見七来
先週に打ち合わせした通り、月曜日の三時に三人が集合した。
その後の動画制作の進捗が気になっていた航が冒頭に切り出す。
「動画どう……上手くいってる?」
少し空気に馴染んできたようなバックの置き方をしながら、安心した顔つきでちょっとばかり興奮気味に話し出す。
「タツノコさんメチャクチャ仕事早いんですよ。もうほぼ出来上がっているようで、明後日の午前中に出来上がった動画を見させて頂けるんです。もう楽しみでしょうがないです……」
「それは良かった。で、内容は羽美さんの思うような感じでできそうなの」
そのままの内容かをさりげなく確認した。
少し笑みを浮かべながら、最初から半分ダメ元的な感じの内容を話し出す。
「上杉課長から色々とダメ出しを頂きまして、まず、全体的なプレゼンの内容とミスマッチだから小鳥は要らないし、イメージがメルヘンチックでは合わない。全体的な構成は良いと思うけど……。父とも話してたんですが指摘されるかもねと言ってた通りのご指摘を受けました。でも、上杉課長が信頼するだけの事はあって、タツノコさんのコンサルティング力が凄くて私の描いた動画イメージを崩さない様にして頂きながら、その後のプレゼンとマッチングするようなかたちで新たに構成してくれたんです」
手ぶりを交えて全身で喜びを表現した。
予想通り、みんな感じることは一緒なんだなと思いながら念を押すように確認した。
「それは良かったね。結果的には満足してるんでしょ?」
「もちろんです。本当に明後日が楽しみなんです」
まるで少女の様な純粋な瞳を投げかけた。
ピュアハウスでなく、これが「ピュアアイ」ととっさに浮かんだ親父ギャグの様なワードに自然に反応し、脳内で苦笑していた。
吉田が事務的に話を始める。
「それぞれ、この一週間の進捗状況の報告から始めようか。えんしゅうからお願いします」
航が話を始めることを遮るように羽美が素朴な疑問をぶつけた。
「あのひとつ訊きたいことがあるんですが……志山さんってなんで皆さんからえんしゅうさんて呼ばれてるんですか?」
航も吉田も、そうだよなと思いながら説明を始めた。
「実はね、僕がまだ新人の時に屋敷課長がまだ係長だったんだけど、よく飲みに連れて行ってくれて、その時に
とっさに、羽美が疑問を投げかけた。
「私もゆとり世代ですけど、円周率は三点一四でしたけど……本当に三で教えてた時代があったんですかね……」
確かに自分も三点一四と習った記憶があるけど、それよりもゆとり世代って何歳から何歳までなのか……羽美さんが
「あれはマスコミの切り取った言葉が、独り歩きしたって誰かに聞いたけどね……。まあ余談はともあれ、えんしゅう何か話したいことある」
吉田が話題を本題に戻すように、少し空気を引き締める感じな言い方で投げかけた。
「箇条書きで申し訳ないんだけど思いついたことを書き出してきたんで二人の意見聞かせて欲しいんだよね」
内容の書いてあるペーパーを手渡した。
「まず最初に全体の時間配分なんだけど、実際、どの様に三本のカウンターが機能していくかをイメージしてほしいので、朝と昼と晩に分けての活用イメージをイラスト化して説明したいと思うので、そこの時間を増やしたいんだよね……」
それから一つ一つの項目を三人で話し合って、動画から始まる一連の内容を決定した。
三日後の午後二時、動画作成担当の河瀬さんも意見を聞きたいとの希望で、意匠設計部のミーティングルームで打ち合わせする事になった。
部屋に入ると、河瀬さんが動画をプロジェクターに映せるように準備を整えていた。
ここの大型画面は普段、クライアントへのプレゼンで使用するために、会社内でも一番迫力のある映像を映せる様に設置されていた。
既に動画を観ている羽美が興奮を抑えきれない様子で、飛び跳ねたい気持ちを抑えるように体全体で表現する。
「ほんと凄いんです。感動ものですよ。何しろ観てください」
少しでも早く観てもらいたい気持ちで、河瀬さんに向かってお願いする。
「早速。よろしくお願いします」
動画がスタートした。
出だしからまるで映画の様な迫力のある映像と音量で生い茂る木々が映し出された。
その後チェーンソーの音が響き渡る中、伐採された杉の木がカメラの横を通り過ぎるように倒れて来た。画面が変わると、とてつもなく長い丸太の画面が移り、そこから徐々に大工の手によって一枚板のカウンターへと変化し、吸い込まれるようにホテルの中へ溶け込んでゆく。オールCGの映像だった。
映像が終わると同時に河瀬が、顔色を観察するように、少し強張った顔で見まわしながら口を開く。
「皆さんのイメージと合ってるかどうか少し心配なのですが、ピュアさんのイメージはなるべく崩さない様に、プレゼンの導入部なのでメインである一本杉の一枚板のカウンターのイメージを最初に焼き付けたい狙いと、あくまでその後のストーリーはこれから話しますね的な感じで仕上げてみたんですがどうでしょうか……?」
二人ともに、内容も素晴らしいが、よくこの短期間でこのクオリティーの映像ができたかと感心しきっていた。
どちらかともなくお互いに納得した表情を浮かべ。
「
「じゃあ、この動画も含めて最初から通しで一度リハーサルしてみようか」
吉田が普段通りのフランクな感じで投げかけ、自身のパソコンを河瀬さんに問いかけながらプロジェクターへ繋ぎ始めた。
羽美さんと河瀬さんがいるこの場で、発表する事に緊張が高まり、航は思わずトイレ休憩を宣告して退席してしまった。
逃げ出したい気持ちを抑えながら、洗面台で顔を一度冷やし深呼吸をし、鏡に映る自分自身の顔に勇気を吹き込んだ。
部屋に戻ると、三人が航の緊張を解すかのように、自然な会話を交わしながらにこやかに談笑していた。
吉田が航にそれとなく近寄り肩を叩いた。
「誰も航の流暢なプレゼン期待してないから……どもりまくりで構わないので、聞き手に何が伝えたいかだけに集中して話せば、必ず上手くいくから平気だから……」
「じゃあ、始めますか。河瀬さんお願いします」
ゴーサインを出す。
羽美が笑顔で呼応する。
「お願いします」
先程見た映像が流れた。映像が終わると同時に、吉田が提案者名のスライドが表示される画面を背に冒頭の挨拶を始めた。
冒頭の挨拶が終わると同時に羽美が話を切り出した。
「途中で止めてごめんなさい。この時点の照明どうなってるのでしょうか? 暗転してピンスポ吉田さんに当てられるのでしょうか……? そもそも照明はどうなってるのでしょうか……?」
照明系のスペシャリストと聴いてたので、餅屋は餅屋。
やはり気になるんだろうなと自然な感情を抱いていた。
「そうだよね、照明の事確認しなくちゃね」
吉田が返すと。秒で。
「市の担当者に私の方から確認してみます。舞台上の細かい照度やスイッチングの事やスポットは手動なのか自動なのか、色々と訊きたいこともあるますから」
テンションマックス状態の物言いで返した。
吉田のパートの発表が終わり、この時点で一度それぞれに気づいた事を意見交換した。
「今日はパワポの操作を自分でしたけど、当日レクチャーテーブル上で操作可能かどうかも分からないし、プレゼンに集中したいから、操作は切り離した方が良さそうだよね」
吉田が既に羽美にお願いする感じで目配せした。
「もちろん私がやります。あとちょっと思ったのですが、マイクも確認が必要ですよね。ジョブズみたいなハンドレスマイクも使えるかどうか確認しておきます。もちろん河瀬さんも一緒に当日手伝ってくれますよね」
もう既に断ることはできない状況を作り上げていた。
何故か益々ハードルが上がった雰囲気の中で航の順番が来た。
一連のやり取りを目の当たりにしながら、何故か徐々に緊張がほぐれていた。
何か不思議な感覚を感じながら吉田の言葉を思い返し、きっと「見来」が守ってくれると自然に湧いてきた感情をお守り代わりにし、プレゼンを始めた。
あっという間に時間が過ぎ、プレゼンを終えた。
一瞬の静寂の時が過ぎ、息を合わせる様に拍手が沸いた。
「えんしゅうさん。ごめんなさい志山さん。本当に良かったです」
羽美が少し目を潤ませていた。
吉田が追随するように満面の笑みで投げかけた。
「えんしゅう完璧じゃない。もう心配ないじゃん……」
航が照れ笑いを浮かべながら、河瀬にお願いを始めた。
「話しながら思ったんですが、やはり同僚に作ってもらったイラストなんですが、作り直して貰えませんか……作った本人も、恥ずかしいからプロにお願いしてよと言ってたんで、問題ありませんので……」
やはり冒頭の本格的なCG動画の後に素人の書いたイラストには、違和感を航のみならず全員が感じていた。
「イラストの件は了解しました。部内で早速検討します。内容はどうしますか? 今の感じでいいですか……?」
「内容も含めて全てお任せしますのでお願いします」
普段は逆の下請けの立場なので、ちょっとした優越感を感じていた。
吉田がペットボトルの水を飲み干し少し安堵した顔つきで。
「これで何とか本番迎えられそうだね……」
それぞれに確認するように目配せしながら。
「新しいイラストを取り入れて、本番の前日に最後のリハーサルしたいと思うのでスケジュール調整お願いします。午後二時にこの場所でどうでしょうか……河瀬さん、この場所また使えますかね?」
部屋を押さえる為にすかさずスマホを操作し始める。
「空いてますから平気です。予約しちゃいますね」
羽美もかなりの熱を発しながら。
「それまでに、市の担当者と照明やマイクの事を確認しときますね。可能なら現地の下見もしてきます」
「残り時間も少ないので、それぞれの進捗状況はメールでやり取りして、タイムリーに情報共有だけは怠らない様に頑張りましょう」
吉田が締めてミーティングを終わりにした。
その夜の「見来」は、動画の映像の中を自由に飛び回りながら、様々な場所からその景色を堪能している新鮮で感動的な映像だった。
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