

「お腹すいてるみたいだから、すぐ出来る物と鯵南蛮も食べたいし、後で笑集揚げもお願い」

 いつもの様に楽し気に注文した。


「藪は何回か俺とここで飲んだことあるけど、後藤君は始めてだよね……」

 武さんが話しかけた。

「初めてです。ここに来る間に副市長から説明は聞きましたが……」

 言葉を選びながらそつなく答えた。

「ここは、聞いたかもしれないけど添島市長時代の隠れ家的なところなんだよ。いつもここで内緒話してた訳」

 笑顔で返した。

 

 暫くの間、現在の役所の中のたわいもない雑談を交わした。

 

 後藤新局長が、いきなり正座して山崎に頭を下げた。

「山崎先輩のお陰で新局のポストを港湾局で勝ち取れました。本当にありがとうございます」

「俺、何もしてないよ。お替りいこうか。何にする」

 笑いながら話しかけた。

「遠慮なく。次はホッピーでもいいですか」

「俺も痛風気になるからホッピーにするわ」

 席を立ち襖を開けた。

「実はお礼も言いたかったんですが、山崎先輩の数々の武勇伝を聞いてたもので、ぜひ一度お会いしたいと思ってたんですよ……」

「武勇伝……俺優しいおじさんよ」

 爆笑して見せた。

 

「食べながら飲みながら聞いてほしいんだけど」

 対面に座る二人に目じりを下げながら武さんが話しかけながら、五ページほどの書類を三人に手渡した。

「これは添島案件です。よろしくお願いします」

 表紙には、「(仮)川崎市・秦野市県内連携姉妹市構想」との表題が記してあった。

 

「まず当然、添福会談(添島前市長と福井現市長の会談)で福井市長は了承済みです。その上でこの案件を処理しなくてはいけないわけですが、内容を確認して頂ければわかりますが、それほどハードルが高い物ではないので粛々と進められそうな感じです」

 言い終えると、暫く内容を確認する時間を作った。


 山崎が内容を確認しながら、「添島さん今度は知事選出馬か」と笑いながら書類の中身を目で追っていたが、現役の二人は真剣に内容を確認していた。

 

「市としての目的は、如何に今回のプロジェクトの広報活動を拡大していくか、又、それに伴って市長のメディア露出を増やすかになるので、シンプルにそこから逆算して物事を組み立てればいいわけだよね」

 主旨を説明し、書類の内容に話を進めた。


「秦野は東名川崎からは一時間圏内で、新東名開通に伴って益々便利になった上に、昨今のキャンプブームもあって丹沢に川崎都民と言われる富裕層の潜在層開拓を目論んでいるわけです。で、以前から、旧知の仲の添島さんと秦野市長がずいぶん前から話し合ってきた経緯がまず前提としてあります。その上で今回の臨海部の方向性が決まった時点から、次の仕掛けに取り掛かってきた訳です。日本の観光拠点としての立ち位置を表現するためにはどうしたらいいのか……もちろん、隣に東京横浜が、対岸にディズニーがあるので充分に観光拠点なんだけど……やはり外国人にとっては……日本人もだけど……でしょ。そこで、秦野市内の富士山がビックに見える場所に、ホテルと日本最大のグランピング施設を、書いてある通り、あの有名なアウトドアメーカーが中心になって計画が既に進んでいます。そこに川崎からのシャトル便を走らせる計画も既に動いてる訳。そこの調整を添島さんがしてきた訳です」

 

 少し説明をやめ、息をつくようにグラスに手を伸ばした。

 

「で、今回の最優秀賞の世界一の一枚板の杉のカウンターの発見、伐採、運搬、施工までの映像をドキュメンタリー化して話題提供する事で、川崎も秦野も関係する会社もみんなウィンウィンになるわけです。効果予測は書いてある通りもの凄いことになりそうです」


 一息つき。


「で、これからが本題になるわけですが。まず、今回は分かりやすく最優秀賞の会社に随意契約の流れでハレーションは起きないと思うので、そこは藪にハンドリングしてもらうとして問題ないと思うんだけど、如何に自然な感じで秦野の杉に着目させるかが一番の課題かな……」

 発言を促すように腕を組んだ。

「その長い杉って、どこに生えてるの……そもそも秦野にあるのかよ……」

 透かさず山崎が投げかけた。

「一応調べたところ、丹沢山系でも生息はしてるようだよ」

 武さんが答える。

「でも結局、その馬鹿でかい杉探すの施工会社になるんじゃないのか……」

「普通そうなるよな」

 お互い笑って顔を付き合わせた。


「食べて飲んでよ。割り勘じゃないから……これ公費」

 ちょっとした間が空き箸の動かない後輩に山崎が冗談を言って場を和ました。

 二人とも促されるように箸を進めた。


「航君の会社の根回しなら、俺がやるよ。あそこの専務とは大学の同期で今もこれ仲間だから」

 ゴルフのスイングの手ぶりをしてみせた。

「お前航君の会社のこと前から知ってたのか……」

 少し疑うように投げかけた。

「あのな。この前航君とここで話した時には、会社の名前出なかっただろう。余計な固有名詞は昔の癖で聞かない様にしてるの。身を守るためにもな」

 公務員の処世術を垣間見せた。


 武さんが笑いながら。

「後藤君は当たり前だけど航君の事は知らないよね……実は、ここの店の息子さん」

「あのプレゼンしてた若い子ですか!!」

 本当にビックリした顔で答えた。


 その本当に驚いた顔を見た三人がそれぞれに苦笑いを浮かべた。

 

「あともう一つこのプランとは離れるけど、せっかく杉をテーマにした企画なので、国が進めている杉の削減のPRと連携して、国から予算取れないかと思ってるんだけど……後藤君少しシナリオ考えてよ……」

 気さくな感じで投げ掛けた。

「承知いたしました。早急に揉んでみます」


 一通りの説明が終わり、皆が書類を鞄にしまい暫くの間、飲み食いを楽しんだ。


 さゆりが「お連れ様です」と言いながら襖を開ける。

「邪魔するね」と笑いながら、裏口からそっと入ってきた添島前市長が突然現れた。


 武さん以外の皆は、まさか前市長が来ると思っていなかったので驚きを隠せない顔をしてその場で立ち上がって、皆が奥の席を勧める。

「俺、もう一般人だから気を使わないで。ほんとに。ここでいい。ここでいい」

 入り口近くの座布団に着座した。


 山崎が「市長飲み物は……」とすかさず尋ねる。

「おかみさんにさっき頼んだ」と言い終えると「みんな元気そうで」と笑みを振り撒いた。 

 時間を空けずさゆりがウーロンハイを運んできた。

 添島前市長は以前からウーロンハイがお気に入りだった。

「では、お疲れ様です」

 前市長が声を掛け、それぞれ杯を進めた。

 

「初めてですよね。例の新局の国際観光推進局の初代局長の後藤局長です」

「後藤です。宜しくお願い致します」

 再び起立して深々と頭を下げた。

「ほんと、そんな気を使わなくていいから……何しろ秦野市長と昔からの腐れ縁で色々と相談にのってあげてる訳で、色々と大変なお願いになってるかもしれないけど宜しくお願いします」

 その場で膝に手を当て頭を下げた。


「久々だな……」と懐かしそうに水槽を眺めながら。

「あのカウンターの裏側って本当はどうなってるんだろうね」

 誰にともなく投げかけた。

「世界中の老若男女が笑顔になった訳ですから……きっと凄いんでしょうね……」

 笑いながら武さんが答えた。

「そうだよな。でもいいよな。みんな期待するよな。話題性は抜群だよな。あと、鉋削りのイベントもあるんだろう……歴代市長は呼ばれるのかな……」

 高笑いしておどけてみせる。

「平気ですよ、イベントに呼ばれなくても、カウンターの裏側に似顔絵はきっと描いてありますよ」

「それならいいや」

 会話を楽しむようにジョークで応酬した。

 

「話し変わりますが、アイデア出し後藤君に頼んだんですが、国の杉削減のPR予算何とか取れないですかね……」

「もはや花粉症は国民病だから、国も本腰入れてきたので、今回の杉のイベントは好材料だよな。計画書出来たら、俺が陳情に行ってもいいから頼むな」

 後藤に目をやり、にこやかに投げかけた。

「計画書が出来上がり次第お見せしますので、ご指導の程宜しくお願いします」

 深々と頭を下げた。

 

 相変わらずの阿吽の呼吸での踏み絵の踏まし方に、山崎が感心して表情を変えずに一連の会話を見守っていた。

 

 重たい雰囲気を変える様に、山崎が添島前市長の趣味の話に話題を替えた。

 その後は皆仕事の話には触れず、様々な話題で盛り上がりながら笑集でのひと時を楽しんだ。

 頃合いを見計らって武さんが切り出す。

「そろそろ二人は明日も仕事だから、そろそろお開きにしますか」

 皆が一斉に「お疲れさまでした」と締めの挨拶をしながら帰り支度を整えて席を立った。

 武さんがお会計を進めている間、添島前市長が誠に「御馳走さま。又来るな」と笑顔で挨拶して裏口から出て行った。

 お会計を終えた武さんに、店の外で待っていた山崎と後輩が「御馳走さまでした」と頭を下げる。


 歴史は夜作られる。……宴が終了した。


 航は表彰式を終え、少しだけ達成感を味わっていた。

 その夜の「見来」は、何故か笑集で大宴会を開き、大勢の人から一人ずつ感謝状を手渡されている愉快で楽しい映像だった。


 それから四か月が経ち、武さんの描いていた戦略通りに事が進み、一連のプロセスを踏み、見事に航の会社がホテル全体の共用部の設計と施工を受注した。

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