【22話:覚悟】

◇◇◇

アセルベさんが店を出てから四時間が経った。

私はメイド服を脱ぎ捨てて、別の服は着れないままでいた。

どこか、心の一部を抉り取られたような。そんな違和感のあるわだかまりが私の意思決定を阻害した。


「さすがに、心配……」


そろそろ「聞き出してきましたよ!」とか言って戻ってきてもおかしくない時間。いや、アセルベさんならもっと早くに…

探しには、いけない……私じゃ何も…

もし見つけても、また…あの時みたいに……


「お邪魔しまーす」


カランカラーンという音を鳴らし、店の扉は開かれた。


「あっ、はい!いらっしゃいま……」


「え………」


「………」


私は大胆に下着姿をお客さんに晒した。


「あ、あははー……」


相手にバレないように、一歩ずつ後ずさりしながら店の奥へ後退する。

そしてお客さんから見えなくなったタイミングで、私は全速力でいつもの服に着替えた。


「も、申し訳ありません…!お待たせ致しました……」


「あぁ、全然良いよ」


お客さんは全然気にしていない。なんて紳士なんだ…

顔もイケメンだし。でも、なぜか好きっていう感情にはならない。

いつもの私ならすぐ一目惚れするんだけどな…


「えっと、クロカワミオさんであってる?」


「えっ?あ、はい。そうですよ」


私のことを知っている?誰だろう。

こんな勇者っぽくて、特徴的な赤いマントをしてる人なんて…


「良かった。君に聞きたいことがあってきたんだ」


「…はい、なんでしょうか」


「俺はアセルベと同じパーティの勇者、フィデルだ。昼過ぎには帰ってくるって言ってたアセルベがまだ帰ってきてないんだが…何か知らないか?」


…そう、そうか。アセルベさんの…!

この人なら……頼れる…

でも、どこにいるかなんて…


「…金髪の勇者を探しに行くと言って、昼過ぎにここを出ていきました。それから…四時間です」


フィデルさんは一瞬衝撃を受けたような表情をしたが、すぐに落ち着いて話を続けた。


「…もしかして、その金髪の勇者の髪は長いか?」


「そうですね…肩にかかるくらいはあります」


「………分かった。ありがとう」


そう言ってフィデルさんは私に背を向けた。

…探すつもりだ。でも、どうやって?

そもそも、こうなってしまった原因は私……

もしアセルベさんの身に何か起きていたら…


「あの……」


「ん?」


ここでじっと待ってるわけにはいかない。私も行かなきゃ……


「えっと……その…私も、ついていっていいでしょうか…」


正直怖い、またスカムさんにあんなことされたら…

でもこのままだとアセルベさんが……


「良いけど、こっちは真剣なんだ。そんな震えて…中途半端な気持ちでついてこられたら邪魔だ。来るなら邪魔にならないところで見守っててくれ」


「………」


無意識だった。手の震えが止まらない。

まただ…このままだとまた、アセルベさんの時と同じように何も、できない……


「こっちは急いでるから。情報、助かったよ」


嫌だ。そんなの、嫌だ。

アセルベさんには助けてもらっておいて、私だけ逃げるなんて有り得ない…


「……行きます」


掠れた声で、絞り出すように私は言う。

今しかない。ここしかない。私が、動かないといけない。

泣きながらでも行ってやる。

私が……


「私が、アセルベさんを助けます」


「…分かった。それじゃあ行こうか」


「はいっ!」


私の顔は多分、ぐしゃぐしゃだ。



「―――エングビリヒか…」


「はい。アセルベさんはそこで間違いなく…その……危険な目に遭っています」


「根拠は?」


「追跡魔法です。お花を探すためにかなり練習したので、正確性は保証できます」


あの後、店の中にスカムさんの髪の毛が奇跡的に落ちていたのを見つけた。

それを使ってスカムさんがいる場所を特定し、私とフィデルさんは急いで向かっている。


「…わかった。まあいい。もう既にそこにはロナリーとダムを待機させているから、あとはさっき言った作戦通り。頼んだよ」


「任せてください」


私はもう逃げない。アセルベさん、少しだけ待っててください…!

そうして少し走り、例の宿屋に着いた。


「…ここか」


「フィデっち遅い!ほら、早く行くよ」


ロナリーさんがスタッと、屋根上から飛び降りてきた。

一瞬だけ私と目が合う。


「久しぶりだね、ミオっち。いろいろ話したいけど、今はちょっと…」


「はい、分かっています」


「……じゃ、始めよっか」


そう言うとロナリーさんは屋根の上に戻った。


「作戦開始」


フィデルさんの合図とともに、私は一人で歩き出した。

周りを警戒しながら、可能な限り音を立てずに歩く。

この宿に部屋は二つ。一つは一階に、もう一つは二階だ。追跡魔法によるとスカムさんがいるのは二階だった。私はゆっくり、ゆっくりと階段を上る。一歩ずつ、丁寧に、ゆっくりと。


バキッ


「なっ……!」


足元の木が割れる。思わず声が出たが、私は咄嗟に口を押さえた。

まだ大丈夫。見られるまではバレていない。まだ大丈夫。大丈夫。大丈夫…


「ふぅ………」


一度呼吸を整えてから、再び階段を上る。

他に問題は起こらず、なんとか二階の部屋の前にたどり着いた。

身をかがめ、部屋の中に耳を澄ます。聞こえるのは金属音と荒い呼吸だけ。

……中にはスカムさんがいるはず。多分、アセルベさんも…

私は魔道書を準備し、ドアの取っ手に手をかけた。

そして勢いよく、ドアを、開ける。


「アセルベさん!!」


「んんッ、んんん……!」


「………え…」


目の前には手足を拘束され、目隠しをされ、猿轡さるぐつわを噛ませられているアセルベさんの姿があった。服は、着ていない。


「…あ、スカムさんは……!」


我に返り辺りを見渡すが、スカムさんの姿はない。


「いない……」


「んんん!んんんんッ!」


アセルベさんが何かを訴えるように声を出し、金属音を鳴らす。


「大丈夫ですよアセルベさん。私が、助けに来ましたから…!」


「んんんんん!!」


私は暴れるアセルベさんに近づいて、目隠しと猿轡を外す。

手足の拘束具には鍵がかかっており、外すことが出来なかった。


「ごめんなさいアセルベさん……私………」


「ごほっ、ごほっ……後ろ…ミオさん、後ろ!!」


咄嗟に後ろを振り向くと、スカムさんが私に向かって剣を振り下ろしていた。


「え――」


私は死を覚悟した。

結局―――

何も――

――

―。


「……」


目を開けるとそこは天国……


「…?」


では無かった。木が見える。床だ。


「生きてる……」


「今だッ、ミオ!!」


その言葉で私はハッとした。

顔を上げると、フィデルさんがスカムさんの手を止めている。


「……イマーゴ・フロス・クレアティオ!!」


私は魔道書を開き、上に掲げる。


「この魔法、花を生み出すだけじゃありませんから…!」


光とともにツタが生成される。

そのツタはスカムさんに絡みつき、身動きを取れなくする。


「くっ……こんなツタごとき…」


その瞬間、窓ガラスが割れる音と同時にロナリーさんとダムさんがスカムさんに襲いかかる。

二人は倒れるスカムさんの上に乗り、口を開いた。


「爆炎破……!」

延焼斧えんしょうふッ!」


二人の燃え盛る拳と斧がスカムさんに直撃する。…はずだった。


「ヴァント!!」


その攻撃とスカムさんとの間には壁。防御魔法によって攻撃は防がれ、ロナリーさんとダムさんは弾かれた。


「うわっ…!」

「うおっと…」


その魔法はアセルベさんによるものだった。

スカムさんの口元はうっすらと笑っているように見える。


「アセルっち、なんで…」


「……」


アセルベさんは黙ったままだ。

スカムさんの特殊能力…いや、魔法と言うべきか。

アンドリグ・ドミナンス――


「……すみません。スカム様は…殺さないでください…お願いします……」


異世界というのは厄介だ。状態異常『魅了』

私も、アセルベさんも。転生者であってもこの世界に適応し、ステータスやバフ、デバフ、状態異常の影響を受ける。

良く言えば身体能力が上がり、強くなれる。だけどどうしても油断はしてしまう。転生者だから。人より強いと錯覚する。でもそれは……


「お前らに俺は殺せねえよ雑魚が。というより、あの女がそうさせねえだろうな」


「何をした……」


フィデルさんが怒ったような様子で聞く。


「アセルベに…何をした」


「…さあ?」


「さあじゃねえよッッ!!」


フィデルさんは「集雷しゅうらい」と声を荒らげながら魔法を使用し、剣を引き抜いた。

その直後、アセルベさんも叫ぶように魔法を使った。


「スコタディ・クティピマッ!」


「ぐっ…!」


フィデルさんは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。


「はぁ………ふ…はぁ……」


アセルベさんは過呼吸になっており、顔は青ざめていた。


「ぁあ……ごめん……なさい…勇者様……」


「ちっ…アセルベを返せよゴミ勇者!いや、お前は勇者でもなんでもないッ!」


「おー怖いねえ…」


感情に任せて言葉にするフィデルさんに対し、余裕な様子で受け流すスカムさん。呆然としているロナリーさんとダムさん。ただただ涙を流すアセルベさんと、傍観者の私。

誰も不用意には動けなかった。


「目的はなんだ…」


「んなもんねえよ。憂さ晴らしだ」


「嘘をつくな」


フィデルさんは落ち着きを取り戻している。ただ、今にも爆発しそうな爆弾のように表情は硬い。


「……ま、理由をつけるならパーティ勧誘だな。今度、大会があるの知ってるだろ?」


「…大会?」


「あ……フィデっち、私それ知ってるよ。最強のパーティを決めるトーナメント式の大会だって」


「人数は多い方がいいからな。一緒に出るやつを探してたんだよ」


確か、『第一回最強パーティ選抜大会』だっけか…

当然私は出る予定はなかったが、お客さんから聞いたこともあるし街中でも話題になっていたので存在は知っていた。


「…そうだ、お前らも出ろよ。それならこの女も今は解放してやるよ」


「本当だな…?」


「ああ。その代わり、パーティはそこの魔法使いと勇者のお前、そして…」


なぜかスカムさんと目が合う。


黒川澪くろかわみお


「………え?私?」

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