【20話:知識と記憶】

後日、私はミオさんのお店へ行くことにしたが、依然としてお腹は空いていたので何か食べようと思い途中で酒場に寄った。

昨日ほど混雑しておらず、木製の長椅子がはっきり見えるほど空いていた。

カウンター席が一番近かったのでそこに座ろうとすると、すれ違う金髪のイケメンと肩がぶつかってしまった。


「あっ、すみません⋯」


「⋯⋯」


イケメンは静かに私を睨んでそのまま酒場を出ていった。

鎧着てたけど、冒険者なのかな⋯


「ま、いいや。マスター!滝の野草と太陽ご飯をください」


私は席に着いて昼食を注文した。

私のお気に入りメニュー。栄養たっぷりの野菜がお皿からはみ出るくらいの。まさに滝のような野菜の盛り合わせと、真っ白なお米の中心に太陽のように光り輝く卵黄。太らないしお腹は膨れるから最強の組み合わせだ。

ちなみに、もちろん朝食は食べていない。今日も十一時頃に起床したからだ。


「はい⋯⋯」


昼の酒場は人が少ないからか、マスターが一人で料理や接客をこなしている。かなりのおじいさんだから心配だ。

でもまあ、おっとりしているから夜の酒場とは違って気持ちが和む。

そんなことを考えているとすぐに注文した料理が運ばれてきた。


「できましたよ⋯」


「あ、ありがとうございます」


作り置きしてたのかっていうくらい注文してから出てくるまでが早い。

それもそのはず、なんたってこの世界では魔法が使える。そしてマスターは料理における魔法を全て習得した人間で唯一の存在だ。料理において、マスターの右に出るものはいない。


「いただきます!」


「はい、どうぞ⋯⋯」


私は一瞬で昼食を平らげた。

ふと、マスターに暖かい目で見守られているような感覚がしたが、私はかなりお腹が空いていたのであまり気にしなかった。


「ごちそうさまでした!」


「いつもありがとう⋯」


マスターは全く表情を変えずに感謝の言葉を述べた。

正直、いつもこんな感じだからもう慣れたが未だにマスターの心は読み取れない。


「あの、マスター。ひとつ聞きたいことがあるんですが⋯」


「なんでしょうか⋯⋯」


今更だが、この酒場は元の世界で見るようなものが多い。

あまり期待はしていないが、何か関連がないかマスターに聞いてみる価値はありそうだった。


「⋯⋯レ・モン酒のレモンって、なんですか⋯?」


少し遠回しに聞いてみる。私が転生者ってことがバレたらどうなるか分からない。


「⋯⋯レモンという、果実がある」


「⋯」


なんとも言えない答えが返ってきた。


「見た目は?」


「黄色です⋯」


「⋯⋯どこで見つけたんですか?」


「⋯⋯⋯」


マスターは黙り込んでしまった。

まだこの世界でレモンらしきものは見かけたことがない。もしかしたらどこかにあるのかもしれないが、これでも私は大陸をひたすら歩き回っている。

しばらくするとマスターは、目を逸らしてこもった声で言った。


「⋯私が、魔法で生み出した」


魔法というのはそこまで凄いものじゃない。

一度は目にしないと同じ見た目のものは生成できないし、食べてみないと同じ味も無理。攻撃魔法だって、元は魔族や魔物の攻撃からきている。

魔道書ならかろうじてなんとかなるが、マスターは魔法と言った。

だからこれだけは言える。マスターは、元の世界の、地球の⋯⋯レモンを知っている。


「⋯⋯」


そういえば、私や、周りの人も勝手にマスターと呼んでいるが、まだ本当の名前を聞いたことは無い。


「⋯マスター、本当の名前を教えてください」


「⋯」


しばらくマスターは動かなかった。

何か考え込んでいるかのようにも見えたが、目がかなり泳いでいた。

そして、諦めたように深いため息をついてから、マスターは言った。


水島一成みずしまかずなり


「⋯え?」


「私の名前は、水島一成だ。転生した、とでも言うべきかな」


⋯⋯私は、この名前を知っている。いや、正確には見たことがあるだけ。

まさかとは思ったが、本当にマスターが⋯


「お主も、転生者なのだろう?私は名前を言ったんだ。そちらも教えてくれたって良いのではないか」


「⋯そうですね。私は月野奏音と言います」


「そうか月野さん⋯⋯」


「⋯⋯」


ミオさんの他に、私と同じ転生者⋯

こんなに早く見つかるとは思わなかった。正直見つかるとさえ思っていなかった。


「マスター、いえ⋯水島さん。何か知っていることはありませんか?他の転生者とか、元の世界に帰る方法とか⋯」


「知らん」


ついさっきまで穏やかな表情だった水島さんの顔は一変した。

鋭い目で見つめられ、私は口を開けなかった。


「⋯私は、何もかも諦めた。私はこの世界の住人だ。私は⋯⋯マスターだ」


その目はどこか虚ろだった。

なんとなく、マスターという呼び方に強い執着心があるかのように感じた。


「何か⋯あったんですか」


「聞くな」


「教えてください」


「⋯聞くなと言っている」


生気が抜けたおじいさんを、私は見つめる。


「諦めたというのは嘘じゃないですか?そうじゃなければ、レ・モン酒も太陽ご飯もメニューとして出すはずがない。⋯心のどこかで、元に戻りたいと思っているんでしょう」


「⋯⋯」


「だから教えてください。私は、元の世界に帰る方法を探しています」


水島さんは黙ったままだった。

今までのマスターからは想像もできないほど、人が変わっていた。

魔力によるものなのか、どこか強いオーラも感じる。


「⋯今日の昼の部は終わりだ。帰ってくれ」


水島さんは、ため息をつきながら半ば強制的に私を店から追い出した。


「あの、代金は⋯」


「次来た時に払え」


「あっ、はい⋯⋯」


そうして私は仕方なく店を後にした。


「⋯ヴァリフィエ・マギア」


現在時刻は午後一時。私はモヤモヤを抱えながら、本来の目的だったミオさんのお店に向かった。



「こんにちはー⋯」


カランカラーンという音と共に、私は一瞬にして花の香りに包まれた。

中には誰もおらず、静かだった。


「あれ⋯」


どこかに出かけているのだろうか。でも営業中って書いてあったし⋯

そもそも、売り物が盗まれないのか心配だ。

私はレジのところにあるベルを鳴らしてミオさんを呼んでみた。


「ミオさーーん!いませんかー?ちょっと話があって来たんですけどー⋯」


すると突然、店の奥からバキッという音が聞こえた。木か何かが割れた⋯?

その後ドタドタドタと、慌てふためくような騒がしい音がしばらくして鳴り止んだ。


「⋯⋯」


少し店の奥を覗いてみると、畳が見えた。この世界にもあったのか畳⋯

どうやらレジの先は畳の部屋になっているらしい。そのもう少し奥には、この世界じゃごく普通の扉があった。和と洋のコラボレーションですか?

しばらくして、扉が開いた。


「す、すいませんお待たせしましたいらっしゃいませー⋯⋯」


落ち着かない様子で出てきたのはミオさん。

⋯⋯⋯メイド姿の。


「⋯⋯⋯⋯」


「あ⋯⋯え⋯⋯⋯アセルベ⋯さん⋯⋯」


ここはメイド喫茶か何かですか?


「⋯じゃ、じゃ〜ん!メイドのコスプレしてみましたーなんて⋯⋯⋯」


「⋯⋯」


気まずい。過去最高に、今まで経験した気まずさの中で一番気まずい。

どう反応すれば良いんですか?


「えっと⋯」


チラッとミオさんが着ているメイド服を見てみると、裾の辺りが少し濡れているのに気がついた。心なしか全体的に服は乱れており、肩に紐が見えている。多分、ブラ紐。あと靴下も履いていない。


「あっ、すみません!ちょっと服が⋯!」


私の視線に気がついたのか、慌てて乱れたメイド服を直そうとするミオさん。

その表情からは必死に誤魔化そうと、笑顔をつくる様子が見て取れる。


「あのえっと⋯き、気にしないでください⋯!何もないです!何もしてませんから!あはは⋯」


その時、扉の開く音がした。

店の入口の扉から⋯ではなく、店の奥からだった。


「はあ⋯⋯誰だよ俺の楽しみを邪魔したやつは⋯」


舌打ちをしながら出てきたのは、金髪のイケメン⋯⋯

今日の昼、あの酒場の入口で肩がぶつかった男だった。

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