見六来
提出から三週間ほど経ち、そろそろ結果が届くんではないかとちょっとだけ期待しながら、後三週間後に迫る本番の選考会の事が頭をよぎり緊張がほぐれないでいた。
「えんしゅう来たよ」と言いながら、川崎市市役所と書いた市のロゴの入った封筒を左手に持った吉田が席に近づき、持っている封筒を手渡した。
「届いたよ招待状。まだ開けてないから、えんしゅう開けてみて」
受取った封筒の指先に点字の指触りを感じながら、間違いなく書類審査を通過する自信はあったものの、いざ結果が書いてある書類の開封となると、緊張からか微妙に指先が震えていた。
取り出した書類には今回の応募に関してのお礼文が長々と書かれた後に、書類審査の結果、後日開催される選考会にて貴殿の企画を「観光拠点を象徴する空間の提供」の枠内で発表して頂きたくお願い致します。つきましては……。
特に審査に通過しました「おめでとうございます」的な感じはなく、お役所的な淡々とした文章であった。
別紙に添付してあった選考会の詳細を二人で確認しながら吉田が囁く。
「三週間後だな……本番に向けての準備始めるか」
「次のミーティング
「決めちゃおうか」
スマホを取り出しスケジュールを確認しながら航に問いかける。
「来週の月曜日の午後三時でどう。その後もフリーだからゆっくり話せるよ」
「了解。じゃあ後で共用会議室予約しとくね」
お互いに屋敷課長のデスクに目をやり不在である事を確認する。
「課長には帰ってきたらこの件説明して、上に報告してもらうようにするわ」
と言葉を交わしながら吉田が部屋を後にした。
翌週の月曜日予定通りの時間に、選考会へ向けての初めてのミーティングに少しだけ時間に遅れてしまった航が会議室の扉を勢いよく開け入っていった。
「よろしくお願いします」
いきなりスッと席を立った女性が挨拶してきた。
「ごめん。驚いた……。出川さんにメールで今日の打ち合わせの件を伝えて、良かったら参加しませんかって声を掛けたんだよ」
「ぜひ、ご一緒させて頂きたいと私の方からお願いさせていただきました。色々と勉強させてください」
前回あった時よりも大きな瞳で見つめてきた。
「出川さんの会社と連名なんだから、これから先は参加してもらって一緒にプレゼンの準備した方がいいと思ってさぁ。て、言うか楽しいでしょ」
航の反応を楽しむように笑っていた。
どこまで本音かは分からないが、吉田の営業ならではの物怖じしないナンパ力には関心するしかなかった。
「出川さんって呼び方、あの出川想像してしまうから、三人とも同年代だからこれからは
いきなりフレンドリーな感じで距離を縮めてきた。
「もちろん構いません」
まだ硬い表情ながらも、小さく会釈しながら自然なトーンで答えた。
さっき三人とも同年代と言ってたが、実際の年齢はいくつなんだろうか? 吉田は実際の年齢知ってるのかな? もしも見た目と違って相当な誤差があったら本人はどう思うんだろうか? 余計な事ばかり頭に浮かんでいた。
「え――と。羽美さんへの宿題。企画書見てもらった率直な意見と感想。発表してくれますか」
唐突に言い出した。
「本当に恐縮なんですが、吉田さんから第三者目線で忌憚のない意見を訊きたいとご連絡がありましたので、父とも色々と意見交換した事をお話ししたいと思います」
丁寧にバックの中から資料を取り出した。
二人のやり取りを聞きながら、さては随分前から羽美さんとメール交換してたなと感じ、もしかして、メールだけの関係じゃないかもしれないと少しばかり嫉妬と疑いを抱いていた。
「企画書の内容は本当に素晴らしいと思いますので全く問題ないとは思うのですが、他の発表者の中には既に広告代理店に頼んで今回のプレゼンを行うかもしれませんので、あくまでプレゼンの質を上げて競争力を高める必要があるんではないかと思っています。そこで考えたのがつかみの最初の所で、今回の全体のコンセプトがイメージできる動画を流してみたらどうでしょうか……」
少し遠慮がちな仕草で、自身の手書きのコンテを差し出した。
手書きのコンテが、プロ並みに上手くこんな才能もあるんだと感心しながら説明を聞き始めた。
「高く伸びる杉が立ち並ぶ森林の中で案内役の二羽の小さな小鳥が、大きな大木の根元から駆け上がるように段々と細くなり葉が生い茂る木の中を越え先端を超えると眩いばかりの太陽の中に消えていく。一度フェードアウトし、ホテルのメインのエントランスにその木が現れ、世界中のゲストを迎え入れる感じの映像が前半で、後半では丸太から世界一長い一本杉の一枚板のカウンターへと二羽の小鳥が導きながら、世界中のゲストの笑顔の中を踊るように飛び回り、川崎の海へと飛び去って行く。こんな感じはどうでしょうか」
コンテに沿って真剣な表情で説明を終えた。
「動画は必要だよね。特に導入部分では効果的だよね」
吉田が当たり障りない感じの表現で、褒めながらも内容には触れなかった。
航も動画は必要だと思いながらも、これってディズニーアニメになっちゃうんじゃないかと口には出せずに戸惑っていた。
落としどころを探るように、営業で培った対話の職人が確認しながら外堀から埋めてきた。
「プレゼン時間って決まったんだよね」
「準備と撤収を含め十分以内だから実際のプレゼン時間は九分位になるかな」
航が役所からの書類に目を落とし答える。
「前にシュミレーションした時の掛かった時間が、自分のパートが三分でえんしゅうのパートが五分の予定だったよね……」
「そんな感じだったよね」
全く時間の意識も、話した記憶もなかったが、同意するように場の空気を読み答える。
既に仕切り役の吉田が、ちょっと真顔で問いかけた。
「羽美さんの動画一分位に納まりそう?」
「元々の想定が一分なので、全く問題ありません」
提案した動画が否定されずに、採用されそうな空気に少し安心した雰囲気を醸し出した。
「じゃあこのままの感じで行けそうだね」
ちょっとした作り笑顔のアイコンタクトで答えながら。
「でも、もう時間ないけど動画の実際の制作間に合うの? 当てある?」
もう既に話を前に進めていた。
そもそも、この動画をプレゼンに入れるか否かの話し合いってしたっけ……と思いながら、まあいいかと流れに任せた。
「実は動画制作を仕事にしてる友達がいて相談したんですが、本業がマックスに忙しいのでとても無理と断られてしまいました」
微妙に表情を曇らせた。
間髪入れずに吉田が話を振ってきた。
「動画制作の業者は知らなくもないけど、濃い関係じゃないからな……。えんしゅう知り合いいる?」
「上杉課長に言えば真剣に相談に乗ってくれると思うよ。切り出しにくければ自分から話してみようか……」
「ありがとうございます。ぜひお願いします」
本当にピュアな顔つきで真剣に頼ってきた。
頼られたことに満更でもない感情を抱きつつ、今度は吉田抜きで二人で会えると、とっさによぎった邪心とは反面、これで上杉課長に頼んで動画の内容を修正してもらえると本来の真面目な感情が湧き出し少し安堵していた。
「じゃあ。えんしゅう頼むな」
念押しされ、羽美が提案した動画の件はひとまず落ち着いた。
それから航と吉田、それぞれのパートの内容をお互いの意見を取り入れながら確認しあった。
一通りの議論をし尽くし、吉田が二人に投げかける。
「事実上あと二週間しかないから、来週は出来る限り会って、本番さながらのリハーサルをして自信つけたいよね。今日の課題をみんな持ち帰って、ちょうど一週間後の月曜日の今日ぐらいの時間に集合できればと思うんだけどどうかな?」
航も羽美も「了解です」「お願いします」とそれぞれの思いを抱きながら、真剣な眼差しを向けた。
共用会議室の次回の予約をして「では、来週月曜日の三時ね」と言って席を立った吉田に一礼しながら、羽美が「上杉課長の件は……」と一刻も早く動いてほしいオーラを放ちながら航の顔を見つめた。
「え――と。課長不在かもしれないけど、意匠設計部行ってみようか」
時は金なり、早速行動に移した。
部内を除くと上杉課長がデスクに座っていた。
二人を見た課長の顔が少し驚いていたが、現在の状況を理解していたので、二人を業者との打ち合わせ用の応接セットへ手招きした。
航から、先ほど話したばかりの動画の内容を説明し協力を仰いだ。
「丁度よかったよ……部長からも何か協力してやれとはっぱかけられてたので、明日当たり訊きにいこうと思ってたところだったんだよ」
手放しで喜び、普段羽美の会社と仕事でよく絡んでいる部下の河瀬を手招きし同席を促した。
「動画制作ならうちの部の守備範囲だから問題ないよ。安心していいよ。二週間あれば何とかなるよ。じゃあ。動画の内容についてはピュアさんと詰めていけばいいの?」
もう既に具体的な話に進んでいった。
「そうです。動画については出川さんに一任しましたのでよろしくお願いします」
二人で頭をさげ、丸投げし、課長に一任した。
「分かった」と言い、「今聞いた内容なら、タツノコ映像企画がいいと思うんだよね……」
と言いながら、既にスマホを操作していた。
相手が電話に出るなり「社長いる」とこちらの名前を名乗ることもなく、当たり前のように切り出した。
航と羽美は、そのやり取りを聞き、相当親しい関係なんだと感じていた。
「社長、ビックニュース。小柳部長が社長を戸塚カントリーに接待したいから都合のいい日訊いといてだって……」
と言いながら、暫くお互いに何を話しているか大笑い……。
「実はね、社長。今回の話は本当に部長に貸しが作れる案件だから、採算度外視でやってよ。間違いなく今後五年は食いっパクれないから……詳しいことは河瀬に説明させるから」
そのまま自身のスマホを渡して続けさせた。
河瀬が気を使い、腰を上げ席を離れながら少し距離を置いた場所で、今回の経緯を話し始めた。
「あの社長頭良くないけど、丁寧な仕事ちゃんとするから心配しないでいいから」
二人の不安を払拭するように話しかける。
「タツノコさんなら最高です。ありがとうございます」
羽美が、以前に仕事で接点があったようで、少し興奮を抑えきれない弾むようなトーンで心情を表現した。
暫くすると河瀬が電話を繋ぎながら問いかけてきた。
「出川さんタツノコさんとの初回の打ち合わせ日時決めたいのですが、ご都合どうですか」
「いつでも結構です」
先方との話し会いで、その場で予定が決定した。
「では、明日の三時にここでお願いします」
結果を受け、上杉課長が上機嫌で笑いながら立ち上がる。
「これで部長にいい報告できるわ。ピュアさんまた明日ね」
事がとんとん拍子に運び、皆が安堵した表情を浮かべ話し合いを終えた。
意匠設計部の部屋を出るなり、興奮を抑えきれない様子で羽美が話しかけてきた。
「志山さん。本当にありがとうございます。実は以前タツノコさんと一緒に仕事をする機会があって、すごい動画作ってたんですよ。その印象が強くて、今回の動画制作お願いできないかと父とも話していたんですよ。ほんと夢のようです」
「それは良かったですね。流れがいい感じですね。いい動画になりそうですね」
内心は二人で話していること自体に動揺していたが、当たり障りなく返した。
「志山さん。この後時間ありませんか? 色々と相談したい事もあるので、ご飯食べながらどうですか」
「え――と。ちょっと仕事がまだあるので申し訳ないです。今度、実は実家が居酒屋なので後日、時間があるときにどうですか?」
とっさに時間はどうにでもなるにも関わらずなぜか答えてしまった。
内心奥底では、ホームグラウンドの笑集で酒を飲みながらであれば緊張しないで話せるのではないかと思っていた。
「是非是非、お願いします」
次の誘いを期待するような顔で見つめ返した。
仕事上だけの会話なのか、それとも個人的に何かの思いがあるのか邪念と妄想を脳内で活発化させていた。
その夜ベットの中で、羽美さんと笑集で楽しいお酒を共にしている愉快な「見来」を観ることを期待して眠りについたが、何故かディズニーでなくUSJで、ハリーポッターの衣装を纏った羽美さんに魔法をかけられている、ちょっとシュールな楽しい映像だった。
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