見八来

 新しく出来上がったイラストは既にメールで確認を済ませ期待通りの出来に全員が納得し、選考会前日の最終リハーサルの日を迎えた。


 その日の午前九時。航のスマホに吉田から目を疑うような内容のLINEが入った。

「ヤバい。コロナかも。これからPCR受けるので結果が出たらすぐ連絡する」

 

 内容を確認すると、とっさに脳内の防衛本能がそうさせたのか「至急連絡ください」と妹の海にLINEをしていた。


 暫くの時が経ち、不安でどうしていいか分からない航のスマホに海から連絡が入った。

「急にどうしたの。何かあったの……」

 動揺を隠し切れない感じで、身内に何かがあったのかを疑うような言い方で問いかける。

「実はね、吉田がコロナかもしれないんだよ。明日の選考会に出れないかもしれないんで。やばいよ」

 ちょっした興奮状態で返す。

「あのね。私も仕事中ですから……。お兄ちゃんの大変な事はわかったから……後でゆっくり話せるタイミングになったら改めて連絡するから待ってて」

 安堵したトーンで呆れ気味に返す。

 

 連絡を待つ間、本番を控え普段の仕事は同僚に任せ、今日一日はフリーで明日の為の準備をする事に専念するはずだったが、不安と同じ歩幅で無駄な時間が刻まれていった。

 

 海からの着信が入った。思いの丈を打ち明けた。

「海。さっきはごめんね仕事中に……さっき言ったように吉田がコロナだと明日のプレゼンできなくなっちょうんだよ。で、どうしたらいいか……少しパニクっちゃってさ……」

「まだ吉田さんがコロナって決まったわけじゃないんでしょ……少し冷静になって仲間の人たちと今後の対応について相談するべきだよ……どっちにしても明日はお兄ちゃんの応援にいく予定で、元々休みにしてあったから一緒にいられるし、必要なら何でもするから……何しろ吉田さんの事がはっきりしたら、又連絡してよ」

 落ち着いた言葉で元気付ける様に励ました。


 少しずつ冷静さを取り戻しながら今後の対応を考えていた。

 今日の会議に参加の二人には連絡すべきか思案していたが、吉田の結果が出てからにしようと連絡を待つことにした。


 間もなく正午を迎えようとしていたその時、吉田からのLINEが入った。

「結果が出ました。ほんと申し訳ない陽性でした。もう少し時間かかるので病院出たら電話します」

 覚悟はしていた物の、明日の事でどうしようもない不安が襲い、強烈な動悸の高鳴りを感じていた。

 とっさに何はともあれ、明日、海に一緒にいてほしい思いから、自然とスマホをタッチしていた。

「やはり吉田陽性でした。明日お願いします」

 参加の二人には、吉田がコロナ陽性になったと事前に報告しながら、会議は予定通りに行い対応を協議する旨を伝えた。


 暫くすると吉田から平謝りの連絡が入る。

「えんしゅうほんとごめんな。気を付けてはいたんだけど、ほんとわるい」

「で、体調はどうなの?」

「熱は微熱で少し咳が出る位で、他にほとんど症状はないから体は問題ないんだけど、五日間は外出できないんだよね。だから、会議にはWEBで参加するのでえんしゅう分からなかったら河瀬さんに言って準備しといて。何しろ問題なのが自分のパートのプレゼンをどうするかだから、その準備だよね」

「本当は自分が通しで出来ればいいんだろうけど、今のパートだけで一杯一杯だから無理だよ……後で二人の意見も訊いてみるけど、取りあえず妹の海に時間作ってもらったんで最悪何とかお願いするけど……」

 海に状況を説明してある事をさりげなく伝える。

「じゃあ、後でみんなと話して決めようか……何しろ家に戻ってお腹すいたから昼飯食べてパソコンの準備しとくわ」

 ひとまず一旦電話を切り、WEB会議に備える事となった。


 落ち着かないせいか、予定時刻の三十分も前だが河瀬さんに頼んで会議室に入れてもらい、WEB会議の準備をしてもらった。

 羽美も心配からか二十分前なのに、部屋に入ってきた。

「まだ入れないかと思ったんですが、部屋を覗いたらお二人が見えたんでドア開けちゃいました。……吉田さんどうなんですか?」

 本当に心配した様子で投げ掛けてきた。

「症状は大したことないみたいだから、このあとWEB会議で参加してもらうので画面越しに会えるよ」

 少し作り笑顔で答えた。

「それは良かったです」

 言い終えるとちょうど画面に吉田が映りだした。こちら側に映ってる事をまだ気付いてないようで、下を見て何かをしてるようだった。

「吉田もう繋がってるよ」

 声を掛けると、画面を見つめる様なアングルに変わり、意外と元気な表情で笑って手を振ってきた。

「みんな元気ですか」

 私服姿での笑顔に全員が苦笑を隠し切れないでいた。

「ちょっと時間早いけど全員揃ったんで会議始めようか」

 吉田に確認するように画面越しに話しかけた。

「了解」といいながら吉田が切り出した。

「みんな本当にすみません。こんな時期にコロナに掛かっちゃって。でも、大したことありませんので安心して下さい。明日は現場に行けませんが、WEB上では一緒にいられますのでご心配なく……」

 爽やかな顔を振りまいた。

「で、自分のパートをどうするかを考えなくちゃいけないんだけど、何かアイデアある?」

 四分割された画面の向こう側からいつもの通りの進行役が意見を探ってきた。

 羽美が先ず切り出した。

「皆さんに報告しておきたい事があります。昨日決まった事なので今日の報告で良いと判断して事前にメールしてなくてすみません。会場の照明の件なのですが、昨日お役所の担当者の方と実際の会場で打ち合わせさせて頂いて色々と分かったんですが、暗転は場内の安全上厳しいとのことだったんですが、照度のコントロールの許可は得ました。スポットライトもスイッチングルームで出来るので私の想像する照明効果は期待できると思います。ただ、スクリーンの映像コントロールは別の場所になるので河瀬さんにお願いせざるを得ないと思ってるんですが……河瀬さんどうでしょうか?」

「動画からパワポへの流れの操作ですよね……了解です」

 

 皆一同、行動力に感心しながら、多分役所の担当者も美貌にやられちゃったんだろうなと想像していた。

 

「そうなると、二人が自分の代役は難しいから、えんしゅうの妹さんに頼むしかないか……えんしゅうどう……」

「妹ならさっき詳しい内容は伝えてないけど、何でもしてくれると言ってたので平気だと思うよ。一応確認とってみるけど……」

 話し終えると早速海にLINEし、吉田の代役のお願いをした。

「じゃあ自分のパートは妹さんにお願いする事として、又通しでリハーサルしてみますか……河瀬さんには本番想定でパソコン操作お願いします。羽美さんには流れでの照明操作の確認お願いします」

 羽美が言い忘れてたように、もう一つ美貌にやられたネタを披露する。

「ごめんなさい。先程言えばよかったのですが、ハンドレスマイクも使えます。三セットお役所の方が用意してくれるそうです」


 それから、打ち合わせ中に海から「了解しました」との返信が来たので皆に報告し、一通りプレゼンの内容を確認した。


「明日の段取りは三人で決めてもらうとして、妹さんとの打ち合わせはどうしようか……時間もないしね」

「妹に何時なら会えるのかは分からないんだけど、今日中には内容の説明はしておけるけど、きっと吉田に訊きたいことも出てくると思うので明日の朝八時半頃からWEB会議で色々と話せないかな」

「分かった。じゃあ明日よろしくね」

お互いを励ますように「では明日頑張ろうね」「明日頑張りましょう」……「お疲れさまでした」と声を掛け合い会議を締めてWEB画面を落とした。

 

 それから会議室の三人は、翌日の持ち物の再確認をし、会場内での待ち合わせ場所と時間を決め、会議を終えた。

 

 仕事を終えた海から連絡が入った。

「お兄ちゃん、結局どうなったの……一緒にプレゼンする事、正式に決まったの……」

 いつもの元気な海の甲高い声が、航の鼓膜を突き上げた。

「明日お願い致します。言い出しっぺの海さんにも是非参加して頂きたいと思っております。つきましては、これから夕飯は好きなものをご馳走しますので、打ち合わせをさせて頂きたいのですが、いかがでしょうか……」

 兄妹ならではの距離感で少しふざけ気味に応じた。

「言い出しっぺってね……相談に乗ってあげただけでしょ……どこ行けばいいの……?」

 呆れ笑いを浮かべながら待ち合わせ場所を尋ねた。

「今からだとラゾーナがいいかな……カプリチョーザの前の通路でどう……食べる場所は会ってから決めようよ」

 川崎駅に隣接するショッピングモールで待ち合わせする事にした。


 先に着いた航がスマホに目を落としていると、「待った!」と元気に海がやってきた。

「何食べようか……ゲン担いでとんかつにするか……」

 聞くや否や、OKサインを出して背中で航を誘導するかのように、既に店に足を進めていた。

 ピークの時間帯を過ぎていたのか直ぐに店員さんが席へ案内してくれた。席に着くなり迷うことなく店の看板メニューを二つ注文し、早速本題に移った。


 これまでに会議で使用した資料を一通り海に渡す。

「ちょっと内容が色々変更になってるとこがあるので、一つ一つ説明してる時間はないので、海に明日お願いしたい事だけに絞って説明すると……」

 実際に明日使用するパワポの資料を抜き出し、ページをめくり始める。

「初めに一分程の動画が流れて、その後にプレゼンが始まるんだけど、そこの最初の部分を吉田が担当してたんだよね。その部分を海にお願したいんだよね」

「分かった。台本通りに話せばいいのね。パソコンは別の人が操作してくれるの?」

「パソコンは仲間が操作してくれるから考えなくていいよ」

「じゃあ。何とかなるかな……でも動画も事前に観たいし、出来れば体調的に無理でなければ吉田さんとも話してイメージを共有したいな……」

 早速前向きな意見をぶつけてきた。

「そうでしょ……吉田には明日朝八時半にWEB会議する予定組んであるんだよね」

 ドヤ顔で答える。

「じゃあ。明日どこに何時に集合する」

「笑集に七時半に集合でお願い致します。母ちゃんには朝食も頼んであるので……」

「そのどこかで活かせないの……」

 呆れ笑いを浮かべる。


 それから……運ばれてきたとんかつを食べながら、呼び名の同じ羽美さんの美貌の事と動画の内容の話で盛り上がった。


 その夜の「見来」は、何故か畳の上で寝ころんでいる自分を、世界中の人々が笑顔を浮かべながら囲み、覗き込むように喜んでいる不思議な感じの楽しい映像だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る