見十一来

 審査会が開催された。

 選考会の会場から審査会場へ審査員が少しずつ移動してきた。


 ほとんどの審査員が着座した頃あいを見据えた様に、大貫彦太郎(御老体)が大物らしく若手の付き人を二人従えニコニコしながら、会場入りしてきた。

 既に着座している審査員が、起立し頭を下げる中、自身の席を確認するように既に着座している審査員に声を掛け、当たり障りない笑顔で自身の席に着座した。

 隣の審査員と、知ってか知らずか、にこやかに話を始めた。

 

 審査会が始まる時間まで少し時間があるので、司会台の周りで、役人数名がちょっとした笑みを浮かべながら打ち合わせをしていた。


 談笑していた大貫彦太郎がいきなり席を立ち司会台の方へ向かう。

 

 司会者らしき役人に対して大きな声で。

「川崎の未来が掛かっている事業なんだから、もっと真剣にやれ!」

 昔から個人に言うふりをして会場全体を恫喝する手口で、会場の雰囲気を一変させ会場を支配し始めた。

 

 武さんの狙い通りに御老体が出だしから主導権を握った。その場にいる役人の上層部は、織り込み済みの状況を黙認した。


 審査会がスタートした。

 審査会の冒頭、薮下副市長が挨拶した。

「本日はお忙しい中、見識ある先生方にご参集頂き誠にありがとうございます。選考会の冒頭の市長の挨拶の中でもあったように、今回の臨海部の開発は、川崎にとってかつてない一大事業です。先生方におかれましては、この審査会は非公開で行われますので、忌憚のない御意見をお話しして頂き、世界中から来日するゲストにとって、この川崎が日本における忘れられない観光拠点の場所となるよう、厳正な審査をして頂ければ幸いでございます」

 深々と頭を下げた。


 司会者が副市長の挨拶の言葉を引用し審査員に発言を促した。

「では、ここからは先生方に忌憚のない御意見を頂戴したいと思います。挙手の上、御発言お願い致します」

 

 審査員のそれぞれが、自身に託された思惑も絡めながら、選考会にて発表されたプレゼンに対しての意見を述べた。

 その中でも、最初のプレゼンの内容を皆が一応に評価した。

 特にその内容の中でもソフトな部分の『ここから日本の旅が始まる』をテーマにした様々な提案は、是非とも採用するべきとの意見が集中した。

 

 実は司会を務める役人は、武さんの描いたシナリオを全て把握し、落としどころを探りながら進行を進めていた。

 司会者が審査員に投げかけた。

「今までのお話を聞いてると、ソフト面の提案に関しての評価が非常に多いように思われますが、ハード面での評価はどうでしょうか……」


 それから様々な提案の中の、具体的なデザイン・設計の内容を引き合いに出し、それぞれの専門分野の視点からの真剣な意見が飛び交った。


 審査員のほぼ全ての発言が終了した後、司会者が「大貫先生どうでしょうかと」最後の発言を求めた。


「本当に皆さん素晴らしい。選考会で発表された方、ここにご参集された先生方。いや、本当に素晴らしい……。ここで、最優秀賞を決めないと行けないんだろ……」

 司会者に視線を一度投げかける。

「最初のプレゼンの提案が私は最高だと思うんだけど、どうでしょう……あれだけのサービスがあれば、きっと外国人の方も大満足だと思うんですよね……これは、絶対採用すべきだと思うのですが、皆さんどうでしょうか……」

 審査員達に視線を送った。全員が同意するように拍手を送った。


 拍手を受け取るような絶妙な間の後、微妙に顔を変え最後のクロージングを仕掛ける。

 

「では、皆さんの同意も得られたので、サービスの所は最初のプレゼンを最大限に活用して頂くとして、優秀賞確定だと思いますが、司会者の言うハード面で最優秀賞を選ぶなら、私はあの一本杉の一枚板のカウンターの企画が一番だと思うのですが……」

 審査員を飲み込むように見回し、口元を少し緩めて。

「きっと皆さんも、あのカウンターの裏側見たいですよね……」

 微笑みながら反論が言えない空気を作り上げた。もはや、最優秀賞はハード面での選択が既定路線の様に話が進められていた。

 既に作られた空気感のままに、司会者から挙手による意思表示を促され、満場一致で最優秀賞に航の会社と羽美の会社の連名の企画が選出された。

 

 審査会の結果発表は、その日の内に市のホームページの選考会の特集の中で発表すると事前に告知していた。

 何時に情報が更新されるか分からないので、航を初め、この選考会に関わった全ての人達が固唾を呑んで結果を待った。

 


 ……その頃、武さんは薮下副市長から内々に報告を受け、既に次のシナリオを組み立てる準備にシフトしていた……。


 

 航と海は、二人で笑集の奥座敷で結果を待っていた。

 そんな中、羽美から海に電話が入った。


 震える声で。

「海さん。見ました。最優秀賞ですよ」

 既に電話の向こうで号泣していた。

「実は、審査員の中に知り合いがいて内緒で結果を教えてもらってたんですが、正式な発表があるまで勿論言えないし、ほんと信じられなくて父と部屋の中をうろうろしながら、二人でずっと更新掛けてたんですよ……」

「ほんとに最優秀賞とったんだね……でも実感全くわかないんだけど……」

 自身のパッドで最優秀賞を確認しながら笑って答えた。


 興奮を抑えきれない高揚感で話を続ける。

「みなさんが本当に素晴らしかったですし、チームワークも最高だったですから。それに、航さんのプレゼンの最後が衝撃的で、ほんともう最高ですよ」

 

「お兄ちゃんに替わるね」

 航に自身のスマホを手渡した。

「羽美さん。今日は本当にありがとうございます」

「最優秀ですよ。ほんと凄いですよ。ほんと夢見たいです。父もほんと感謝してます。ありがとうございます」

 感情を爆発させる。


 正直に思いを伝える。

「みんなのお陰だし、みんなの企画だから……感謝もありがとうも要らないよ……でも凄いよね」 

「ほんと凄いですよ……絶対この企画採用されますよ……どうしようって感じですよ……」

 話している間も、後方で社長であるお父さんが電話で祝福を受けている声が漏れ伝えられてきた。

 

 航にも電話、LINE、メールに、立て続けに連絡が入った。

 

「ごめんね。吉田から着信が入ってるから電話切るね」

「吉田さんにもありがとうございますと伝えてください」

 せわしないやり取りを交わし、吉田との会話が始まった。


 電話に出るなり褒め称えた。

「えんしゅう凄いな……マジで凄いよ……あのプレゼンは誰にも出来ないよ」

「ほんと、なんか本番の時は幽体離脱した別人が話してたみたいだよ……何しろ吉田から言われたアドバイスの通りひたすらに何が伝えたいかだけに集中して話したんだよね……感謝しかないよ……」

「最後の締めのあの演出はいつ思いついたの……」

 どうしても納得いかない感じで語り掛けた。

「本当に不思議なんだけど、自然と下りてきたんだよね……何だろうね……」

 答えの出ない感覚に戸惑っていた。

「そうなんだ……ほんと凄いよ。ひいき目抜きで一番のプレゼンだったよ。いやホントに……俺が審査員でも最優秀賞に選ぶよ」

 少し興奮気味に感情を伝えた。

「ほんとありがとうね。ほんと吉田のお陰だよ」

 素直に言葉を返した。

「でも、これできっとこれから大変な事になるね。会社も大騒ぎになるよ……」

 少し茶化すような含み笑顔でエールを送った。

「結構鈍感な俺でも想像つくよ」

「まあ、今日はこれから祝福対応で大変だろうから頑張ってね。出社出来るようになったら、又ゆっくり話そうね」

「本当に色々ありがとうね」

 感謝を素直に伝え電話を終えた。

 

 様々な人たちからの祝福対応を一通り終えた様子を覗き込むように頃合いを見計らっていた両親が、「おめでとう」と二人に声を掛けた。

「いや……疲れただろう一杯やるか」

 父の誠が労った。

「ありがとう。じゃあ生、御馳走になろうかな……」

「海はどうする?」

「私もお祝いだから生貰おうかな」

「じゃあ用意するね」

 母のさゆりが笑顔で答えた。

 

 二人でジョッキーを擦り合わせ「お疲れさまでした」と乾杯した。

 今日の一日が現実に起こった事なのか……怒涛の一日をジョッキーを片手に持ちながら壁にもたれ放心状態の中、他人事の様な感情と感覚を、お互いに脳内で消化していた。

「最初の企画書の提出の時にも言ったけど、やっぱり、この企画通らない方が良かったね……これからもっと大変になるよ。お兄ちゃん……」


 海から問いかけられ、達成感とは半面、今後の事を考えると不安と憂鬱で仕方なかった。


 その夜。

 目を閉じ、今回の事とは関係ない「見来」の映像を期待して眠りについた。


 期待外れだったのか……実の所は期待通りなのか……これから起こるであろう場面を、何故か大きなドローンに乗ってドラえもんと一緒に上空から、ニコニコしながら眺めている本当に楽しい映像だった。


 翌日、航は過去の「見来」の映像にあった、マラソンランナーのゴールシーンの様に、会社のみんなから祝福を受けた。

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