見四来

 次の吉田との打ち合わせの日がやってきた。今回の打ち合わせは共用会議室を予約し、時間無制限の予定でお互いスケジュール調整し臨んだ。

 

 航が開口一番ハイテンションで語り始める。

「メールで送った企画すごいいいでしょう……鉋の一枚一本削りの企画……」

「よく思いついたな……ほんと感心したよあの企画。あれなら定期的な一大イベントになるよ。それって結構な強みになるからね。作るだけじゃなくて、その後のネタが欲しかったんだよな……ほんと凄いよ」

 言い足りない思いを醸し出しながら興奮気味に続け。

「営業的にはイベントのポスターの絵柄が浮かぶんだよね。舞い上がる鉋屑かんなくず。どこまでも長く伸びる鉋屑。大工の後姿から湧き出す職人魂。もう言うことないね。法被はっぴの柄まで考えてるぐらいだよ」

 もう既にイメージが出来上がっていた。

「で、それも入れたプレゼン資料のたたき台作ってきたから確認してみて」

 自身の作った資料をバックから取り出し手渡した。

 

 航はきっとプレゼンの資料は吉田が作ってきてくれると当てにしていたので、内心ホッとしていたが、真意を気づかれないように装っていた。

 

 吉田が内容についての説明を始める。

「まず、今回の資料は選考会でのプレゼンにそのまま使えるように作成したので、若干内容が薄い感はあるかと思うけど、あまり詳細な情報を列挙するとプレゼン向きではないし、実際のプレゼン時間もまだ決まってないから、補足説明の内容に関してのボリュームも調整する必要があるので現段階ではこの程度に抑えた方がいいと思うんだけどどうかな……」

 

 眉間にしわを寄せ書類に目を落としながら「そうだな」とさも理解したような態度で答える。

 

「もちろん、書類選考の資料はもう少し情報増やした感じでリメイクしようと思うけど、どうかな……何か意見ある?」

 資料にメモを取りながら航に意見を問う。

「プレゼンに関しては俺はド素人だから内容に関しては吉田に一任するよ。逆にプレゼンの時は実際に何すればいいの?」

「分かった。じゃあ決めちゃうよ。まず前半のスライドの五ページまでは、企画立案コンセプトとデザインコンセプトの説明だから自分が説明する予定。そこからバトンタッチして企画内容の説明はえんしゅうにお願いしようかと思うんだけどどうかな……」

「やっぱり俺も説明した方がいいかな……」

 自信がないので、できればやりたくないオーラ丸出しで答える。

 その様子を見て笑いながら、直接説明する意義を投げかける。

「気持ちは分かる……でもさ、今回の企画は元々えんしゅうの物でしょう。やっぱり自身の言葉で伝えないと想いが伝わらないと思うんだよね。まして、杉の説明なんかは、実際に知識があるえんしゅうだからこそ説得力が増すと思うんだよね」

 渋々ながら承諾するも、弱音を吐く。

「分かった。もし、てんぱっちゃって真っ白になっちゃったら助けてね」

 笑みを浮かべながら、左手の親指を上げ「了解」と返す。

 

 吉田が少しばかり考え込むように腕を組みながら。

「あとは、少しでも歩留まり上げるしかないね……民間のコンペだったら実際の杉を見本として何か審査員に配っちゃうんだけど、今回は出来ないしね……」

 続けて少し小声で期待するかのように囁く。

「今回の建築模型作れないの?」


 航が少し上目遣いに天井を見上げ、暫く思慮に時間を費やし。

「今、大きな案件が入ってるので手一杯だから厳しいかな」

「そうか――仕方ないね。何しろ内容をもう少し精査してお互いのパートをブラッシュアップするしかないか。えんしゅうのパートの企画内容の部分、見直してみてよ。変更内容メールでくれる。反映させとくから……。取りあえず時間あるので一度通しでリハーサルしてみようか……」

 

 吉田が自身のパソコンを会議室のモニターに繋ぐ準備を始める。

 

 映像が始まり最初に連名の応募名が映し出された。

「えんしゅうはピュアハウス設計事務所との連名での提出になった経緯は聞いてるの?」

 自社の名前との連名になった事情を問いかける。

「詳しくは知らないんだけど、課長に訊いた感じでは、単独の提案だと何かと風当たりが強いから、ぼかしを入れたんじゃないかって言ってたけど……」

「そうあんまり深い意味はないみたい……そもそもピュアハウスって知らないし」

「俺も知らない」

 二人で笑い、納得する。

 

 リハーサルが始める。本番さながらの物言いで深々と頭を下げる。

「本日はこのような名誉あるプレゼンの機会を与えて頂き誠にありがとうございます。又、審査員の方々におかれましては、日夜、市の発展にご尽力して頂いていることに一市民として深く感謝申し上げます」

 

 緊張感を感じながらも、吉田が住んでるとこ鶴見だから横浜市民じゃないかと……そこが気になって仕方なかった。

 

 一息入れ、モニターに目を向け最初のタイトル画面を映し出す。

「本日のプレゼンのテーマが『世界中の笑顔のたまり場~世界一長い一本杉で作られた一枚板のカウンターテーブル~』です」

 決して焦ることなく、落ち着いたトーンで普段より声を張り、聞き手のペースを考えながら適度な間を開け、それは見事な話しぶりに感心していた。

 一度遠めに目配りをし、次のスライドを映し出す。

「まずテーマにあったように今回のコンセプトは、川崎のこの地に世界中の笑顔を集めたい。日本ならではの空間を堪能していただきたいです」

 モニターに映し出されたスライドショーに浮かぶ文字を一行ずつ開きながら、慣れた話しぶりでの解説が始まった。

 

 国際色豊かなゲストが集う観光拠点の課題に沿って、観光拠点としての役割とは何か? からの視点で数字的なデータを取り入れながら企画の必要性を強調し、日本ならではの体験と思い出作りのイメージを表現し伝えた。

 メインの企画である、川崎のロゴをイメージした川の字に配置された世界一長いカウンターのコンセプトを説明し終わり、航のパートである実際の企画内容の説明にバトンを渡した。

 まるでプロの司会者が話してるような吉田のプレゼンからバトンを受け、どう始めていいか緊張でどうしていいか分からなくなっていた。

「やっぱ俺厳しいよ。吉田の後じゃ無理だよ……。絶対吉田が全部やった方がいいよ。マジで」

 逃げたくて仕方のない本音を吐露する。

「上手い下手だけでいったらそりゃあ俺のが上手いと思うよ。伊達に七年……いや八年か営業やってるんだから……。でもプレゼンって結局、だと思うよ。俺の経験上間違いないから。後は印象次第だから……」

 説明の仕方の上手い下手はあまり重要でないと説得するように優しく投げかける。

「いやあ。俺緊張しいだから。多分あがっちゃってフリーズしちゃうと思うだよね」

「お酒飲んでるときはすごい饒舌じゃん。あのノリで話せばいいと思うんだけど……」

「酒飲むと気が大きくなって平気なんだけど……要は小心者なんだよ」

 情けない顔をして訴える。

「じゃあ。お酒飲んでやっちゃう」

 と、少し茶化した後、元気づける様に投げかける。

「何しろ俺が傍にいるからさ――。無理そうだったら何とかするからやってみようよ」


 吉田が背中を押すように、今までに見た事のないような真剣な顔つきに変わり想いを伝えてきた。

「これは経験上なんだけど、人の考えた内容を表現しようとしても、それこそプロじゃないと人に伝わらないから。丸暗記した台本を読むような感じだと、想いが伝わりにくいし、忘れたときにそこで終わっちゃうから。自分で考えた内容を自分なりの言葉で表現することが出来れば必ず想いが言葉に宿るから」

 

 同僚の言葉に、普段は愚痴らないでいつも明るいけど、きっと相当なプレッシャー浴びて今まで仕事してきたんだなと悟る。


 自身の甘えを押し消すような感情の中で、気合を入れ直し、気持ちを新たに真剣な顔つきで答えた。

「わかった。企画内容もう一度自分の言葉で表現できるように考えてみるから。出来上がったらメールするから目を通してね」

 

 書類選考の企画書提出期限まで猶予がないので、企画書の内容について諸々の確認をし、航が追加したい内容も加味した上で、最終的に吉田の仕上げる書類内容を最終チェックし提出することに決め会議をお開きにした。


 会議室の扉を開けながら足を止め、振り向きながら航の肩を叩く。

「まあ。やるだけやって。最後は運とパイプの太さで決まるだろうから。あまり力まないで行こうよ」

 

 運は分かるけどパイプの太さって何? と思ったが、あえて疑問はぶつけずに「そうだな」と笑って返した。


 それから、航のパートの内容が二転三転し、戸惑うことが多々あったが、何度も修正を重ねた。

 最後のページの裏にスギの学名である "Cryptomeria Japonica"日本語訳で「日本の隠れた財産」との文字の背景にうっすらと木目を配し、実際の空間をイメージした長く伸びるカウンターの周りで愉快に談笑する世界のゲストのイラストを載せ、無事に企画書を期限内に提出できた。


 その夜の「見来」は、何故かマラソンランナーになり沿道から声援を受け、ゴールの競技場で、会社のみんなからスタンディング・オベーションで喝采を受けている心地よくも不思議な映像だった。

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