見三来

 航はそれから、吉田から言われたもう少し尖った物をずっと日夜考えていた。

 

 いつものように笑集のカウンターの隅の定位置で何かヒントがないか、ぼっとしながら店の中を見回していた。

 父の誠が料理終わりのフライパンを洗い、少しかがみながらカウンター越しに航の雰囲気を見て悟ったように声を掛ける。

「やっぱり凡人から脱皮できないか」

「やっぱり凡人の子は凡人。どこまで行っても凡人」

 自虐的な言葉を吐きながら、誠に問い返す。

「尖った物って何かわかる?」

「なんかよく使う奴いるよな。結局、人が驚くようなことなんだろう。感動するっていうか想像もしないこととか……」

「ん……。まあそうなんだろうけど、実際自分で考えると難しいな……」

「何。こないだ武さんと盛り上がってた話の続きか?」

「そう。海に手伝って貰った企画書の内容だけじゃ何かパッとしないんだよね。何か話聞いたら、他の会社もマジにやってきそうな感じだから、これでもかっていうインパクトが欲しいんだよね」

「じゃあ。又、武さんに相談してみれば、さっき電話あったから。もう少ししたら来ると思うよ。連れも一緒だと思うけど」

「話したいけど連れが一緒じゃ話せないね」

 少しガッカリしレモンサワーを口にしながら、寂しそうに項垂れる。


 暫くして武さんと連れがやってきた。

 誠とさゆりが、居酒屋「笑集」らしく、いつもの元気な張りのある掛け声で二人を迎える。

 連れの男性も誠の事は良く知ってるようで「大将久しぶり」と右手を上げ挨拶し、予約していた奥の座敷に入っていった。

 

 母のさゆりが、おしぼりを座敷に運び飲み物の注文を取り部屋を出て来ると、カウンターに座る航の後頭部を軽くたたきながら。

「武さんが嫌じゃなかったら一緒に飲まないかだって。連れの事は気にしないでいいからだってさ。飲み物用意するからそれ持って行って」

 店が忙しいので、航の意見など訊かずに当たり前のような感じで指示した。


 航がさゆりの用意した、お通しとビール瓶、グラスの乗ったお盆に、飲みかけの自分のジョッキーを乗せて部屋に向かう。

 誠がさゆりに小声で囁く。

「お前が武さんにお願いしたのか……?」

「そんな訳ないでしょ。武さんの方から言ってきたの。航が物欲しそうな顔してたんじゃないの……」

 ビールサーバーの取っ手に手を掛けながら無表情な顔つきで答える。


 部屋の襖を開け、飲み物の乗ったお盆をテーブルに置き、航が初めて会う連れのお客さんに少し緊張気味な感じで挨拶する。

「志山航です。宜しくお願いいたします」

 すかさず武さんが笑いながら。

「そんな堅苦しくなくていいから……こいつはマブダチだから、全く気使わなくていいから……俺と同じただの呑み助」

 航の緊張を解すように航の二の腕を持ち引き寄せた。

 

 武さんの横に座った航が、お通しと箸をセットしビール瓶の蓋を開け二人にビールを注ぎ、取りあえず三人で乾杯した。

 

 武さんが口火を切り、すごい興味がありそうな口調で半身になり語り掛ける。

「航君。こないだ盛り上がったじゃん。あの話あれからどうなったのか気になってさ……」

「実はお陰様で、社内コンペで社長賞に選ばれて、社の代表で今度の市の選考会に出る事となったんです」

 ちょっと謙遜気味な感じで返す。

「すごいじゃん。そうなんだ。この前の盛り上がり無駄じゃなかったんだね」

 喜び笑顔で背中を叩く。

 連れに向かって以前に航と社内コンペの内容について盛り上がった内容を語り始める。

「お前、話分からないだろうから何のことか説明するとな……。妹さんの海ちゃんが世界一のバー作ればと言い出して、結局最終的には世界一長い一本杉で作った一枚板のカウンターで盛り上がったんだよな」

 その間の航のリアクションをオーバーに表現しながら、面白おかしく伝える。

 

 それから、酔いも回り緊張がほぐれ、場に馴染んだ航が今悩んでいる事を素直に武さんに相談した。

「今、同僚の吉田って奴と一緒に選考会へ向けて準備してるんですけど、そいつ営業で裏情報も仕入れてるようで、そいつ曰く今回の選考会は訳ありで他社も本気で来るみたいなんですよね。それで、勝つためにもっとインパクトがあると言うか尖った物が欲しいって言うんですよ……何かアイデアないですかね……」

 本当に相談に乗ってほしい想いを全身で醸し出しながら問いかける。

「そうなんだ……」と少し間を置く。

「尖ったね……じゃあカウンター全部大根おろし器にするか」

 自分で言って爆笑し、続けざまに「冗談よしこちゃん」と言ってふざけて見せる。

 対面に座る連れがその様子を見てちょっと呆れ気味に問い正す。

「少し真面目に考えてやれよ」

「では、真面目に。現在のプレゼン内容の柱は何か? それと具体的な内容を少し嚙み砕いて教えてくれる」

 冷静なトーンで話し出す。

「え――と。柱は間違いなく、一本杉の一枚板のカウンターです。あと具体的な内容としては、絵で見せた方が分かりやすいんでしょうけど……今手元にないんで説明が下手ならごめんなさい。まず三列のカウンターが川の字になっていて川崎のロゴをイメージしています。その真ん中がメインの一枚板のカウンターで一番高くスタンドバーの高さなんですが、あえて畳を敷き詰め、靴を脱ぎ楽しんでもらう企画になってます。日本の匂いも感じてほしいので、カウンターの支柱はひのきにし、畳のい草の匂いも楽しんで欲しいと思っています。あと両サイドのカウンターは一つがテーブルの高さにし椅子を置き、もう一つが掘りごたつの高さの感じですか。一応、回遊性の観点から真ん中のカウンターは下を潜り両サイドに行き来ができ、両サイドのカウンターは途中に幾つか間隔を開ける設計です」

 航の話を聞いて二人とも驚いた表情を浮かべる。

 武さんが感激した顔つきで素直に疑問を投げかける。

「この前の話から良くここまでに仕上げたね。感心だよ。これだけで充分尖ってると思うんだけど……まだ必要なのかな……」

「え――。デザイン。ん――と。設計的にはこれで問題ないと思うんですが、多分吉田的には、プレゼンのシナリオが欲しいだと思います」

 

 航は内心、自分でも考えてもいなかった言葉がとっさに出て少し優越感を感じていた。

 

「そうだよね。プレゼンの内容も考えなくちゃいけないもんな……」

 納得した感じで頷くと。間髪入れずに武さんが連れに問いかける。

「お前プレゼン昔得意だったよな……何かアイデアないのかよ」

 茶化すような言い方で言い放つ。

「今聞いたばっかの話でアイデアもくそもある訳ないだろう」

 少し視線を逸らすように、遠目に目配りしながら笑って答える。

「だよな」と武さんも笑いながらビールグラスに手を伸ばすと、二人ともつられるように自身のグラスに手を伸ばした。


 武さんの連れが興味ありげに質問する。

「杉のカウンターってどのくらいの長さになるの?」

「予定では五十メートル位です。少し短くなるかもしれませんがその位はいけると思います」

「五十メートルって結構長いよね。実際に生えてるんだそんな木。全く想像がつかないけど」

「大学の時、日本木を研究するゼミに入ってたんですよ。それでそれなりの知識があって……」

 武さんが補足するかのように笑いながら話を被せ、茶々を入れる。

「航君の卒論が何と『日本一の杉巨木』だっけ」

「ちょっと違いますけど、そんな感じです」

 続けざまに武さんの連れが尋ねる。

「カウンターの表面はそのままの状態……。何かコーティングする予定……」

「やっぱり無垢むくに拘りたいと思っています。杉は檜のようにあまり匂いはしないのですが、木目の味わいは抜群なのと、何しろ手触りを味わってほしいのでオイルステインとかは避けたいんですよね」

 無垢への拘りを強調する。

「でも無垢って最初は良いけど、結構傷つくんじゃないの。杉って硬い木だっけ……」

「いや、決して硬い木じゃありません。どちらかというと柔らかいから加工しやすいので重宝されてる木です」

 そのやりとりを聞いていた武さんが、何か思いついたような顔つきで航の顔を直視し話し始める。

「航君思いついたよ。その柔らかさを利用すれば良いんだよ。定期的にかんなを引いて元の状態に戻せばいいんだよ。一枚皮を剥けばいいんだよ。それをイベント的に開催する事をプレゼンに入れれば尖った感じになるんじゃないの」

 突然、自身の中で盛り上がった感情を隠し切れないような言い方で航に話しかける。

 航は思いもよらない展開に驚きながらも、武さんの言葉に感激。

「それ絶対プレゼンに入れます。それですよそれ……。求めてた尖った物ってそれですよ!」

 とっさに少し座り位置を後方に下げながら正座し、武さんに一礼する。

 興奮した思いそのままに立ち上がり航が二人に問いかける。

「何か食べたいものはありませんか……お礼に何か親父に頼んで作ってもらいますから」

 二人とも苦笑いし、武さんが答える。

「ちゃんとお金払うから、いつもの笑集揚げ頼んで、あと氷と水もね」


 航が厨房に入りオーダーを告げると母のさゆりから忠告される。

「武さんはお客さんなんだからね。お連れの人と話もあるだろうから、適当なところで切り上げなよ」

「わかった。じゃ氷と水運んだら終わりにするよ」

 

 航は本心、実は目的達成したので今日はもう帰ろうと思っていた。

 

 部屋に氷と水を運び笑集揚げは二十分程掛かる事を伝え、この後待ち合わせがあると嘘をつき席を離れ、航は店を後にした。



 二人になった座敷で今日の本題の話が始まった。

 

 武さんの連れは役所の同期で、副市長時代には港湾局の局長をしていた山崎俊一やまざきしゅんいちで、何かにつれ二人で相談し役所を動かしてきた盟友である。

 山崎に対し片膝を立てリラックスした感じで話しかける。

「いや。航君がいると思わなかったから……。思いがけない展開になったな。でも、話早くなって良かったわ……。実は、大将からこの間、航君の企画が今度の選考会に参加するとそれとなく聞いてたもんで、おまえと作戦会議しようと思って今日誘ったんだよ。まあ。説明する必要が無くなったけど航君の企画は聞いての通り面白いんだよ」

 少し俯瞰した上からの物言いで、元副市長の空気感を漂わせる。

 山崎が自身のグラスに氷を入れながら計算なのかを確認する。

「さっき言ってた鉋のイベントの話、元々考えてたのか……」

「あれは、流れで思いついただけ。何しろ現役君は、市長からのメディア露出の圧が強くて、話題作りで頭抱えているから、何かイベント作れないか頼まれてた訳……それで偶然思いついた訳だ……」

 あくまで準備していた訳でないと直に答える。

 

「まあ話し戻すと、今回の選考会はお前も知っての通り市長の肝いりだからみんなピリピリしてる訳だ。話題性が重要なわけ。で、航君の企画は条件満たしてるし、何かにおいてハンドリングしやすいし、今後の展開次第では大化けする可能性もあるからぜひ賞を取ってもらいたいんだよな」

 今日の相談内容を明らかにした。

「よーわ。選考会の根回しだな」

 阿吽の呼吸で、意味を汲み取り答える。

「その通りでございます」

「選考委員の面子は誰……どうなってるの……」

 山崎が少し前のめり気味の姿勢になり、眼力が鋭くなる。

「今日の時点では、建築関係の学者が二名。当たり障りのない学者が三名。経済団体から二名。港湾から三名の計十名だな」

 構成を説明し、考え深げに自身のウイスキーの水割りを氷の音を立て飲み干した。

「結局、学者連中は強く推してこないから、他の発言者の迫力で流れが決まるな」

 山崎が状況を分析するように呼応する。

 新しい水割りを作り山崎に視線を合わせず呟く。

「で、本題。今日の最初のお題は、御老体を選考委員にぶち込みたいという事……」

「そんなの薮下(現在の副市長)にやらせればいいじゃん」

 つっけんどんな反応をする。

 少し俯きながら投げかける。

「藪にはもう話したけど……御老体は港湾の藤井家とは犬猿の仲だろ……色々と気にしてる訳よ……」

「出てくるのは御大おんたいじゃないだろう。三代目の修太だろう。問題あるのか……?」

 首をかしげながら、手をこねながら真意を探るように覗き込む。

「まあ。俺も藪の立場だったから分かるんだけど、色々と気を遣うんだよ。そこで山に藤井家に仁義切ってほしいんだよな……」

「ふ、結局そこか……」

 笑いながら氷の入っているアイスペールに視線をずらし、自身のグラスに氷を入れ始める。

「その件はご指示通り善処させていただきますが……他にも何かあるのでしょうか?」

 既にやり取りを少し楽しんでるような空気感で問いかける。

「ついでと言っては何なんですが、港湾関係の他の選考委員にこの話の根回し、お願いしたいのですけど……」

 少し茶化すような小声で囁く。

「話をする事はやぶさかでございませんが、何かお土産はあるんでしょうか……?」

 少しふざけた顔つきで、分かってるよなって感じに首を曲げ、上目遣いで小声で応じる。

「お土産は……。港湾局内で考えて頂ければ幸いでございます……」

 二人にとっては暗黙の了解なのか、意味深な笑顔を浮かべる。


 二人ともこれからの段取りを想像し、暫く沈黙の時を過ごす。

 

 武さんが水槽を見ながら立ち上がり懐かしむように山崎に問いかける。

「いつも添島市長、この水槽覗き込んでたな……」

「墓場まで持って行かなくちゃいけないネタで腹いっぱいだよ」

 山崎が笑って答える。

 お互いにこの部屋で色々なことを話し合った事を思い出しながら感慨に耽っていた。

「そういう事でよろしく頼むな……もう少し飲むか」

 襖を開け、注文の為に「すみません」とおかみさんに声を掛けた。

 

 

 その夜の「見来」は、何故か映画の中のヒーロー達や漫画の主人公達が一緒に鉋を握りしめ、鉋屑の長さを争っているドキドキするような楽しい映像だった。

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