見十来
いよいよ、選考会の本番の舞台が始まろうとしていた。
受付開始時間が近づくにつれ、ロビーに次々と参加者と思われる人達が集まってきた。
競合相手と思われる企業も何社か発見し、その人数の多さに不安を隠し切れないでいた。
海が航に少し不安げに話しかけた。
「他の会社はみんな大人数で来てるね……うちは四人だけど吉田さんもいるから平気だよね」
四人共にプレッシャーを感じ、どう切り替えればいいか考えていたその時……。
「えんしゅうさん」と遠くから呼びかける声。
屋敷課長が笑顔で駆け寄ってきた。
その後ろから、同僚とフリーランスの仲間たちも会場に駆けつけてくれた。
「いや、仕上げに手間取っちゃって遅れちゃった……」
大きな箱を四人がかりで運んできた。
「これプレゼンするときに壇上の隅に置いてあるだけでも効果あるでしょ」
他人には見えないような位置で箱の被せ物を開けると、何と大きな建築模型が現れた。
屋敷課長が少しばかり顔を紅潮させ興奮した口調で語り始めた。
「この模型は何かしらでえんしゅうさんを応援したいと思った仲間たちが、無償でパーツごとに割り振って造ってくれたんだよ。徹夜でね……」
少し照れ隠しのような冗談ぽい笑みを浮かべる。
「実は吉田と模型があれば、きっとえんしゅうさんは活き活きと説明できるだろうなと話し合ってたので、少しでも役に立てばと思い、みんなに声掛けたんだよ」
四人共に、予想もしていなかった出来事に暫く呆然とし、声を失っていた。
「一応、今日プレゼンする内容に沿って作ったのでほとんど間違えはないと思うんだけど平気だよね……」
「あの……」と一言発した後。
「全く問題ないです……と言うか、本当にありがとうございます。メチャクチャ嬉しいです」
感謝を伝えると、四人で深々と頭を下げながら、仲間がこんなに集まってくれたことで不安が一気に吹っ飛んだ。
「みんな今日はもう会社に戻らなくてもいいので、終わりまでいられるから、何か手伝える事があれば言ってよ……でも、模型運ぶぐらいしかないか」
全員の笑みで、その場がまさしく「笑集」となった。
それから選考会が始まるまでの間、会場に集まった様々な人々が、それぞれの立場の中で時を過ごした。
航達もそれぞれに、自身に与えられた仕事のリハーサルを何度も繰り返し、入念なチェックを重ねた。
いよいよ選考会が始まった。
司会者が選考会開始を宣言し、本日の選考会のプログラムと時間配分を説明し、開会の挨拶として福井市長を紹介した。
福井市長が登壇した。
初回の当選時はすごくスリムな体型で若い好青年の印象だったが、三期目を迎え貫禄の容姿に変貌していた。
相変わらずの万人を安心させる政治家らしい笑顔で「皆さん。こんにちは」と頭を下げた。
「私は、今日の日を本当に楽しみにしていました。事前にこれから発表される様々なアイデアを拝見させて頂き、どれもこれも素晴らしい内容で、出来れば全て採用してもらいたいものばかりです。今回の臨海部の開発は、川崎にとってかつてない一大事業です。経済的波及効果は計り知れません。川崎ならではのポテンシャルを最大限に引き出した、川崎初のウォーターフロントの創造です。川崎で初めての川崎初でもありますが、観光拠点に相応しい、川崎から世界のゲストに出発して頂く川崎発でもあります。横浜ではハーバーリゾート構想が進んでいます。神奈川県の隣接する政令指定都市の仲間として連携し、日本の観光産業を盛り上げていきたいと考えています。これから発表される方々にエールを送ると共に、審査員の先生方には大変だとは思いますが川崎の未来を託したいと思います」
いつもより少し真剣な顔つきで冒頭のあいさつを終えた。
会場全体から大きな拍手が湧く中、会場の中央の特別な席に着座していた審査員が全員立ち上がり、壇上の市長と挨拶を交わした。
市長が袖にはけると司会者がプログラムに沿って最初の発表者を呼び出した。
『観光拠点を象徴する空間の提供』のトップでプレゼンをするのは、航の会社の最大のライバル企業であった。
そのプレゼンのコンセプトが何と「世界一大きなカフェバー~ようこそ日本へ~」で巨大なカフェバーの提案であった。
大画面の映像には、川崎の市章から徐々に変化する大小円形のバーカウンターが不規則に配置され、フロアの半分は屋外で開放感のある海外のゲストが交流しやすい見事な設計のイメージ図が次々と映し出された。
プレゼンの後半部では、世界中のゲストが集う観光拠点としての役割を具体的に表現し、『ここから日本の旅が始まる』をテーマに、多言語観光コンシェルジェ、AIでは手が届かない「旬」な情報提供ブース、スマホナビ・修理工場等の外国人向けの相談所をコンセプトとした企画を披露した。
完全に広告代理店のプロの手で作られ、計算しつくされたプレゼンを目の当たりにし、意気消沈の航達だった。
会場で横並びに座る航に「やっぱりプロは凄いね」と海が話しかけながら小さい溜息を吐いた。
航は、不思議といつもなら絶対感じているだろう
開き直れたのか、自分もその正体が解明できないままにじわじわと闘争心がみなぎってくる感覚をふすふすと感じていた。
自身のプレゼンが来るまで、まだ何組も発表があるので、暫くぼーっと舞台を眺めながら、自分の為にみんなが作ってくれた建築模型を細部まで脳内で検証しながら、体内から湧き出してきたエネルギーを感じていた。
意を決して航がプレゼン発表の合い間に、みんなを退席するよう促しロビーで話し合いを始めた。
「さっきのプレゼンを観て考えたんですが……え――と……海のパートまでは予定通りそのままで、その後の自分のパートの前半の朝昼晩のイラスト部分までもそのままでいいんですが、その後はみんなが作ってくれた模型を前面に出してぶっつけ本番で説明しようと思うんですがどうでしょうか……」
三人とも、全く今までに見せた事のない航の真剣な顔に圧倒された。
「志山さんの思う様にやってください。志山さんを慕う仲間の方もついているんですから」
羽美が航の熱意に反応すると、海も河瀬も頷いて航を真顔で見つめた。
「ほんとみんなありがとうね……で……何か準備しておくことあるかな……」
「模型を説明しやすい場所に事前に運んでおいた方がいいよね……あとはその模型を大画面に映すかどうかだよね」
海が答えると続けて羽美が説いた。
「まず、プレゼンの最初の時点から模型は舞台中央に置いておいても問題ないですよね……スクリーンに被らないし。志山さんが後半部分で模型を指しながら説明する場面は、絶対スクリーンで拡大するべきだと思うんですが……」
「そうだよね羽美さんの言う通りだよ。模型の説明箇所の部分をアップで写した方が効果的だしリアルに感じますよ」
海が呼応する。
「それじゃ。スマホでは厳しいと思うので、会社にあるスコープカメラまだ時間的に間に合うと思うので、大至急で持ってきてもらいますね」
河瀬が提案する。
「カメラの操作は河瀬さんにお願いしてもいいですか?」
「了解です。でも、自分が壇上に登るとスクリーン投影のパソコンの操作ができなくなりますがどうします?」
「それは、うちの仲間に頼みますので、後で河瀬さんから引き継ぎお願いします」
「わかりました。宜しくお願いします。……あと最初に、模型を舞台上に置く段取りも決めておいた方が良いと思いますが」
「そうだよね。模型を載せる台も決めてないし、模型をどのくらいの角度で客席に見せるかも決めないとね……」
話し終えるなり屋敷課長にお願いするため、会場の中へ入っていった。
ロビーに出てきた屋敷課長や仲間たちと、これからプレゼンを控えた航たちが全員で細かい段取りを確認し、まさしく全員でプレゼンに臨むこととなった。
航の前のプレゼンが始まった。
次の順番を控え、緊張が異常なほどに体全体に押し寄せてきた。
これ「もう無理」と思いながら。一度目を閉じて誰か助けてくれないかな……この不安を一気に解決してくれる救世主が現れないかと願いながらも、どこかで現実を前にしてこんなに多くの人が応援してくれているのだから、開き直って「やるしかないじゃん」と自分に言い聞かせた。
吉田が言ってた通り「何を伝えたいか」だけに集中し、きっと「見来」も応援してくれてると信じ壇上に立つ決意を固めた。
前のプレゼンが終わり、航の仲間たちが壇上に建築模型をセットした。
羽美がセットが終わると同時に照明を動画映写の照度に絞り、模型にスポットをあらゆる角度から当てると、場内がざわめいた。
模型へのスポットが消えると同時に動画がスタートした。
動画がスタートするなり、観客が息を潜めた。その空気感で動画が観客を圧倒している手応えを皆が感じていた。
動画が終わり海にスポットが当たった。
場内を軽く見まわし頭を下げ、冒頭の挨拶を始めた。
前半のプレゼンの肝である、鉋で削るイベントの説明に差し掛かると、海もテンションマックス状態でその楽しさを表現した。
海のパートが終わり、照明が中央に鎮座する模型に向けられ、航のプレゼンが始まった。
今までに経験したことがない壇上から客席を観ている自分自身に、半分は当然の様な緊張と、半分は自分が自身から離脱してるような、どこからか俯瞰して観ている様な……少し冷めた不思議な感覚を味わっていた。
航が説明を始めた。出だしの声が震えていた。
今までならきっと緊張している自分を何とか落ち着けよう……どうしたら緊張を抑えることが出来るかとばかり考えていただろうが……。
いつだったか「見来」の中で出てきた優しそうなお坊さんが「あるがまま。あるがまま」と笑って話してくれた映像がよぎり、何しろ今、この会場の人達に伝えたい事だけに集中する事が徐々にでき、段々とゾーンへ入っていった。
最後の締めの言葉に差し掛かった。
事前の予定では、みんなに説明した実家の「笑集」を交えた説明の予定だったが……。
なぜかみんなが作ってくれた建設模型の畳の上で横になり、長く伸びたカウンターの裏側に映る映像が脳裏に映し出された。
何かに導かれるように、航がいきなり壇上に寝転んで天井を見上げた。
「想像してみてください。皆さん。この畳の上に寝ころんだ全ての外国人の老若男女が、長く伸びた一本杉の一枚板のカウンターの裏側の景色を見て笑顔になりました」
暫くの静寂の間が、プレゼンの終了の合図となった。
会場全体から満場の拍手が湧いた。
会場の人、いやYouTubeでライブ映像を視聴している人全員が、カウンターの裏側に広がる景色に心を持っていかれていた。
航が立ち上がり、海と二人で壇上の中央で一礼しプレゼンを終了した。
鳴り止まない拍手を浴びながら、これって今までに見た「見来」の中の映像が導いてくれたんだなと、本当に不思議な思いを抱きながら、全ての「見来」に感謝した。
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