【21話:油断】

「あ……」


「ん?」


私が驚いて見つめていると、そこそこ高身長の男は私に気づいた。


「あー……お前あれじゃん、酒場でぶつかった女」


「…どうも」


言い方に少しイラつく。なんというか、チャラい。

こういう人苦手なんだよね私…

というか、なんでこの男が店の奥から?一緒に働いてる?


「えっと……あなたは…」


「は?俺?お前が先に名乗れよ。普通自分からじゃないの?こういうのって。うざ。まじ意味わからんわ。頭悪すぎ」


「………」


「ちょっと、言い過ぎですよ…!」


ミオさんが囁き声で男に言った。

さすがに口悪すぎでしょ何だこの人…


「…私はアセルベと申します。魔法使いをやってます」


「ふーん。あっそ」


あっそってなんだあっそって。お前が聞いたんだろ。

ミオさんの方を見ると、なぜか気まずそうにモジモジしていた。


「俺はスカム。勇者だ」


男は自慢するように言ってくる。

勇者?こいつが?やばくね?


「ここで何をしてたんですか…?ミオさんとは知り合いなんですか?」


「……」


ミオさんは私と目を逸らした。

そして少し間があった後、チャラ勇者が答えた。


「いや、別に知り合いっていうか…こいつが聞きたいことがあるとか言うから、教える代わりに俺の願いを叶えてもらってたんだよ」


なんとなく、悪い予感しかしない。


「用は済んだか?その続きだったんだ。もういいだろ帰れ。邪魔すんな」


「えっと…」


ミオさんの視線を感じた。潤った目で何かを訴えるような…

「行かないで」と言っているような気がした。


「私はミオさんに用があります」


「そうか。じゃあ日を改めてくれ」


「今日じゃないといけません」


「……」


チャラ勇者は深くため息をついた。


「お前、ウザイな。クソ腹立つ」


「だったらなんだって言うんですか」


「………分かったよ俺が出ていけば良いんだろクソが」


「やけに素直ですね」


「黙れクソ女」


そう暴言を吐きながら店を出ていった。

変な人だったなあ…


「大丈夫ですか?ミオさん」


「はい、ありがとうございます……」


ミオさんはおどおどしながら私に感謝し、店の端っこの席へ案内した。

お互い席に着いた後も、ミオさんはしばらく俯いたままでいた。

さすがに様子がおかしいのでかなり心配だ。


「あの男と何かあったんですか?もしあれなら、日を改めても……」


「あぁいえ!全然!本当に大丈夫なので!ご心配なさらず…!」


「それなら良いのですが…」


さすがに大丈夫ではなさそうだった。ただ、早めに話しておきたいのも事実だったので、これからしばらくはミオさんを気にかけておくようにしようと思った。


「……今日来たのは、前に言っていたの話なんですけど」


「あっ、はい。えぇと……どこから話せば良いでしょうか…」


「何か新しい情報が見つかったんですか?」


「実は、私たち以外の転生者をもう一人見つけて……」


「えぇっ?!」


私は驚いて思わず立ち上がった。

…いや、ミオさんが言っているのはマスターかもしれない。なんならその可能性の方が高い。ルーエプラッツはそれぐらい情報を集めるなら最適な場所だ。


「…すみません。話を続けてください」


私は落ち着いて、再び席に着いた。


「はい、あの……その転生者っていうのが、さっきの勇者でして…」


「えぇっ?!」


私は驚いて思わず立ち上がった。


「………」


あいつが?あの暴言野郎が?あのチャラ勇者が?

終わってる……またあの頭おかしいやつと会話しないといけないのか…


「一体、どういう経緯で?」


「そうですね……順番に話していきますね」


そう言うとミオさんは亜空間からメモ帳を取りだした。


「あれから私、お客さん一人一人に誕生日を聞いていたんです。そして、八月二十六日が誕生日の人には年齢も聞いていました」


確かに、その方法なら花屋をやりつつ探せるから効率は良さそうだ。


「二十一歳で誕生日が八月二十六日の人は、三人見つかりました。その中の一人があの勇者、スカムさんです。それっぽいことを言ったらすぐに信じてくれました。ただ、他の二人はハズレです。たまたま同じなだけでした」


「そのスカムとやらは何か話してくれましたか?有益な情報とか…」


「いいえ、それ以上は何も。ただ、俺のお願いを聞いてくれたら情報をくれてやるって言っていたので…」


「ああ、それで……」


クズだな……人の心はないのか…

ミオさんが何をされているのかは知らないが、さっきの様子を見るに嫌なことには違いない。


「ちょっと私、あの勇者を探して情報を聞き出してみます」


今ならまだ遠い所へは行っていないはず。先延ばしにして全く検討もつかなくなるよりかはマシだ。

私はすぐに立ち上がって店を出ようとした。


「えぇ?!ちょっと、危ないですよ!アセルベさんが行くぐらいなら私が…」


「大丈夫ですって!最悪の場合、魔法でどうにかしますから」


「スカムさんなら何をするか……本当に、危険です…」


私は、必死で腕に絡みついて引き止めるミオさんを振りほどく。さすがに今まで冒険を続けてきた私の方が力は上だ。


「安心してくださいって!それでは、何か聞き出せたらまたすぐに来ますね。失礼します」


軽くお辞儀をして、カランカラーンという音を鳴らす扉を開ける。

店を出る直前、ミオさんの方を見ると軽く放心状態で佇んでいた。


「さて……」


どちらに行っただろうか。

一応、追跡魔法という手がある。ただ……私はこの魔法が苦手だ。正確かどうかは保証できない。

良くて五割。つまり二分の一だ。

それなら魔法を使わなくても道は二つだから二分の一なのは変わらない。


「なんとなく……こっちかなー」


私たちが泊まっている宿屋とは反対の道へ行くことにした。特に理由はない。

かといって、なんのあてもなしに歩くのでは見つかるわけがない。

とりあえず、宿屋を回ろうと思った。幸いあの勇者の名前は分かっている。泊まっている人の名前を片っ端に聞いていけば見つかるだろう。


「まず一番近い宿屋は……」


エングビリヒ。とにかく安い宿。その代わりかなり狭い。

この街は広いから色んな店があるし、宿屋も多い。

本当に、魔物侵攻からこの街は変わった。壁の外に出なければ平和だし、娯楽も充実している。


「魔王を倒したら、いずれ私もんえぇっ―――」


突然私の体が地面に打ち付けられた。


「ゴホッゴホッ……なに…」


急な出来事で受身は取れず、しばらく息が上手くできない。

周囲を見回すとここは路地裏。それととある人物が一人、地べたに倒れ込む私を見下ろしていた。

その人物は私に剣を向けている。


「……チャラ勇者…」


「騒ぐなよ。ダルいから」


呼吸はすぐに安定してきた。魔法は問題なく使える。

しかし詠唱は必須だ。目の前に剣を構えられている以上、このままではどうにもできない…

それなら――


「ふんっ……!」


足を思いっきり上に振り上げて剣を吹き飛ばす。そして私はすぐさま距離をとった。


「チッ……まじでダルい」


「何が目的ですか…」


私は杖を構え、チャラ勇者と対峙する。

思ったより相手は油断していたようだった。一か八かの不意打ちはなんとか成功した。

今こうして向き合っていても、チャラ勇者は見るからに無気力だ。

こいつは、大して強くない。この距離感なら十分に勝てる。どうにかできるレベルだ。


「目的ねぇ……んなもんはねえよ。憂さ晴らしだ」


「趣味が悪いですね。でもまあ、こちらとしても好都合です」


「俺から情報を引き出したいんだろ?


「……なぜその名前を?」


聞かれていた?いや、私の名前はミオさんとの会話では一度も口にしていない。それならマスターとの会話か……


「さあ、なんでだろうな。てか、こんな場所で立ち話は他の誰に聞かれるか分からねえ。明らかに危険だろ」


「そこはしっかりしているんですね」


「俺だって脳死でこの世界を生きてるわけじゃねえよ」


チャラ勇者は少しイラついた様子を見せる。


「それで、どうする。俺の情報を聞きたいなら俺のお願いを素直に聞くことだ。あのビッチは従順だったのに、お前に邪魔されたからな。まあ、お前が代わるならそれで許してやるが」


「拷問をしてでも……力ずくで、吐かせます」


チャラ勇者の眉が微かに動く。そして少し間があった後に、そいつは吹き出した。


「ぷっ、アハハハッッ!!え、何?お前、俺に勝てるとか思っちゃってる感じ?クソおもれえんだけど!!やべぇ腹いてぇ………」


「………」


しばらくチャラ勇者は笑い続けた。


「……はあ、お前、あんまり俺を舐めんな」


「何を―――」


突然膝が砕けたかのように、足に力が入らなくなった。

倒れ込むと同時に意識が朦朧としていく。

急な出来事に私は混乱した。


「え…なん…………で……」


上手く言葉も発せない。

意識が途切れる寸前、最後にチャラ勇者の声が鮮明に聞こえた。


「アンドリグ・ドミナンス――」


―――。

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