【18話:知りたくて、知りたくなかったこと】
解離の魔道書に触れた瞬間、指先の感覚が消えたような感じがした。思わず手を引っこめる。
「⋯」
そういえば、手に魔力を纏わせると読めるようになるってフェーブルさんが言っていたな⋯
私は体内を駆け巡る液体のような、気体のような⋯⋯魔力を、押し出すような感じで手の方へ移動させる。
手の平になんとなく力がみなぎる感じがしてから、思いっきりそれを握ると⋯
暖かい何かに手全体が包まれるような感覚がする。
視覚的には何も変わらないが、手に魔力を纏わせることができた。
「ふう⋯⋯」
一度深呼吸をしてから、再び魔道書に手を伸ばす。
今度は触っても、力を吸い取られるとか、そんな感じは全くしなかった。
そのまま表紙をめくり、一ページ目を見る。
そこには⋯
『次にこのページを開いた時、それは解離の使用とする』
『これは最終手段だ。一度しか使用できない。安易に使用するな。確実な手段ではない』
とだけ、書かれていた。
不思議に思いながらも、ページをめくった。
「え⋯?」
白紙だった。何も書かれていない。次のページも、その次のページも。
百ページほどあるが、何枚めくっても文字は一文字も見当たらなかった。
「なにこれ⋯⋯」
気落ちして、途中はサラッと目を通しつつ一気に最後のページまでとばした。すると一番最後のページにだけ何かが書かれているのに気づいた。
⋯私はそこに書かれている内容を見て、極限まで目を見開いた。
『転生者(使用可能)』
『
『
『
『
『
『
『
『
『……
…
「⋯⋯は?」
しばらく理解が出来なかった。
なんで私の名前が?私が元の世界の名前を人に話したのはミオさんだけのはず⋯
そもそも、この魔道書はフェーブルさんのお店で買ったもの。そんなものに私の名前がある時点でおかしい⋯
思わず本から手を放す。開き癖がついていないため魔道書はすぐにパタッと閉じてしまった。
私はしばらく放心した。カチ、カチ、カチ、と時計の針の音が鮮明に聞こえる。
「⋯」
とりあえず解離の魔道書も亜空間に仕舞った。
私はひたすらに困惑した。自分の名前だけじゃない。ミオさんの名前だってあるし、私たち以外の転生者らしき名前だってある。
こんなにも都合よく他の転生者の存在が知れるとは思わなかった。そもそも、簡単にこれを信じていいのかという疑問はあったが⋯とても嘘の情報だとは思えない。
私は時計を見て時間を確認した。
「⋯⋯勇者様、遅いな⋯」
時間は既に夜の八時を回っていた。
ロナリー様たちはともかく、ちょっと寄っていきたいところがあると言っていただけの勇者様がまだ帰ってきていないのは少し心配だった。
お腹も空いたので、何か食べるついでに勇者様を探しに外へ出た。
案の定街は賑わっており、通りがかった人とぶつかってしまう。
「わわっ⋯」
私は早歩きで、人混みの中を掻き分けていった。
「はぁ⋯はぁ⋯」
ルーエでもかなり人気な酒場、ルーエプラッツ。
勇者様はまだお酒は飲めないが、ここの「果実オールミックス」が最高だと言って何回も訪れているらしいので来てみた。
私も、ここの「レ・モン
「いるかな⋯」
私は扉を開け、中を見回した。
この場所も人はたくさんいた。楽しそうに談笑する人、歌っている人、腕相撲大会で盛り上がっている人⋯
筋肉質な冒険者がいたり、女に囲まれてハーレム状態のイケメンがいたりしたが、勇者様は見当たらなかった。
「⋯」
この酒場には、ルーエを一望しながら飲食が出来る場所がある。一応、そこも確認してみることにした。
階段を上ると、風が吹き抜けてきた。
そこには特徴的な赤いマントの人物が座っていた。
するとその人物は私に気づいたのか、こちらを振り向いてきた。
「⋯アセルベ?」
「勇者様⋯⋯」
私は勇者様の隣の席に移動し、座った。
「やっぱり、ここにいたんですね」
「⋯なんで来たんだよ」
「なかなか帰ってこなかったので、それで⋯⋯心配になって⋯」
私は恥ずかしさを紛らわせるために髪をクルクルさせて言った。
「⋯⋯そっか」
勇者様は私には見向きもせず、至る所にある屋台やたくさんの人を見下ろしていた。
その目はどこか嬉しそうで、街の明かりが反射してキラキラ輝いている。
「⋯どうかしましたか?」
「ん?あぁいや、この街も変わったなと思って」
「魔物侵攻のことですか。結局あれどうなったんですか?ちょっと記憶が曖昧で⋯」
「俺も知らん。オークと戦ってたら急に爆発が起きて、目の前のやつは一瞬にして消えていた。それだけだ。よくわからん」
どうやら不思議に思ったのは私だけではないらしい⋯
⋯あれ?
「え、勇者様って十年前から勇者だったんですか?まだ九歳ですし⋯魔物と戦うことすら禁止されているはずでは?」
基本、この街では十二歳になってからなりたい職を選べるようになり、そこでようやく実戦が許可されるようになる。最初の頃はほとんどスライムだけだったけど。
まあ、それまでは模型での練習とか勉強ばっかりだったから、スライムとやれるだけでもかなり嬉しい。
「あれ、この話したことなかったっけ?俺が他のとこから来たって⋯」
他のとこから来た⋯?
ルーエ生まれじゃないってこと?
「⋯知らないですけど」
「まじか⋯⋯じゃあ、ロナリーの話もか?」
「なんで急にロナリー様が⋯?」
「⋯⋯」
勇者様は大きくため息をした。
「⋯⋯分かった。一から話すよ」
勇者様は机の上の果実オールミックスを一口飲んでから、ゆっくりと話し始めた。
「これは知ってると思うが、俺とダムは親友なんだ。なんなら一緒に暮らしてた。七歳ぐらいの時からかな⋯いろいろあったんだよな」
一緒に暮らしていた、というのは今初めて聞いた。仲が良いのは元々知っていたけど、そういえばなんでそうなったのかとかは知らない。
「いろいろ⋯とは?」
「俺が生まれたのはルーエじゃなくて、遠く離れた小さな村なんだ。でも⋯⋯ある日、そこは魔物や魔族に襲われた」
勇者様の表情が少しだけ暗くなったような気がした。
「俺は、クローゼットに隠れて見ていることしか出来なかった。村の人たちの叫び声が今でも耳に残っているよ。⋯いや、あれは叫び声ではなかったのかもしれないな。俺の両親は⋯魔物に変えられたんだ。目の前で」
人間が魔物にされる?⋯え?つまり、私たちが日々殺している魔物たちは全部元々人間だったってこと⋯?
いやでも魔物の数は無限に近い数いる。本当に全部が人間っていうわけでは無いはず⋯
そんな私のことは無視して勇者様は続ける。
「俺はなんて無力なんだって、子供ながらに思ったよ。今すぐにでも飛び出して目の前の魔族をぶっ潰したいと思った。でもそれは出来なかった。最後まで隠れていた。今思うと、見つからなかったのが奇跡だけど」
勇者様は唇を噛んだ。
「⋯その日から俺は、勇者になろうと思った」
それは、普段の勇者様からは想像できないくらい低く、重たい声だった。どこか怒りに満ちたような、そんな雰囲気が感じられる。
「勇者になって魔王を倒す。それがお父さんとお母さんのために出来る一番のことだと思った。もしかしたらまだ間に合うかもしれない、とも思ったね。強くなって、両親を魔物に変えた魔族を殺せば元に戻せるかもって⋯思った」
「もう遅いだろうけどね」と、小さな声で言いながら果実オールミックスの入ったコップを口につけた。
⋯かける言葉が見当たらない。数年間勇者様と一緒に旅を続け、未だに魔王は倒せていない。ようやく魔王城の場所がわかったぐらいだ。あまりにも⋯時間が経ちすぎている。
勇者様はコップを机に置くと、再び話し始めた。
「それからは、なんとか生きていけるような、どこにあるかもわからない街を探し歩いた。この先祖代々伝わる勇者の剣を持ってね」
ちらりと、勇者様は腰の剣の方に目を移す。
「道のりは⋯それはもう、本当に険しかった。まだ六歳の体が体験していいものじゃなかったと思う。苦い木の実を食べ、草を食べて。水も、川か雨水ぐらいだ。時には魔物と戦うこともあった。幸い、お父さんから戦闘についてはみっちり教えこまれていたから、弱いやつぐらいならなんとかなった。⋯⋯そいつらも食べてたよ。生で」
ぱっと思いつく限り生で食べられそうな魔物はいない。せめて、火を通すぐらいはしておかないと何が起こるかわからない。
なのに勇者様は、生きるために食べた⋯
「うっ⋯⋯」
「大体一年ぐらいかな。ひたすら歩き続けて、ようやくたどり着いたのがここ、ルーエだ。その時は壁もないし門番とかもいなかったから、すんなり入れたよ。⋯でも、小さい体はもうとっくに限界が来ていたらしい。俺は街に入ってすぐ倒れた」
勇者様の表情は少しだけ柔らかくなっていた。
下を向いていた顔が上がり、また屋台や人混みの方に目をやった。
「気がつくと俺はベッドの上で横になっていた。ダムと出会ったのはその日だ。どうやら、ダムのお父さんが倒れている自分を見て助けてくれたらしい。本当に優しかった。家の手伝いさえしてくれれば、ここに住んでも良いと言ってくれた。事情を問い詰めることもせずに、ね」
「⋯」
「それからダムと一緒に暮らすようになった。でも俺は、見てしまっていた。ルーエに来る途中、いくつか壊滅している村や集落があったんだが⋯街に近づくにつれて、その数は減っていたんだ。つまり、いずれこの場所も魔物たちに襲われるってね」
⋯普通ならそんな考えには至らないだろう。そもそも、どこの村が壊滅してるかどうかなんて気にもとめないはずだ。自分が生きることで精一杯だっただろうから。
少なくとも、私なら無理。
「だからそのことをダムにも話した。全然信じてもらえなかったけど⋯とりあえずかっこいいからっていう理由で、一緒に戦ってくれることになった。それからは二人でひたすら特訓を重ねたよ」
気がつくと勇者様は微笑んでいた。
しばらく何かを思い巡らすように、無言の時間が続いた。しかし笑顔だった勇者様の顔は段々と真顔に戻っていき、ゆっくりと口を開いた。
「⋯そして、ついにやってきたんだ。あの日が」
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